第47話 深淵の迷宮⑤
グラウスとネクサは突然話に割って入ってきたレイラに戸惑いを隠せない。
子供なりに気まずい空気をなんとかしようと気を使ったと受け取ったのかもしれない。
実際レイラもそこまで深くは考えていなかったかもしれないが、個人的にはレイラの提案は理に叶っていると思う。
「流石レイラだね、俺もその案に賛成だよ」
「魔王様もやっぱりわかってるね!!」
天使に褒められただけでテンションマックスになるわ。
「レイラ、一度どんなもんか俺に向かって一番基本的な必殺技を唱えてくれるかい?
「オッケー」
軽く答えるとレイラは目を閉じて集中し始める。
周囲のエレナさん含めた大人達は何事かと困惑しているが…
「私の広背筋が光って唸る…」
レイラが静かに言葉を紡ぎ始めるやいなや、レイラの広背筋が服の上からでも分る程輝き始めた。
「…懸垂させろと輝き叫ぶ…シャイニィィィィンンングゥゥゥマッスゥゥゥウウウ!!」
眩い光が広背筋を中心にエレナを包み込み、エレナがそれを右手に乗せて俺に解き放つ。
強烈な衝撃が俺を襲う。
見た目幼い少女が、魔王軍切っての実力派集団、アルスとセニアと四天王を従える魔王を吹っ飛ばしたその光景を、ゾラスとグラウスとネクサは信じられない物を目の当たりにしたとばかりに驚愕の表情で見つめる。
「いたたたたた…大分詠唱がスムーズになってきたねエレナ。この分なら近いうちにアルスから一本取れるかもしれないね」
「毎日練習してるからね!実践訓練もしたいからボスと戦いたいんだけどねーーー」
「ごめんなさい」
「あらあらあら」
ここでレイラが俺の失態を再び突き、エレナが苦笑いを浮かべる。
俺のグリムウッドの自宅で、トレーニング後の娯楽として用意した日本テレビシリーズ(便利魔法3Dを応用した魔道具『2D』で放映)。
今の所レイラが一番夢中になっている某ロボットアニメからの引用である。
レイラが初めてアニメを見た時、テンション爆上がりの状態でレイラが必殺技を真似ると、理屈は分からないが、必殺技の決め台詞が魔法の詠唱の代わりとなるらしく文字通り『必殺技』となった。
しかも色々応用が可能で、今俺が喰らった攻撃はパンチ用に『広背筋』としたが、これを例えば『ハムストリングス』とすればキックに転用が出来る非常に汎用性のある魔法である。
「…といった感じです。技の威力は抜きにしても、必殺技を放つまでの決め台詞がネクサさんのクールダウンに繋がるのではないかと思います。ネクサさん自身、熱くなることを無理に抑え込まず、自分でコントロールすることが必要なのではないかと思います」
俺の言っていることを理解しているかは分からないが、腕を組みながらうんうんと頷くレイラが可愛らしい。」
「熱くなること自体は全然悪いことではありませんしね」
「あ、ありがとうございます魔王様…」
「私の必殺技、ネクサさんもグラウスさんも自由に使っていいよー」
「あらあらあら笑」
元々レイラのものではないが、機嫌を損ねる訳にはいかないので言わない。
「よかったねー2人とも。まぁネクサの問題はそれで解決するとしてー、倒し方の目途が全く立ってないみたいだねー。まぁネクサがあの調子じゃ冷静に分析する暇もないかー」
ゾラスはそう言いながら、2人にポーションを降りかける。
流石シャドウベイル産のポーション、見る見るうちに火傷や擦り傷が消えていった。
「「…………」」
「魔王様は何か分かりました?」
「えーと、恐らくですけど……」
ネクサが暴走し始めたのでゆっくりと見る暇はなかったが、その中でわかった事が何点かある。
一つは、ネクサの攻撃だけが当たり、攻撃対象のスライムが生き残った時、対象のスライムの身体が小さくなり、他のスライムが大きくなった気がした。
一定の大きさを超えたスライムは分裂した。
二つ目は、ネクサの攻撃だけが当たり、かつ対象のスライムが消失した際、他のスライムが分裂した。ただし、たまたまそのタイミングで分裂した可能性は捨てきれない。
三つ目、ネクサの攻撃タイミングにグラウスの攻撃が合わせられた時、攻撃対象の2体以外のスライムに変化はなかった。但し、2人攻撃の威力が明らかに違う時は、全てのスライムが巨大化、もしくは分裂した。※ネクサとグラウスの攻撃対象は別の個体
四つ目、ネクサとグラウスの攻撃により、2体のスライムが同時に消滅した際、他のスライムは分裂しなかった。ただし、これもたまたまのタイミングの可能性は捨てきれない。
「……といった所でしょうか。恐らくですが、2体以上同時に同じ威力の攻撃を与えることで、その他のスライムの分裂を防ぐことができるのではないかと仮定しています。従って、最短で一度分裂させた2体の状態で討伐が可能ではないかと思います」
「「「「「「…………」」」」」」
はちべえまで偉そうにこっちを黙って見つめているのが気に入らない。
え?何か馬鹿な事でも言ったかな?
「わかったかな2人とも?ここまでいきなり理解しろとは言わないけど、ただ闇雲に相手に突っ込むのも程ほどにしないとねー。特に我々冒険者は、こうやって想定外のケースに見舞われる機会も少なくないんだから…自分の命を軽く扱うのは感心できないよー」
「「承知しました…」」
「魔王様は例外だから参考にしないようにねー」
おかしいのは魔族の方だと主張したい。
貴方たちも筋肉と同じくらい脳みそを使うべきだろう。
「まあいいか、可愛い後輩へのレクチャーはこれくらいにして一旦僕がお手本を見せよう。どうせ君たちはボス戦リタイアのペナルティで24時間はチャレンジ出来ないしね」
ほぉ…そんなルールがあるのか。
ファントムスライムを見ると再び一体に戻っている。
ペナルティがなければ増えたらリタイアを繰り返していけばそのうちクリアできてしまうかもしれないしな。
その後ゾラスはスライムを2体に増やした後、遠隔攻撃を用いながら器用に2体同時攻撃をしたりなど俺の唱えた仮説を実戦で説明。
一通りの説明を終えると、討伐せずに我々の元に帰還。
「…といった感じでさっきの魔王様の仮説はほぼほぼ正解です。ここまで丁寧に解説するのは今回で最後だからねー」
グラウスとネクサが神妙に頷いている。
これを切っ掛けにさらなる飛躍を遂げて貰いたい。
「ただね―魔王様…実は魔王様の仮説で一つ明らかに間違ってる事があるんですよー。あ、ただ僕自身実際見たわけじゃなくて、先代様から聞いただけなんだけどねー」
なんだと?
まあ俺自身今日が初見だったので仮説に思い入れがあるわけではないので全然問題ありません。
「魔王様、試しにステータスの制限を解除して、さっきの『必殺技』を一体目のスライムに向かって放っていただけますか?」
ほほぉ…俺の必殺技が見たいと……?
レイラの期待した眼差し…ならば見せて差し上げましょう。
レイラ見ててね!
〇
「「「「「「…………」」」」」」
全員が注目する中俺はスライムと対峙するとゆっくりと魔法?を詠唱する。
「俺の上腕筋が真っ赤に燃える…筋トレさせろと轟き叫ぶ……筋肉痛ぅぅぅぅううう!ゴッ
ドォォォオオオマッソォォォォオオオオオ!!」
俺の右フックがファントムスライムを襲う。
ショワァァァ…
スライムは消滅した。
「と見て貰った通り、一定以上のダメージを一撃で与えると、一度も分裂することなく討伐が可能らしいんだけど、普通の魔族や人間には絶対に無理だから気にしなくていいからねー」
「あれはさすがに無理だろwww引くわ」
「マスターより馬鹿な魔族初めてみましたよwww」
「……………」
グラウスとネクサは良いけどレイラのその汚物を見る目は傷つく…目覚めるわ。