砂の盗賊団
チビを一人で行かせてしまったのはうかつとしか言いようがなかった。
どこにも気配なんて存在しなかったし、全部確かめてから焚き火を灯したし。だから気が緩んでた、俺たち以外には誰も居ないとばかり。
しかし、盗賊……いや、砂に潜むバケモノでもいたっていうのか?
ルースとチビの行った場所へと向かう。
案の定あいつの足跡は、岩場の前でまるで空から手が伸びたかのようにこつ然とその場で消えていた。
匂いも声も一切無い。さらって行った奴のほうが一枚も二枚も上手だ。
「どう思う?」叫びたい気持ちを押し殺し、俺はルースに聞いた。
「間違いなく、ここ一帯を根城にしている盗賊だろうね」
俺たちがアラハスを発って以降、奴らは静かに、そして感づかれないよう遠くから見ていたに違いない。
当たり前かも知れないが、チビを殺すなんてことはしない、多額の金品と交換に……って常套手段だろう。
「分かるよねラッシュ。事を荒立てたら一巻の終わりだ。とにかく落ち着いて」
いやルース、そうは言われてもな……俺はその盗賊連中の脳天に、今すぐにでも斧を叩きつけたい思いしかねーんだ。
「連中は必ず僕らの周りにいる……」そう言ってルースは、肩にかけていた愛用のカバンから吹き矢を取り出した。
音を出さないよう、そっと矢の先に何かを塗布している……まさか!?
「痺れ薬さ。こっちも無益な殺しは避けたいし」
「おい、そこの獣人二人連れ」
風も吹いていない静まり返った闇に、押し殺した声が突然聞こえた。この声の高さからして……女か?
「どういう経緯かは知らないけど、あんたらの連れてた人間の子供は預かってる。返してほしけりゃ持っている食料とカネを……ってきゃっ!!」
悪ぃ、我慢……じゃない!
考えるより先に、抑えつけていた気持ちより先に俺の身体は動いていた。
女の声がした方向に向けて、俺は持っていた大斧を投げつけてしまっていたんだ。だが俺だってそこまで馬鹿じゃない。わずかに標的の場所からずらして……
「ラッシュ……くっ、なんで!」
隣でルースの歯噛みが聞こえたが、抑えられずにブチ切れさせた盗賊連中の方が完全に悪い。殺しはしねーが骨の数百本は折れるの覚悟しておけ!
確か……声の主は俺らのことを獣人と呼んでいたっけか。つまりは連中は人間ってことだよな。手加減しないと……うん、マジで殺してしまいかねない。
まずは音もなく砂地に降り立った一人目の腕をつかんで遠くへ投げ飛ばし、お次は……っと、すぐさま姿を隠したルースが、俺の背後にいた二人目の首元に細く小さな矢を突き刺していた。
色褪せて擦り切れたフードに身を包んではいたが、確かにこりゃ人間の女だ。しかも俺よかまだ若いし。
さてさて、あと何人くらい潜んでやがるんだ? 察するにあと一人か二人ってとこかな。
「はい、そこまでだよ獣人さん。動かないで」
二人目が倒れた直後だった。その女の声に振り向くと……
さっきまで俺たちのいた焚き火の前に照らされていたのは長身の女。おそらくこいつがリーダーか。
右手には俺の大斧。その切先はチビの首筋に突きつけられていた。
「この子の命が惜しくなければ、さっき言った通りにするんだね」
じりじりと、刃先はチビの元へと。
「おとうたん……」
ああ、やっぱりだ。
チビの涙が流れた瞬間、俺の足は思い切り砂を蹴り、その握り拳は女の顔面へと見事にヒットしていた。
殴ったあとでいうのもなんだが、謝る。女は誰であろうと傷つけたくはなかったんだが……
でも、チビを傷つけようとしたお前の方が悪いんだ。しばらく気絶してろ。