バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

9 銀狐

「あんこだあああ!」

 ミチルは目の前に出された月餅のようなものを一口食べて興奮していた。
 フラーウムすごい。白米だけでなく、餡子まであるなんて。ちょっと中華よりだけど、○浜を思い出せばいい。
 そんな郷愁感をぐいぐい誘われたミチルは、おやつタイムにうひょうひょしていた。

「お兄さまはほんっとに可愛らしいお方ですね!」

 まんまとミチルの隣を陣取った10歳の少年、ミモザはにこにこ笑っている。目の奥に熱い感情をこめて。

「んんんっ! シウレン、少し控えろ」

 冷静と萌えの間で、人知れず葛藤をしているジンはなんとか冷静の方を前に出して咳払いした。

「ごめんなさい……」

 怒られたミチルがしおしおと落ち込むと、アニーは片肘ついて呟いた。

「いいじゃねえか、ミチルの可愛いお菓子タイムに水さすなよ」

「そうですよ! こんなに喜んでいるのに。ミチルお兄さま、僕の分もどうぞ!」

「いやいや、さすがにそれはちょっと……」

 アニーに便乗したミモザは、自分のお菓子をミチルの手前にスライドさせる。
 しかしさすがのミチルも、子どもからお菓子を貰うほど落ちぶれてはいないので、スライドし返した。

「ええー、僕はミチルお兄さまに貢ぎたいのにぃ」

「いいからミモザくんが食べなよ。美味しいよ」

「はい! ミチルお兄さまがおっしゃるなら!」

 そこでようやくミモザは月餅のようなものを齧る。ミチルの腕に頭をもたれかけて、すりすりしながら。
 そんなぐいぐいくる子どもからの好意に、ミチルもタジタジであった。


 
「貴様ら、いいかげんにしろ! これは取り調べだ!」

 苛立ったジンがついにテーブルを叩く。しかしビクッとなったのはミチルだけ。
 アニーもエリオットも、ジェイでさえも、猫撫で声の少年がミチルにすり寄るのを白い目で見ており、ジンの苛立ちなどどうでも良かった。

 そして当の本人は。

「ふうぅ! ミチルお兄さま、このオジサン怖いです……」

 好機は絶対に逃さない。ミモザはわざと瞳を潤ませて、ミチルの腕に縋りつく。

「せ、先生……もうちょっと穏やかに……」

「シウレンまで其奴の肩を持つのか!」

「いや、だからね……?」

 結局、冷静ぶってみてもジンも他の三人と心情は変わらない。
 大人げないと言えばそれまでだが、ことミチルに関しては全て平等。
 ミチルを狙う攻め希望者には容赦しないのが、イケメン達の信条なのだ。


 
「もうわかりました! オレが聞きます!」

 嫉妬に狂った年長者にMCは任せられない。
 ここに来て芽生え始めている、ミチルの自立心がそうさせた。ミモザに向き合って真剣に問う。

「ミモザくん、君はどうしてあの武道大会に出場したの?」

「はい、それは僕の師匠に言われたからです」

 ミチルの行動は正しかった。ミモザはあっさり素直に答える。

「師匠って?」

銀狐(ぎんぎつね)師匠です」

 その言葉に、ジンの表情が強張った。

「銀狐、だと……?」

「先生、知ってるんですか?」

 ミチルがジンの方を向くと、ジンは珍しくミチル以外の事柄で動揺していた。

「まさか……奴は死んだはずでは……?」

「銀狐師匠なら、ピンピンしてますけど」

「なんだと!?」

 信じられない、と言う顔でジンは固まってしまった。


 
「先生、誰なんですか、それ?」

 ミチルが聞くと、ジンは未だ疑念をこめたままの表情で、ボソリと呟くように答えた。

「ガザニア・ビースト。通称、銀狐。かつて儂とともに皇帝陛下にお仕えした武人だ」

「先生がいたって、えーっと、きん、きん……」

 ミチルはかつて聞いたジンの過去を思い出そうとしていた。「キン」に反応してポッと頬を染めるアニーとエリオットは無視をして。

禁衛(きんえい)軍だ。儂の任務は専ら諜報活動だったが、ガザニアは更に踏み込んだ──暗殺部署にいた」

「ひええ……」

 そうそう、禁衛軍。公安みたいな、CIAみたいな、MI6みたいなところ!
 ミチルはふんわり知識で暗殺とかもやってそうと思ったが、まさか本当にやっていたとは。

「あそこは確かに精鋭揃いなのだが、いかんせん業務内容がな。だいたいは返り討ちに会うか、精神に異常をきたして引退する」

 ジンはしみじみと恐ろしいことを言った。ミチルは薄ら寒くなる。

「その御仁はどうされたんです?」

 話題が軍関係になったので興味を惹かれたのか、ぬぼっと座っていたジェイが話題に入り込んできた。

「うむ、奴は腕が立つから、任務は常に成功している。だが、その度に精神を病んでいってな……」

 アニーが殺し屋だと告白された時にも、ミチルはその重苦しい話題に押しつぶされそうになっていた。
 結局アニーはコロシはやっていなかったけれど、アニーが常にそれについて気を病んでいたのは知っている。

「正常な精神でいられないから、上官との揉め事が多くなった。それでガザニアは引退勧告を受けたのだ。で、その後任に指名されたのが儂だった」

「ええ!?」

 ミチルは仰天していた。
 これでジンまでコロシをしていたらどうしよう。今まで通りに先生なんて呼べるかな。

「それで、どうなさったんです?」

 ジェイが慄くミチルの代わりに聞く。するとジンは溜息を吐いて答えた。

「断るに決まってるだろう。儂はコスパの高い仕事しかしたくないからな。コロシは割に合わない、ガザニアの状態を見れば明白だ」

「ふむ……しかし、断れるものなのですか?」

 ジェイの一歩踏み込んだ質問に、ジンはまた溜息を吐いた。

「普通は無理だ。だが儂は抵抗し続けた。ガザニアにしてみれば、自分の地位が儂次第で失われるかもしれない。儂と上官がやるやらないの攻防をしていたところに、ついに奴は痺れを切らした」

「それで?」

 最後にジンは深く息を吐いて、険しい顔で言った。

「決闘を、申し込まれたのだ」


 
 もう、やだあ。血生臭い。
 ミチルはこの話の続きを聞くのが嫌になった。

しおり