バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

旅商人の謎

 今日は近くの屋台で買ったもので食事を済ませ、宿でゆっくり休息をとることにした。砂漠を歩いてきたこともあって、そこら中砂だらけだ。
 
「アイシュタルト。さっき言ってた商人って誰?」

 宿の部屋で落ち着いたころ、ルーイが寝台を椅子がわりに腰掛けて、私に話しかけてきた。どうやら、先ほどの商人が気になっているらしい。

「名前か?」

「うん。知ってる?」

「名前……そういえば聞いてなかったな」

「え? 名前も知らない奴と国境通ったの?」

「うむ。護衛として雇ってもらった……いや私が雇ったのか」

「護衛として? 商人を?」

「ククッ。違う。さすがに商人を護衛で雇うことはない」

「というか、アイシュタルトにはいらないだろ?」

「それもそうだ」

「それで? 結局どういうこと?」

 ルーイがここまで他人を気にするのは珍しい。商人が気になるのか。シャーノから来たことだろうか。

「国境を通してくれたら、金貨一枚を払うと言っただけだ。護衛のふりをして通してもらって、別れ際に金貨を渡した。だから、雇ったのは私だ」

「金貨?!」

「あぁ。どうしても国境を通る必要があった。安いものだ」

「み、道案内は銅貨一枚なのに……」

 ルーイが肩を落としてうなだれる。

「それとは別に食事と宿もだ」

「そうだけどよぉ。金貨……」

「ルーイには払わぬ。ところで、旅商人の何がそれほど気になるのだ?」

 体中の砂を払い落として、私も寝台に腰を下ろす。

「いや。シャーノから来た旅商人が、この街にいるのって珍しいなって」

「何故だ? 誰もが立ち寄ると言ったではないか」

「うん。そうなんだけどさ。あんな時間に街の中で見たら、この街に一泊するしかないだろう?」

「ふむ」

「なんでこの街で泊まるんだろうなと思っただけ」

「どういうことだ?」

「旅商人はさ、自分たちの宿代をできる限り安くしようとしてるんだ。それで、この街から少し行ったところにもう少し小さい村がある。ここよりも国境門に近いところだ。そこの宿は安いんだよ。というか、この街の宿が高い。旅商人ならそれぐらい知ってる」

「この街で宿泊する必要がある、ということか?」

「そう。コーゼに行く前によるところがあるとか?」

「彼は、コーゼに行く気はなさそうだったが」

「え?!」

「今、カミュートとコーゼの間が少しぎくしゃくしているようだ。それを知っていた。カミュートでの用が終われば、シャーノへ戻るとも言っていたな」

「用……ねぇ。こんな所で何があるんだろうな」

 そう言うとルーイは寝台に体を横たえる。天井を見上げて何か考えることがあるのだろうか。

「アイシュタルト! 明日はこの辺の店で食事をとろう!」

「ど、どうした?」

「さっきの話、ほら、カミュートとコーゼの……。あれの情報を探る。もし、本当に危ない状況なら、こんなところにいない方が良い。もう少し国境から遠く、内部へと進んでいこう」

「あぁ。それは構わぬ」

 ルーイの道に関する嗅覚は確かなものだ。これまでどれだけの間一人で旅をしてきたのだろうか。家族と別れたその時からだろうか。

「ルーイの故郷へは寄っていかないのか?」

「故郷? もう、村もない。どれだけ荒れてるのかもわからない」

「行ったことはないのか?」

「家族と別れてからね。危険な場所から逃げることだけに必死で、危なそうな所へは近づかなかった」

「私とならば、行ってみるのもいいのではないのか?」

 私の希望を叶えて、行く道を考えてくれるルーイに少しばかりの恩返しのつもりであった。

「いいのか?!」

「あ、あぁ。もちろん」

 まさかこれ程までに嬉しそうな顔をしてくれるとは。私がルーイに助けられているように、ルーイの手助けができればよいのだが。

しおり