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273 サーシャの笑顔

 「そう、かしら……」

 目を丸くしたまま、サーシャはラクトに返事した。

 「ぐお~!」

 子供の元気な声がする。

 見ると、子供2人が、甲板の上で向かい合っていた。

 片方は熊の毛皮をまとって、頭にはそれっぽい被りものを被って、ぐぉ~と吠えている。もう片方は、大人用の肩掛けと、木でつくられたダガーのおもちゃを持っていた。

 お互い、戦闘体制といった感じだ。

 「……?」
 「ミトごっこだ」

 子供達を見て首をかしげるサーシャに、ラクトは言った。

 「ミトごっこ?」
 「ああ。ミトがキャラバンになるための最終試験で、ちょうどグリズリーが密林から村にやって来たのを倒してな。子供達がそれを見て以来、真似るようになったんだ」

 ラクトが言い終わらないうちに、子供達が戦い始めていた。

 「おりゃ!おりゃりゃりゃ!」
 「かきん!かきん!」

 子供らしい声が響き、それらしい風の挙動が、なんともかわいらしい。

 と、熊の格好をした子供が、ミトに覆い被さろうとした。

 「ぐさ!」
 「ぐぉ~、やられたぁ……」

 ちょうどミトがグリズリーを倒したときのように、熊の格好をした子供は、ミトの真似をしている子供の上から崩れるようにしてドサッと倒れた。

 「おぉ!いい負けっぷりだぜ!迫真の演技だな!あはは!」
 ラクトが笑った。

 「……」

 するとサーシャが、熊の格好をした子供に近づいていった。

 そっと、その子に手を差しのべる。

 「……えっ?」
 「とっても、上手なのね、グリズリーの演技」

 ……おっ、なんだ、笑うんじゃねえか。

 サーシャの表情を見ながら、ラクトは思った。

 「お姉さまが……」
 「笑ってる……」

 ニナと召し使いは、唖然として、笑顔で手を差しのべるサーシャを見ていた。

 「あっ、ありがとう……」

 サーシャに手を引かれて起き上がった子供は、とても恥ずかしそうに、お礼を言った。

     ※     ※     ※

 長老の家の前まで、一行は来ていた。

 「ここが、昨夜お会いした長老さまのおうちですのね」
 「あっ!中庭!」

 召し使いとニナが、興味深そうに外観を眺めている。

 他の石造りの家より、ふた回り大きいくらいで、つくりは他の村の住居となんら変わりない。

 手前の中庭には花壇が設けられ、緑色豊かな、背の低い葉が栽培されていた。

 ――コン、コン。

 「長老、連れてきたぞ~!」

 扉を叩きながら、ラクトは大声で言った。

 「うむ、来たか」

 ほどなくして、長老が出てきた。

 長老に促され、家の中へ。

 「あっ、リートさん!」
 「うぃ~っす」

 居間に入ると、書簡を読んでいたリートがいて、ラクト達に挨拶した。

 「リート、ムハドを呼んで来てくれ」
 「あ~い」

 リートは書簡をテーブルに置いて、居間を出ていった。

 「えっ、ムハドさん、いるんすか!」

 ラクトが少し興奮気味に言うと、長老はうなずいた。

 「うむ。お主らは、適当に、腰かけるがよい」

 それぞれ、中央に置いてあるテーブルを囲う形で腰かけた。

 「お待たせっす~」
 「うっす」

 皆が腰かけてすぐ、リートがムハドを連れて入ってきた。

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