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第53話 深淵の迷宮⑪

深淵の迷宮200階、暗黒龍テネブラの討伐に成功してから丸々3週間が経過。
我々に残された時間は2カ月を切った。

アタックは順調で、予定通り1週間で30階ずつ進んでいき、現在地下300階へ降りる階段の手前まで来た。

「まさか本当に1カ月掛からずに地下300階まで進むとは…」

ゾラスが俺の方を見ながら若干呆れたように話し始める。
確かに俺の心眼の付帯効果により、地図に頼らず次のフロアへ続く階段まで最短で移動できる様になったことも無関係ではないが、それもエレナさんの飛行能力が合ってこそである。

「そればっかりは運が良かったですね。ただこの先今まで以上に広いフロアが出てきたら階段の位置も分からなくなるかもしれないので油断は出来ませんね」

「でも魔王様、先々のフロアまで細部に渡って分かるようになってきたって仰ってたじゃないですか?」

エレナさん少し黙っていて下さい。
道中、俺の把握した脳内の地図を我々を運ぶエレナさんにリアルタイムで伝える為、自然と会話が増える。
エレナさんと話しているとついつい自分の母親と話しているような感覚に襲われ、気付かぬうちに本来言う必要のないことまで話してしまっている。油断ならぬ存在だ。

「いやいや、まだまだ精々地下5階先までが限界ですよ!」

「…自分のいるフロアが分かるだけでも異常です~」

この世界の魔族は魔王が全く使えない訳ではないが、種族的な傾向としてどちらかというと物理に寄っている節がある。

座学で学んだ訳ではないので理論はわからないが、魔法の基礎としてアルスに自分の身体を流れる魔力を認識させて貰ってからは、自分のイメージによって魔法の具現化が出来るようになった。

アルスに習った直後に指先からライター程度の火を出した際、アルスとセニアが「天才!」と褒め称えてきたのは、どうやら『予言の子』である俺だからという訳ではなく、どうやら本心だったらしい。

今回のフロア把握も心眼からの派生ではあるが、前世でハマっていたロールプレイングゲームの中で同じ様な魔法があったので、そのイメージによる所も大きいのではないかと自分では思っている。

その為か、俺が多用している便利魔法も前世で実際にあった技術や、ゲームやアニメの中で見たことのあるものばかりだ。

「皆さんがちょっと脳みそ筋肉過ぎるだけで、全体的に魔法に対する偏見が無くなってくればこれくらいの事は出来るはずですよ」

「脳みそ筋肉なんて…///」

「……………」

先々のフロアまで見通せるかは分からないけど、恐らく1フロアの把握くらいならば、少なくともアルスやセニア、四天王レベルであれば難しくはないと思う。
まぁその辺は少しずつ浸透させていこう。

で、話は戻るが自分のいる地点から更に5階先まで見えるということは、少なくともこの時点で地下300階で終わらない事は分かってしまった。
ゾラスや他のメンバーに言ったところで気にする程軟な仲間たちではないが、一応気遣いとして俺の心にだけ留めておく。

100階単位で終わるかどうかは分からないが、地下200階のボス『暗黒龍テネブラ』でいきなり難易度が跳ね上がったことを考慮すると、俺の勘が切りの良い階数での終了を予想している。

「レイラ、辛くはないかい?絶対に無理だけはしないようにね」

「魔王様あたしを子供扱いし過ぎだよ!あたしは地下500階でも1000階でも余裕だからね!」

レイラさん、頼むからフラグを立てるのはやめて下さい。
500階は一応目標ではあるが、流石に地下1000階までいくと今回のアタックでは絶対に踏破できない。

魔神からの警告、女神からの心配、理由は分からないけど放置してはダメな気がする。
そもそも最初に魔神に会った時は人間を滅亡させろと言っていたが、実際人間との争いは長い事膠着状態が続いており双方犠牲は殆ど出ていないことも不思議だ。

この世界にはきっと大きな謎が隠されている気がする。
それを解明する為にも『魔神の心臓』を是非とも手に入れたい。
『予言の子』にとって重要なこと、と言っていたらしい先代魔王の宝愛瑠(じゅえる)様(笑)を信じたい。
どうでもいいけど先代魔王様は絶対に同世代くらいの日本からの転生者とかだろ。名前がキラキラ眩し過ぎるぜ。





その後我々は順調に地下300階のボス『深淵の支配者アビスロード』の討伐に成功した。

最初ボスの名前が判明した時は『深淵の支配者』という如何にもな名前にゾラスとレイラのテンションは上がっていたが、地下301階以降続いていることが分かっても特段気落ちしている様子は無かった。
どうやら完全踏破はしたいけれども冒険もまだまだ続けたい様だ。正直気持ちはわかる。

アビスロードは『深淵の支配者』という大層な肩書に恥じぬ強さで、攻撃力強化のバフの掛かっていないレイラのシャイニングマッスル(右ストレート)を一撃耐えた。

耐えられたレイラは舌打ちしつつ、返す刀で邪王魔炎黒龍波(左フック)を放つと、ようやくアビスロードは塵となって消えていった。

他の龍の強さは分からないが、レイラの成長速度は少し異常だと思う。
感覚的には現時点で、四天王たちと同等、若しくはそれ以上の強さに感じる。
もしかしたらこの探索が終わる頃には、アルスとセニアを超えているかもしれない。
今から非常に楽しみだ。

地下301階から、ダンジョンの中に大きな変化が現れた。
それまで各フロア、ボス部屋以外は吹き抜けの屋外になっていたのだが、初めて通常フロアに通路と部屋が出てきた。

こうなるとエレナさんの機動力を活かしきれなくなってしまう。
さてどうしたものか…。




「おらぁ!」ドゴーン

「いやぁ!」バコーン

試しに力一杯殴ってみたら分厚い壁を突き抜け隣の通路に出た。
どうやら俺も脳みそ筋肉集団に少しずつ毒されてきたようだが、移動に時間を掛ける訳にはいかない。

吹き抜けのフロアは龍型のエレナさんに乗せてもらい、迷宮タイプのフロアは俺とレイラが物理的に道を切り開く手段を用いることで、引き続き今まで通りペースを落とさず進むのだった。

この方法を取れるのであれば、横に向かってではなく下に向かった方が早いのでは、と一瞬頭を過ぎったが、流石に元人としてそれは心の奥底にそっとしまっておくことにした。

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