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第10話 それが大人の対応

 ギルドの扉を開け、勢いよくそこへ飛び込む。

 どう言い訳をして許してもらおうかと思っていたリプカであったが、残念な事に、そこにサイドの姿はなかった。

「よーう、リプカちゃん。どうしたの、そんなに慌てて?」

 代わりにその受付台に座っていたのは、ニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべた、グラディウスであった。

「グラン、サイドは?」
「怒っていたよ。とーっても」
「そ、そっかぁ……」

 リプカが慌てて帰って来た理由などお見通しだったのだろう。
 ニコニコと笑いながらそう答えてやれば、リプカは、また減給かと肩を落とした。

「まあ、そう気を落とさないでよ。おそらく減給はないからさ」
「え?」

 その希望ある言葉にリプカは顔を上げる。

 すると相変わらずニコニコとしながら、グラディウスは話を続けた。

「サイドは今、有給を取らせてローニャちゃんとデートに行っているよ。帰って来る頃には機嫌直っているんじゃないかな」
「ローニャと?」
「そう、オレの計らいでね」

 パチンと、ウィンクをしてみせるグラディウス。

 ローニャに気があるサイドは、当然彼女にデレデレだ。
 魔物討伐に出掛ける時は、彼女にカッコイイ勇姿を見せたいからと、手が空いていれば必ず一緒に連れて行くし、他の仕事の時だって、共に行動すれば何かが芽生えるかもしれないと、やっぱり一緒に出掛けている。
 もちろんその後、彼はほとんど上機嫌で帰って来る。
 例えそれが仕事であっても、近くにいるだけで幸せだと喜んでいるサイドの事だ。
 ならばそれが仕事ではなくデートであるのなら、彼はおそらく踊り狂いながら帰って来るのだろう。間違いない。

「これ以上の減給は可哀相だと思って。自分の恋心を犠牲にしてまでリーダーの機嫌を直しておいてあげたよ。アイツが帰って来てから謝れば、減給は免れるんじゃない?」
「ありがとう、グラディウス様!」

 何て素敵な人なんだろう。人に心配を掛けて平然としているカルトや、事あるごとに減給を言い渡すサイドとは大違いだ。

 粋なグラディウスの計らいに、リプカが目を潤ませながら礼を述べれば、グラディウスはクスリと小さな笑みを浮かべた。

「ところでリプカちゃん。カルトからは何か聞き出せたかい?」

 グラディウスに感謝の意を表したところで。
 彼はカルトの件へと、話を切り替える。

 するとリプカは、溜め息を吐きながら首を横に振った。

「何にも。突然泣き出して、何故か私が、街のみんなから悪者にされただけ。これはもうカルトの後を付けて、様子を窺うしか方法はないと思っている」
「後を付ける、か……。D地点まで後を付けるのは勘弁して欲しいなあ」

 それじゃあ命がいくつあっても足りないと、グラディウスは苦笑を浮かべた。

「まあ、アイツの事だ。大丈夫だろ」
「え、放っておくの?」

 グラディウスの意外な言葉に、リプカはキョトンと目を丸くする。

 するとグラディウスは、その通りだと言わんばかりに首を縦に振った。

「何があったかは知らないけど。でもアイツだってもう子供じゃないんだから、問題事は自分で解決するだろ」
「でも、魔物討伐が物足りないとかいうふざけた理由で、単身D地点に突っ込むのよ。放っておいたら死ぬわよ、カルト」
「だから大丈夫だって。自分の実力は自分が一番分かっているもんさ。死ぬ前に帰って来るだろ」
「でも……」
「リプカちゃんは心配性だなあ。まあ、リプカちゃんだけじゃないけど。ここのギルドの人って、お節介なヤツが多いよね」
「……」

 その一言に、リプカはあからさまに嫌そうな顔をする。

 そんな彼女に「別に悪口を言ったわけじゃないよ」と伝えてから、グラディウスは更に言葉を続けた。

「リプカちゃんもローニャちゃんもカルディアちゃんもサイドも、何かあると構っちゃうところがあるけど、そっとしといてやるのも手なんじゃないかな」
「……」
「カルトは今、何かの壁にぶつかってんだろ。情緒不安定なんだよ。それで無謀な行為を繰り返して、精神を保とうとしている。しばらく好きにさせてやれよ。きっとその内元に戻るさ」
「そうかなあ……」
「ああ、そうさ。アイツが何か話してくれるまで、オレ達はただ見守っていればいいよ」
「……グランって大人ね」
「そうだろ、そうだろ。リプカちゃんは少しオレを見習ったらいいよ」
「え。どういう意味?」

 グラディウスの最後の言葉が気になるが。

 それでも特に気にしない事にすると、リプカは仕方がないと言わんばかりにコクリと首を縦に振った。

「分かった。私もしばらく放っておいてみるよ」
「ああ、それがいいよ。何か言ってきたら話を聞いてやればいいさ」
「うん、そうだね」

 カルトの事は仲間としてそれなりに信頼している。
 ならば彼の行動も信頼して、しばらく見守っていればいい。

 グラディウスの意見に頷くと、リプカはそういえばと話を切り替えた。

「ねえ、グラン。そういえばカルディアは? 仕事?」

 カルトは南区D地点、サイドとローニャは街でデート、グラディウスはギルドで待機。
 そうなると残りの一人、カルディアはどこへ行ったのだろう。
 カルトを追ってギルドを飛び出した時は確かにいたハズなのだが。

「カルディアちゃんは、彼女に指名が入っていた仕事に出掛けたよ。帰りはちょっと遅くなるって言っていたなあ」
「そっかあ。じゃあ、シフォンケーキはまた今度にしようかな」

 昨日約束した、カルディアがご馳走してくれると言ったシフォンケーキ。
 彼女の帰りが遅くなるのであれば、今日店に行くのは無理だろう。また今度、日を改めなければならなさそうだ。

「え、シフォンケーキってこの前出来たケーキ屋さんの? いいなあ、それオレも一緒させてよ」
「そうだね。じゃあ今度、カルトが落ち着いてからみんなで行こうか」

 そう提案するリプカに、グラディウスは、それはいい案だと笑顔を見せた。

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