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旅商人の正体

 私に襲いかかってきた人物。私は彼を知っていた。

「其方、何故ここに?」

「あんたこそ! ここで何してるんだ?!」

「アイシュタルト? どうした……っ!」

 ようやく扉の外から中に入ってきたルーイが驚きのあまり、息を呑む。中に人がいたことだろうか、それとも私が剣を向けていることだろうか。

「……ス、ステフ……ステフか?」

「なぜっ」

 ステフと呼ばれたその人物が私からルーイへと顔を向ける。

「……に、兄……さん?」

「にっ?!」

 その言葉に、驚きの声をあげるのは私の番であった。兄さん、ということは。

「ルーイの弟か?!」

「あぁ。俺の……弟だ」

「弟は、生き別れになったと……」

「父さんや母さんと離れたときに、一緒に。そのままだ」

「ちょ、ちょっと! 兄さんはこの人を知ってるの?!」

 ルーイの弟が私を指差して、ルーイにそう尋ねる。

「もちろん。今、一緒に旅してる。ステフこそ、アイシュタルトを知ってるのか?」

「アイシュタルト? そういう名前だったんだ」

「あぁ。名前も告げずに別れてしまったな。あの時は本当に助かった。ありがとう」

 ステフに改めて礼を言う。彼がいなければ、私はカミュートに来られていないのだから。

「名前も告げずってことは」

「うむ。昨日話した旅商人だ」

「金貨の!」

「ククッ。そうだ。金貨の旅商人だ」

「ステフだったのかよ!」

「金貨って……あれ本物か?」

「本物に決まっているだろう。疑っていたのか?」

「あまりに呆気なく渡すから、てっきり偽物かと思っていて……」

「アイシュタルトは元騎士様だから、金貨ぐらい持ってるって。」

 ステフの顔色が徐々に青くなっていくのがわかる。

「き、騎士……様」

「元、だ。今はルーイと一緒で旅人だからな」

「し、失礼しました。まさか、騎士様とは知らず、ご無礼を致しました」

「ククッ。気にするな。言葉も……普通に話してくれれば良い」

「そのようなこと、できません」

「アイシュタルトが気にしなくて良いって言ってるんだから、そうすれば良い」

「兄さん! なんてことを!」

 ステフの顔色が今度は赤くなっていく。

「だって……なぁ。それで良いって言ってくれたんだって」

「あぁ。もう、騎士ではないのだから」

 私たちの言葉にステフが困惑しているのがわかる。

「それで、ステフはここで何してるんだ?」

「そうだ! 犬が!」

「犬は私が追い払った。もう心配はない」

「あ、ありがとうございました!」

「気にするな。何もしておらぬ」

「それで? ステフはここに住んでるのか?」

 ガタガタと適当な椅子に腰を下ろしながらルーイがそう尋ねる。それを見ていた私たちも同じように椅子に座る。少々長くなりそうだ。

「ううん。住んではいないよ。僕は旅商人だから、どこにも定住していない」

「この家を綺麗にしたのは、やっぱりステフだったんだな」

「ルーイ。わかっていたのか?」

「わかって……っていうほどわかっていないよ。ただ、あの絵」

 ルーイがそう指を差したのは柱の下の方に描かれた子供の絵だった。

「あれ、何度も上から描き直してるだろ? あれは俺とステフが一緒に描いたんだ。家族がバラバラになる直前に」

 最初にここに来た時に、ルーイが見つめていたところだ。ただ懐かしんでいるだけだと思っていたが、そのようなことを考えていたとは。

「兄さんなら気づいてくれるって思ってたよ」

「へへ。まぁな」

 ルーイが照れ隠しのように、ニヤッと笑う。

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