スーレイへ
「他の方より先に行かれる理由は聞きません、あなたなりの理由があるでしょうから」
そう言ってトガリの親父は、岩場の奥の方から何か大きな荷物を引きずり出してきた。
「スーレイはここより北にある。あなた方といえどもあそこの寒さは身体にこたえますからね」
服だった。しかも俺とチビとルース三着分だ。
なにかの毛皮を縫い合わせたような、悪くいえばすげえツギハギ。良くいえば暖かそうな上着だ。
なんでも、先日アラハスのマーケットで物々交換した際に、北に住む者たちから譲り受けたらしいのだが、かといってモグラたちには使う機会もなく……つまりはちょうどいいタイミングでスーレイに行く俺たちに使ってもらえればってことだ。
それと、地面にまで届くほどの長い毛に包まれた、でっかい団子みたいな生き物が。
それが、いま乗っている砂馬ってワケだ。
「この砂馬をお使いなさい。この子なら三日あればスーレイに着くでしょう」どこが頭だか尻尾だかも分からない毛のかたまりに、専用の鞍を取り付けながらトガリの親父は言った。
しかし……いいのか? こんなすげえ馬を俺たちに渡してしまって。
「構いませんよ、元より私たちアラハスはあまり外の世界へは出たりしない。悪くいえば無用の長物ですしね」
ふと、メガネをかけた目が満天の星空を見つめた。
「あんなに誇らしげな息子を見たのは、生まれて初めてでした……私が間違っていたのかも知れませんな」
そうだった、以前あいつから聞いたんだっけ。料理するのが好きなトガリは、毎日のように親父と対立してて、ある日家出をしちまったって。
「そうそう、妻から聞きました。ラッシュさんは事あるごとにドゥガーリを殴ってるってね」
え、あのババア……じゃねえトガリのオカン、そんな事まで言わんでも!
「でも私には分かるんですよ。ドゥガーリの優柔不断さについ怒ってしまう気持ちは。私もその場にいたらきっと殴ってしまうでしょう」
隣にいたルースも、呆れた顔で親父の方を見つめていた。こいつも俺の被害者みたいなもんだしな。
「息子は私にこう話していたんです。あのゲンコツは、ラッシュさんなりの精一杯の優しさなんだ……って」
え、優しさ……?
「口下手な男にしか、これは分からないかも知れませんね」笑いながら親父はそう言った。
確かにな、口下手と言われてなんか合点がいった。
親方も口より手の方が何倍も早い人だったし……まあ、それを優しさととらえるのは人それぞれかも知れないけどな。
「無事に戻られた時には、また息子のことをお願いします」
…………こうして俺たちは、トガリの親父がくれた砂馬に乗って、次の目的地であるスーレイへと向かっている。ってわけだ。
「トガリの親父さんがあんなに優しい顔を見せたの、初めて見たかも」
夜明け前の砂漠はまだまだ肌寒い。砂馬を休ませるために立ち止まった岩場で、俺たちはしばしの間、暖と休息をとっていた。
「そうなのか?」
「小さい時に僕も何回かアラハスのマーケットに立ち寄ったことがあるんだ。けど彼らは他所者には厳しくてね。親父さんも険しい顔しか見たことなかったし」
小さな焚き火の前でつぶやくルースの顔が、オレンジ色に照らされていた。
「けど、そんな閉鎖的なアラハスもきっと変わってゆくはずだ……そう、トガリがきっとね」
「そうだな、あいつは不器用だがメシに対する姿勢は一生懸命だ。ヘタすりゃいつか俺たち以上に偉くなってるかもな」
違いないね、とルースと二人で大笑いした……が。
「そういえば、チビはどうしたの?」
「ああ、あいつならトイレに行きたいって言うんで近くの岩の陰、に……!?」
チビの気配が、消えた。