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第54話 深淵の迷宮⑫

迷宮の挑戦を始めあっという間に11週間が経過。
深淵の迷宮地下497階まで踏破し、恐らく今日中には500階に到達するだろう。

心眼の精度も上がり50階くらい先まで見通せる様になっていたので、実は結構前からこの迷宮が地下500階までしかないことには気付いていた。

もしかしたらワープが合って、飛び込むとこことは別の場所に転移されて、引き続き迷宮が続く可能性はあるものの一旦の区切りにはなる。
どちらにせよ、元々地下500階を目標にしていたのでここが最後になるであろうことは、パーティーメンバー全員が分かっている。

「あーここまで長かったなー!早く家に帰って魔王様の温泉に入りたい!」

「あらあらあら」

エレナさん、全然笑い事ではありません。
取りあえず無事に帰宅出来たらレイラにはフラグという概念をしっかり理解させようと思う。いい加減死人が出るわ。

「何とか目標通り地下500階までは来れましたね」

「こんなの誰にも真似できませんね~。ギルドの冒険者たちがここまで到達できるようになるのは何年先になることやら…」

確かに空飛んだり壁壊したりは現実的ではないが、格闘技の技術が上がり魔法への偏見もなくなって食事とトレーニングの重要性に魔族が気付けば夢物語ではないと思う。

それに人間との争いが終われば、軍人達の少なくとも一部は冒険者に鞍替えしてくるだろう。

「いやいや、案外早くここまで到達する冒険者が現れるかもしれませんよ。それにレイラが大人になった頃にはもっと速いペースでの踏破なんてこともあり得るかもしれませんしね」

「そうでした…レイラさんの非常識さにまだ子供だということを忘れていました。いつかレイラさんが大人になって仲間を引き連れて迷宮にチャレンジする…想像するだけで胸が熱くなりますね~」

約3カ月の冒険者生活は非常に充実したものとなった。若干の寂しさすら感じる。

諸々の改革が終わって人間との戦争が終わったら、本格的に冒険者として活動するのも面白いかもしれないな。
その為にも、先代の魔王が俺の役に立つと言っていた『魔神の心臓』を何としても手に入れなくてはならない…地下500階で終わりであることを願う。

恐らく明日の早い段階で地下500階に辿り着くだろう。
今日は美味しいものを食べて早く寝よう。





あれはやばいかもしれない。
深淵の迷宮地下500階、いつものボスフロア同様に通路から部屋の中を覗く我々。
ボスが立ち尽くしている。

「魔王……様?」

レイラが驚いたように呟くが少し違う。

あれは多分魔神だ。
俺の夢にたまに出て来る、俺をこの世界に転移させた魔神と同じ顔をしている。
違うのは、あの人を小馬鹿にしたような憎らしい表情がなく抜け殻の様に見えることだ。

どうしよう、俺一人ならまだしも他のメンバーを守り切る自信がない。
一度帰還して俺だけで来た方が安全かもしれない。

「「…………」」

「…魔王様、何を考えているの?」

無言で俺を睨む大人2人と、恐ろしい笑顔で俺に問う子供。

「まさか一度帰って一人で挑戦する何て考えてないよね?」

「「………」」

どうやらレイラはエスパーだったようだ。恐ろしい子…

「魔王様が悩む時は大抵人に迷惑掛けそうな時だけだからね。大方自分一人ならいいけど、あたし達に危険が及ぶからー、とか考えてんのよ」

「「………」」

無言の大人達、特にエレナさんが凄い怖い。レイラ関連でキレている時と同じ雰囲気を感じる。

俺の心を読み切って話を進めて機嫌を損ねるのはやめていただきたい。大正解ですが…。

「ごめんなさい…正直皆さんを守り切れるか確証が持てません。俺の我儘で人を傷つけることは望んでいません」

「「「…………………」」」

ダメだ。この無言の圧力に俺は抗えない。

「……皆さん、くれぐれも無理だけはしないようにお願いします…」

「はーい!」
「承知しました~!」
「かしこまりました!」

よし、早く終わらせてさっさと帰ろう。
………ふ、フラグではないから!!





部屋に入りまず魔神を鑑定する。

・虚無の魔神(深淵の迷宮ボス)
・?
・?

弱点属性や能力など、名前以外の情報を得られなかったが、テネブラの時は『地下200階ボス』と表記されていたのに対し『深淵の迷宮ボス』となっている。これは嬉しい。

「皆さん、迷宮はここまでのようです!後はこのボスを倒すだけです!!」

「お~それは朗報です!頑張りますよ~」

「クソソソのことかーーーー!!」

「あらあらあら」

ゾラスが気の抜けた気合を入れ直し、レイラはスーパーな戦闘民族に変身を試みて(失敗)、エレナさんがいつも通り暖かく見守る。

うむ、いい意味でいつも通りだ。変に気負っていない。

「では皆さんいつも通りのフォーメーションで!!」

俺の合図に合わせ、パーティーがそれぞれの場所へ散る。

アタッカー件タンクの役割を担う俺の右後ろに純粋アタッカーのレイラ、いつも通りすぐに攻撃できるように控える。

少し離れ後方に回復のゾラスとエレナさんが控える。

「まずは様子見で俺が突っ込んでみます!皆さんはその場で待機を!!」

「「「おう!」」」

俺は参考書で極めた縮地によって、一瞬で魔神との距離を詰める。

「おう魔神、3カ月ぶりくらいだな!覚悟は出来てるんだな?」

「………」

一応知り合いなので話し掛けてみたが全く反応がない。
取りあえず俺の良心が痛まないようによく似た別人、と結論付けることにした。


シュッ

更に縮地で俺の攻撃が届く位置まで一瞬で距離を詰め思いっきり力任せに殴りつけてみる。

ブンッスカッ

当たらない。
いや、当たらない事はないのだが感覚がない。ただただ何もない空間を殴りつけているだけのような感覚だ。

埒が明かないので一旦距離を取ろうとしたが、魔神との距離が一向に広がらない。
俺は確かに後ろに下がったはずなのだが、現実問題何も変化はない。

殴れない理由も距離が広がらない理由も何も分からない。
まずは一旦何としても離れたい。

「断罪の刃!!」

ナイトフォールで人間の砦を切った時以来、初めて敵に向かって放ってみた。
俺が望むものはなんでも切れるチート技だが…

「うぉ!?」

魔神の身体に当たったと思った瞬間俺の目の前から断罪の刃が現れ俺を直撃する。

「「「魔王様ぁぁぁああ!!!」」」








「残念、それは残像だ」

1日1回有効な攻撃無効魔法『残像』により事なきを得たが、自分の攻撃がタイムラグなしでそのまま自分に向かってくるのは非常に厄介だ。


レイラの必殺技によるフレンドリーファイアは流石に笑えん。
さてどうしたものか。

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