第51話 深淵の迷宮⑨
事前に話していた通り、まず俺が暗闇に包まれたボス部屋に飛び込む。
…想定外だ。
外から見たボス部屋は真っ暗闇だったが、部屋の中に入ればどんなに視界が悪くても少しは確認できると思っていたが自分の指さえ確認できない。
文字通り視界はゼロだ。
当然ボスの姿は確認できない。
「レイラ聞こえるか!?」
「魔王様どうしたの?」
良かった。
ひょっとしたら視界だけでなく声も遮断されるかと思ったが会話は出来るようだ。
「ボス部屋の中は想像以上に視界が悪い。むしろ何も見えない!一旦俺が戻るからそこで待機していてくれ!」
「魔王様待って!そうしたら24時間待たなきゃいけないじゃない!!このまま強行しようよ!!」
確かに限られた時間の中でチャレンジしている我々にとって24時間を無駄に過ごすことは痛いが、自分たちの安全には変えられない。
「何よりも『心眼』を開くチャンスだよ!それとも魔王様は私を守り切る自信がないの!?」
レイラよ…幼女の癖に立派な中二病になりやがって…しかも男心を巧みに操る悪女でもあるとか…最高かよ!
「…お安い御用ですレイラさん…私が守り切ってみせましょう」
ここはレイラの挑発にのることにし、瞬時にそれぞれに指示を出す。
「レイラは計画通りダメージディーラー、ゾラスさんは万が一に備え回復の準備を!エレナさんはバッファーとしてレイラの火力強化を計って下さい!!俺が攻撃のチャンスを作りますから全員集中を切らさないように入ってきてください!!」
「はーい!」
「承知しました!」
「承りました!」
俺の指示に従い全員がボス部屋に入ってきた。
「五感をフルに研ぎ澄ましボスの気配を感じて下さい。仲間以外の空気の流れがボスです!」
とか偉そうに言っているが、俺自身も主に前世のアニメの知識だけしかない元サラリーマン。
しかし、攻撃や防御やスピードなど、基本的なステータス以外も、視力や聴力などの基本のスペックも、前世と比べ圧倒的に高いので何とかなる気がしている。
空気の流れからして今3人が入ってきたな。
真ん中が一番軽い足音だからレイラだ、左側の足音はレイラと距離が近いからエレナさんだ…仮にエレナさんではなくてゾラスだとしたら、あいつを社会的に抹殺しなくてはならないが残念ながら彼はそっち方面は非常に真面目である。
従って消去法で右がゾラスとなる。よし分析完了、と。
続いて部屋の奥に意識を向けると、奥に向かって右側の一部分で下から流れて来る空気の流れが途切れているのが分かる……え?……しかし…これは…
いくら何でも身体が大き過ぎないかい?
さらに集中すると頭の中に情報が流れ込んでくる。
・暗黒龍テネブラ(深淵の迷宮200階ボス)
・弱点属性:光
・特殊能力:闇の浸食(任意の空間が闇に包まれる)
今思ったんだが、これ本来はちべえの仕事じゃない?
これで俺が鑑定的なスキルを身に付けてしまったら、もうはちべえはただの豆柴になってしまうじゃないか…それはそれで必要だった。
弱点属性が光か…
実戦経験がこのダンジョン攻略以前殆どない俺にはいまいち『属性』という概念が分からないが…とりあえず日本人なら誰もが知っている某国民的アニメを参考にさせてもらおう。
「レイラ!敵の位置はわかるか?」
「んー右奥に何か大きいのがいると思うんだけど…」
「それだけわかっていれば十分だ!今から俺がなんとかしてボスの姿を晒すから、その瞬間を狙って必殺技をぶちかましてやってくれ!!エレナさんもタイミングを合わせてバフをお願いします」
「任せておいて!」
「あらあらあら」
2人の返事を待ち、その後俺は魔法の詠唱を開始する。
「大胸筋が滾って光る…腹直筋もついでに光る…」
一つだけ言っておくが、この詠唱に特に意味も拘りもない。
身体の前面の大きな筋肉を光らせることだけを目的とした詠唱だ。
「シャイニィィィィンンングゥゥゥマッスゥゥゥウウウ!!」
「ギシャァァァァァァアアアア」
俺の身体から眩い光が照射され、右手奥にいた暗黒龍テネブラの姿を照らす。
「レイラ!エレナさん!今だー!!」
攻撃魔法ではないのでダメージはないだろうが、光を浴びたせいなのかテネブラは怒り狂い叫んでいる。
そこに…
「レイラ、倒せなかったら一か月食後のデザート抜きよ」
レイラの母親であるエレナさんからの非常に強力なバフが掛かり、
「邪王魔炎黒龍波ー!!」
レイラの結構ギリギリな名前の必殺技がテネブラに直撃する。
大層な技の名前ではあるが、単純に気合を込めたパンチである。
龍自身のパンチなので黒い流が飛び出たりはしない。
単純ではあるが必殺技だ。音速を突き抜け光に包まれる。
光を纏ったその拳は、小さなレイラの身体からは想像もできないような衝撃音を暗闇に響き渡らせる。
だが相手も龍の名を持つ者。
最後の力をふり絞り、残身の姿勢を保つレイラに襲い掛かる。
「ギィシヤァァァァァァァァァァアアアアアアアア」
「残念、それは残像だ」
最後の力をふり絞ったテネブラの攻撃は、一瞬レイラを捉えたかと思いきやレイラの姿は既にそこにない。
「「「…………」」」
ちょっとレイラ強過ぎないかな?実の母親であるエレナさんですら少し引き気味に見える。
自分の力を疑う事を知らない幼い今だからこそ、信じた自分の姿に慣れるのかもしれない。
このまま成長を続けたらレイラは歴史に名を刻む武闘家になりそうだな。
「富樫仕事しろ」
レイラさん、それは決め台詞ではありません。