2 罪の選択
「まったく、何故、儂がこんなトウのたった男どもを囲わにゃならんのだ……」
所変わって、ここはジンの道場がある敷地内。その主人の居室。ミチルにとってはすっかりお馴染みの部屋である。
ブツブツ言いながら、不機嫌な顔を続けるジンの対面には、ふてぶてしく座る三人のイケメン達。
「へえー、お前、結構いい暮らししてんじゃねえか。うむ、苦しうないぞ!」
エリオットは物珍しそうに、ジンの部屋の調度品をキョロキョロ眺めた後、えらそうに言う。
「おい、茶ぐらい出せ。気がきかないな」
テーブルをバンバン叩いてそんな事を言うエリオットに、ジンは冷ややかな視線を投げつけた。
「バカを言うな、貴様らは捕虜だ。縛られないだけいいと思え」
「はあ!? お前、勘違いしてるぞ! このおれを誰だと思ってんだ!」
「名乗れるものなら、言ってみろ」
冷淡な姿勢を崩さないジンに、エリオットはニヤァと笑ってから、立ち上がって胸を張って言った。
「おれサマはなあ、アルブス第五王子、エリオット・ラニウスだ! 今は我が父王から特命を賜って世界を回っている!」
「……」
無反応のジンに、エリオットは首を傾げた。そこで隣に座るアニーが笑いながらつっこむ。
「世界を回っているって、まだお前、ここが一箇所目だろ」
「うるさいな、アニーは! 黙ってろ!」
「へえへえ、頼んますよ、王子様。外交手腕でなんとかしてくださいよー」
「うむ、任せておけ!」
ちょっと会わないうちに、二人が仲良くなっているような気がする。
ミチルはなんだか新鮮な気持ちでその会話を聞いていた。
「うん? 待て、アルブスと言えば、シウレンもそんな事を言っていたな」
目の前のエリオットを綺麗に無視して、ジンは自らの隣に座らせたミチルの方を向いた。
「あ、はい。エリオットは本当にアルブスの王子様です、先生。それからアニーはルブルムの……酒場経営者? そんでジェイはカエルレウムの騎士です」
「ふむ……貴様が言っていた、三人の連れとは本当に此奴らのことなのか」
認めたくない、と言わんばかりの嫌そうな師範の顔に、ミチルは大きく溜息を吐きながら頷いた。
「だから、そうだって言ってるじゃん。疑わないでやってよ」
ジンは用心深い男だ。それは、なかなか信用してもらえなかったミチルもわかっている。
「鐘馗会とは全然関係ないよ、オレの連れだもん!」
「馬鹿者、鐘馗会などはすでに些末なことだ」
「へ?」
ミチルが思わず気の抜けた相槌を打つと、ジンはフルフルと拳を震わせてイケメン三人を睨みつける。
「此奴らは、各地でシウレンをたぶらかしただけでなく、ついに徒党を組んで儂からシウレンを奪い返しにきたのだ……!」
あれ、おかしいな。この人、こんなにアホだったっけ。
見当違いの怒りに震える師範の横で、ミチルは開いた口が塞がらない。
「おい、オッサン! そのシウレンってのやめろ! おれの正妻だぞ!」
エリオットが怒りのままに、テーブルをまたバァンと叩いた。
「ふざけんな! ミチルは俺の抱き枕だ!」
アニーもつられて、変態性を曝け出す。
「ちょちょ、ちょぉ! 問題はそこじゃないでしょーが!」
やはり、イケメン過ぎると大事な何かを失うんだ。
ミチルは何故取り合われている本人が宥めないとならんのだと、理不尽さを感じる。
ケンカをやめてぇ、なんて優雅に歌っていたいのに!
「ねえ、ジェイもなんとか言ってやってよぉ」
黙って座り続けるジェイに、ミチルが助けを乞うと、ぽんこつナイトがついにその重い口を開いた。
「……話が複雑で、よくわからないのだが」
ああっ! ぽんこつを頼ったオレがバカだった!
ぬぼっと答えるジェイに、ミチルががっかりした次の瞬間。その口からさらにでた発言は──
「ミチルは、私の天使だ」
「……」
その場の全員が、一瞬、言葉を失った。
「そうじゃないだろぉおお!!」
ねえ、なんで総受けのオレがつっこんでんの! 意味わかんないんだけど!
真っ赤になって叫んだ事が功を奏したのか、ミチルの怒号とともにイケメン四人は大人しくなって静かに座り直した。
「……わかった。落ち着けシウレン。建設的な話をしよう」
「おお、やってもらおうじゃねえかぁ!」
感情の抑えどころがわからなくなったミチルに、ジンは大真面目な顔で静かに言う。
「それで、貴様はこの中の誰を選ぶのだ?」
「……え?」
予想もしていなかった問いに、ミチルの頭は一気に真っ白になった。
最初の男、頼れるぽんこつナイト。
第二の男、優しさで包み込むホストアサシン。
第三の男、庇護欲そそられる小悪魔プリンス。
第四の男、人生にスパイスをふりかける毒舌師範。
みんな違って、みんなイイ。
誰が選ぶって? オレ?
世界の宝と言うべき、イケメン達が。
こんなチンケなオレに、
あり得ない!
そんなことは世界で一番の罪です!!
ミチルがだいそれた思考で固まってしまった頃。
静まりかえった部屋の空気を打ち破るように、その扉を誰かが叩く。
「先生……よろしいでしょうか」
恐る恐る入ってきたのは、ここでは一番穏やかな師範代のお兄さんだ。
ミチルは一方的に懐いて、目線で助けてと縋る。
「どうした」
だが、師範代のお兄さんはイケメンではないので、ミチルの心は通じない。
ジンに問われた彼は、両手で壊れものを扱うようにあるものを差し出した。
「これが……大会の会場で見つかったのですが」
その手の中で、青い小石が鈍い光を放っていた。