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15 くしゃみ、いつたび

「あ、ああ……」

 ミチルは××を××に××されていた!
 
「はあっ! ダメ、そんな……っ!」

 あまつさえ、×××なところを×××……!

「コラアアァアア!!!」

 ミチルは顔を真っ赤に染めながら怒り狂い、飛び起きた。
 布団をバサーッと捲り上げれば、少年の体は勢いあまってベッドから滑り落ちる。
 しかし少年は武術の天才。ひらりと身を翻して綺麗に着地した。

「そんなにくすぐったら眠れないでしょうがぁ!」

「だってえ、ミチルお兄さまったら、声がとってもエロ可愛いんだもの♡」

「おのれ鐘馗(しょうき)会めえ! こんな子どもの性癖をひん曲げやがってええ!」

 ミチルの怒りは、見たこともない怪しげな商人ギルドに向いていた。
 性癖を歪められた、環境の犠牲者ことミモザ少年は、ミチルの体をくすぐり続けた自分の手の匂いを嗅いで悦に入っている。

「あふーん……♡」

「やだあ、もう、この子! 不憫ッ!!」

 泣きつきたいイケメンの姿を探すけれど、悲しいかな、彼らは部屋の四隅で身動きが取れない状態。
 もっとも、ミチルにその四択を選ぶことなどできないが。


 
「あああ、なんということだ、シウレン! 今すぐ儂が清めなければ……」

 部屋の一角で、ジンは嘆きながら血の涙を流す。

「オラァ! この変態ガキがぁ! 朝になったらその両手を魔法で焼いてやるからなあ!」

 別の一角で、エリオットは怒髪天を衝く勢いで叫び、血の涙を流す。

「うえええん、眠れないよぉ。ミチルの体温がないと眠れないよぉ」

 さらにまた別の一角で、アニーは目に隈を作って血の涙を流す。

「むむ、むむむ……ZZzzz」

 最後の一角では、ジェイがうなされながら血の涙を流していた。


 
 イケメン四人は、それぞれ大きな焼物人形に体を括り付けられて、お互いが干渉できないように部屋の四隅に追いやられた。
 前の晩の不毛な争いで眠れなかったのは、当人達だけではなかったのだ。
 今夜もやられてはたまらない、とジンの弟子達が、イケメン達が揉める前に部屋に乱入。問答無用で師範諸共縛り上げていった。

 ミチルは師範代のお兄さんの許可を得て、ジンのベッドで眠ることになった。そこに図々しくもミモザが入り込む。
 少年の本性はミチル達以外にはバレていない。それが運の尽き。
 ミチルは結局一番ドぎついセクハラを受けるはめになったのであった。

「ミモザくん! 大人しく寝ないと追い出すからね!」

「はあーい。じゃあ、十年後に期待してね、お兄さま!」

「しないよ、そんなの!」

 その後、ジンのいた部屋には四箇所、拭いてもとれない血の染みが残り、誰もが恐れる開かずの部屋になったという……

 

◇ ◇ ◇



 翌朝。ミチル達はまだ陽が昇らないうちに、ジンの道場を出立した。
 知らずに眠るミモザに、別れも告げずに出て行くのは心が痛かったけれど、不必要に揉めて体力を消耗したくなかった。
 何しろ、都まで歩いて三日以上かかるというのだから。

「あーあ」

 カーリアの町を出てもいないうちから、エリオットが大袈裟に溜息を吐いた。

「エリオット、頼むから駄々こねんなよ」

 アニーが先んじて釘を刺せば、エリオットは思ったよりもしゃんとしていた。

「わーかってるよ。都に着くまでの辛抱だからな。そっからは船で行けるなら三日くらい歩いてやるよ」

「……まあ、上手くいけばな」

 少し自信のなさそうなジンに、エリオットは得意げな顔で胸を叩いた。

「心配すんなよ! アルブスの王子が直々に皇帝に頼むんだぜ、貸してくれなきゃ国際問題だろ?」

「貴様、陛下を脅すつもりか?」

 ジンはさらに不安な顔にもなっていた。

「頼むぜえ、外交特使サンよぉ」

 アニーが揶揄い半分に言えば、エリオットはさらにふんぞり返る。そんな様子ではジンの不安は募るばかりだった。


 
「ミチル、昨夜は眠れたか?」

 ジェイが気遣うと、ミチルは少し頼りなく笑って見せた。

「うん、だいじょぶ。あの後はミモザくんも熟睡したから、オレもゆっくり……」

 寝たはずなのに、なんだか体が怠かった。
 ミチルは体がふわふわと、雲の上でも歩いているような感覚になっていた。

「だが、ふらついていないか? 休むか?」

「ううん! 今出てきたばっかだし、それに……」

 都に行って、皇帝に会う。
 それからカレンデュラに寄って、鐘馗会を調べる。
 さらにカエルレウムに戻って、ベスティアを調べる。

 やらなければいけないことが、山積みだ。
 ミチルは首を振って、自らを奮い立たせた。

「なら、せめて私の腕に掴まるといい。ミチルを支えるくらいなんともない」

「うん……じゃあ、そうさせてもらおうかな」

 普段のミチルなら、イケメンと腕を組むですって、うひょーとなる所だが、今はそんな気分にもなれなかった。
 やっぱり、体が怠い。

 ジェイの腕に縋るようにして歩くこと数分。後ろで外野がジェラシーで吠えているが、ミチルにはそれも遠く聞こえた。


 
 ぼんぼろぼーん


 
「!」

 ミチルは急に全身が総毛立つ感覚がした。悪寒が止まらない。


 
 ぼんぼろぼーん


 
 待って。この音って……

「ミチル?」

 隣のジェイがミチルの異変に気づく。
 次の瞬間、ミチルの周りに白い羽が大量に舞い上がった。


 
「ミチル!」

「ヤバイ!」

 アニーとエリオットもすぐにミチルの側に駆け寄った。

「どうした、シウレン!」

 初めて見る、ミチルの転移の前兆に戸惑うジンを、アニーが怒鳴りながら手招く。

「ジン! 急げ! こっち来い!」


 
「あ、ああ……」

 ウソでしょ、なんでこんな時に?
 オレ達はやることが沢山あるのに、またどこかに転移させられるの?

 ベスティアを憎んで戦う決意をしたジェイ。
 仇の行方を追いたい気持ちを我慢したアニー。
 異変の謎を解き明かすと誓ったエリオット。
 ミチルを信じて仲間に加わる決心をしたジン。

 みんなの、ここまでの想いを全部無視して、またオレはどこかに行こうとしてるの?


 
 イヤだよ! そんなのダメだよ!
 やらなきゃいけないことが、オレ達にはあるんだ!


 
「ミチル!!!!」

 みんなは手を差し伸べてくれるけど、ここでオレだけが消えればみんなの目的は遂行できる?


 
「行くな、ミチル!!!!」

 ──それでも、みんなと離れたくない。


 
 オレは、やっぱり、甘えたのガキなんだ……


 

 
「ハ、ハックション!」
  
 くしゃみをしてしまった後、周りの羽に異変が起きた。
 真っ白だった羽が、ひとつ残らず青く染まっていく。ミチルの視界も青く染まった。


 
 静まりかえる、カーリアの田舎道。
 そこには最初から何もなかったような、いつもと変わらない朝日が差し込める。


 
 ミチルは、少しの迷いと後悔を抱きながら、四人の温もりと意識を手放した。







 異世界転移なんてしたくないのにくしゃみが止まらないっ!
               Interlude03 ミチル is Love …   了

 次回からは「優しいバーサーカー」編を開始します!
 どうぞよろしくお願いします!

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