1 ミチルって愛だよね
すっかり言い忘れていたが、ここは黄の国、フラーウム。ジンが道場を構えているのは、都からほど遠い田舎町カーリア。
役人の目が届かない田舎であれば、荒くれ者がたむろすることもある。だがカーリアは武道が盛んで、ジンを始め多数の熟練者が普通に道を闊歩している。そんな町にケチなチンピラが住み着くはずもないので、カーリアには治安の悪い箇所はない。
そんな中、暗い路地裏に廃墟のようなビルがあれば、そこは唯一、不穏な輩がいるかもしれない。ジンが、追ってきた人影が入るならここだと決めつけて、躊躇いもせずに踏み込んだのはそういう理由であった。
「説明が長いっ!」
ミチルは思わず何かにつっこむ。肩の上でバタバタ騒いだのでジンに怒られた。
「騒ぐな、シウレン。敵地だぞ」
「いや、ていうか……」
ミチルは懐かしい匂いを嗅ぎ分けていた。さっきから心臓が逸っている。
「おい、アニー、アイツの肩に乗ってんの……」
ジンと対峙するおかっぱ頭の男が、仲間の長髪の男の腕を引いた。
──今、アニーって言った!?
「ん? え、ウソでしょ、あの可愛いヒップは……」
言われた長髪の男は、ワナワナと震えながらジンの荷物を指差した。
──臆面もなく「可愛いヒップ」とか言っちゃう変態性!!
て言うか、その声はもう間違いない。あの二人だ。
「ミチルッ!」
三人目の声がした。こちらに近づいてくる、懐かしい声。
ミチルは居ても立っても居られず、さらにバタバタしてジンに訴える。
「せ、せんせ! 先生! 降ろして降ろして!」
「危険だ、シウレン」
「違う! 多分、その人達、オレの知り合い!」
「なに!?」
逸る気持ちを抑えられなくて、ジンが訝しんだ隙に、ミチルはその肩から飛び降りる。
が、運動神経が切れているので、まともな着地は叶わず尻から落ちた。
「ふぎゅっ!」
打ちつけた尻を構わずに、ミチルは振り返る。
目の前には、超絶過ぎるイケメン達。
「やっぱ、ミチル!」
「エリオット!」
大きな瞳を丸くしていたのは、小悪魔のように小生意気なギャル男プリンス。
「ミチルぅう!」
「アニー!」
甘い笑顔を輝かせたのは、国民の彼氏級ホストアサシン。
それから──
「ミチル!」
大きな腕でミチルを抱きしめたのは、頼れるぽんこつナイト。
「ジェイ……!」
ぎゅむっと、スリスリ!
「ふにゃあぁ……っ」
やだあ! 腰と尻が砕ける音がする!
「ああ、良かった! 無事だったのだな、ミチル!」
ジェイの天然スリスリがミチルを翻弄する!
「ふぁああ……っ!」
いやあ! もうどうにかなっちゃう!
「こ、こいつ、なんというテクニシャン!」
百戦錬磨のジンをも唸らせるジェイの手つきに、あわやミチルが昇天しかけた時。
「てめえ、このやろう!」
「第1の男だからって、お前はいつもそう!」
エリオットが後ろからジェイの首根っこを引っ掴み、アニーはその背にしがみついてミチルから引き離す。
「むむ……っ?」
何故怒られたのかわからないジェイは、二人に体をホールドされて固まった。
「はあん……すごかった……」
解放されたミチルは、全然立ち上がれる気がしない。
「なんということだ、儂のシウレン……」
ジェイの行動に触発されたのか、なんかその気になったジンの手がミチルに伸びる。
「ちょ、先生!」
「シウレンは渡さぬ……」
「や、ああ!」
なんならこの場で押し倒して、目の前でわからせようとしてくる毒舌師範の熱い抱擁に、ミチルは全身の力が抜けた。
「ふざけんな、白髪クソジジイ!!」
エリオットの嫉妬に狂った稲妻がジンに向かって走る!
「ふん!」
その雷撃を片手で払ったジンは、ようやく冷静を取り戻してミチルを離し、代わりにエリオットを鋭い視線で睨んだ。
「な……んだ、こいつ……」
軽くあしらわれて、少し自信喪失したエリオットだったが、それでも気丈にジンを睨み返した。
「あのオッサン、なんて危険な変態なんだ……。ミチルのおしりは大丈夫なのか……?」
「む? どういうことだ、アニー殿」
「……お前は黙っとけ」
アニーとジェイのやり取りも聞こえない二人は、ジリジリと睨み合いながら間合いをつめていった。
「おい、この間男が。おれの妻になんてことしやがった」
「妻……? ふっ、若造が。儂のシウレンが貴様などになびくものか」
「シウレンって何だ! おれのミチルだ!」
「ミチル、か。その名は捨てて、シウレンは儂のものになったのだ」
はああああ!?
ジンの爆弾発言に、イケメン三人が声を揃えて奇声を上げた。
「捨ててねえし!!」
そんな一触即発の事態を、ミチルの大声が止めた。
「お前たち、いいかげんにしろぉ! イケメンだからって何でもやっていいワケじゃねえぞぉ!」
「ミ、ミチル……?」
ある意味、ミチルに一番幻想を抱いていたアニーが、驚きに満ちた顔で狼狽えた。
「せっかく皆と会えたのに! 先生のバカッ!」
「シ、シウレン……?」
次にミチルに妄想を抱いていたジンも、目を見張って驚いた。
「ジェイぃい……アニーぃい……エリオットぉお……」
ミチルは三人のイケメンの姿を順番に確認したあと、べしょっと顔を涙で濡らす。
「うわああああん! みんなが無事で良かったよぉおおお!!」
ミチルゥウウウウ!!!
ジェイもアニーもエリオットも、そこに磁石で引かれたかのようにミチルの元に駆け寄った。
それから四人でダンゴになって喜び合う。
ミチルー!
みんなー!
ミチルゥー♡
みんなぁ!
「な、なんだ、これは……」
四人の異様な触れ合いに、ジンは呆気にとられていた。
「シウレン……いや、ミチル。貴様は……愛の化身なのか……?」
ミチル is Love……!