予定調和
夜。
みんなでリビングに集まった。
腕相撲大会をするためだ。
「ほい。くじを作っておいたでゴザル」
けいが上に穴が開いた段ボールの箱を差し出してくる。
くじ引きの結果、組み合わせはけいと日向、ゆずと先生、僕と桜、げんじーと天姉になった。
「まずは俺たちでゴザルな~」
「えー絶対負けたやん」
「やってみるまで分からんでゴザルよ」
二人が机に肘をついてお互いの手を握る。
天姉が審判をするみたいだ。
「二人とも力抜いてねー。よ~し。レディ~ゴー!」
天姉の合図と同時に日向が顔をしかめる。
「ん~動かん~!」
「ゴザル~」
けいは難なく腕を横に倒す。
日向の手の甲が机についた。
「勝利でゴザル」
「そりゃそうなるだろうな」
「次は私たちですね」
「そうだな」
先生とゆずが手を組んだ。
天姉がまた合図する。
「レディゴー!」
「ん!」
ゆずが力を入れるが一ミリも動かない。
先生は鹿威しが水を吐き出すように何事もなく腕を倒した。
「負けました。でも、桜澄さんと手を繋ぐのなんて子供の頃以来ですね」
「あー。子供の頃は意味もなく手を繋いで家の中をルンルン言いながら歩き回っていたな。今思えば何が楽しかったんだろうか」
「そんなこともありましたね」
ゆずが微笑んだ。
「次は私たちですねー」
「だねー」
「ハンデくれません?」
「いいよ」
「じゃあ佐々木先輩は指二本で」
「わかった」
僕は右手の人差し指と中指の二本を立てた。
その指を桜が掴む。
「レディーゴー!」
「そいやあぁ!」
天姉が合図して桜が力を入れる。
あんまり強くはない。
「全力?」
「はい! 全然動かない~!」
「そっかー」
僕が腕を倒していくと逆転が起こることもなくそのまま倒れた。
「っくぅ! ほんとに強いんですね~」
桜は手をグーパーしながら驚嘆のまなざしで僕の指を見つめる。
「桜五人分くらいの力だったら勝負になるかもね」
「小野寺先輩。私に分身の術をお授けください」
「俺はゴザル口調なだけでガチ忍者ではないでゴザル」
次はげんじーと天姉。
これはちゃんと勝負になる組み合わせだ。
腕力だけでいえば天姉はかなり強い。
どっちが勝つだろうか。
今回は桜が審判だ。
「すごい緊張感ですね。では! レディーゴー!」
桜の合図と同時に二人が力を込める。
「ふん!」
「うおぉぉ!」
二人とも全力で力を入れているようだ。
序盤は天姉が少し押していたが、げんじーも徐々に巻き返してきた。
いい勝負だ。
だがちょっとずつ天姉の方に傾いている。
そしてそのまま押されていき、天姉の手が机につくことになった。
「グアァ! 負けたぁ! 悔しいっ!」
「はぁー! 勝ったっ。危っぶね! 負けるかと思ったぞ」
「なかなか頑張ったな天姉」
「凄いでゴザルよ」
「さっすがげんじーだなー。まだ勝てんか」
「こりゃあ近いうちに負けるかもな」
ほんとにいい勝負だったと思う。
天姉の努力を感じた。
一旦煎餅を食べて休憩を挟んだ後、再開することになった。
そもそもの目的が僕とけいの力比べだったことを思い出して、組み合わせは僕とけい、先生とげんじーになった。
「よし。やるでゴザルか~」
「うん」
腕相撲は単純に力が強い方が勝つというわけではない。
ちゃんとコツがあるし構え方もあるらしい。
この前学校についてパソコンで調べてる時にたまたまネットで見かけただけだが、単純な力勝負じゃ敵わないから試してみよう。
どんなのだったか思い出しながらけいと手を組む。
天姉の合図で僕たちは少しずつ力を入れ始める。
「えーっと。どんなのだっけ」
忘れた。
何も具体的なことが思い出せない。
「何がでゴザル?」
「この前腕相撲のコツみたいなのをネットで見かけたんだけど」
「へぇー。やっぱりこういうのにもコツはあるんでゴザルね~」
「そりゃあるだろうね。アームレスリングって競技としてあるくらいだし」
「確かにそれもそうでゴザルな」
「なんか普通に話してますけど、勝負は白熱してますね」
「机ガタガタゆうとるな」
「んー。やっぱりなかなか終わらんね。腕が疲れてきた」
「そうでゴザルな」
一分くらい膠着状態が続いたが最終的に僕が負けた。
「力じゃ敵わんな」
「あんまり差はないでゴザルがな。殴り合いだったら多分引き分けるでゴザル」
「ほんじゃ次はわしらじゃの」
「ああ」
げんじーと先生が手を組んだ。
「頂上決戦だな」
「そうでゴザルなー」
「レディ、ファイ!」
開始と同時に机が軋む。
両者無言。
机の小さな悲鳴だけが聞こえる。
「……ほんっと、桜澄は自慢の弟子じゃの」
「そうか」
「弟子に超えられるのは嬉しいもんじゃが、しかし弟子に勝てる気がせんっちゅうのも複雑なもんじゃな」
その時げんじーの手が机に触れた。
先生の勝ちだ。
「やっぱ先生は強いでゴザルなー」
「んじゃ決勝だね」
決勝はけいと先生だ。
「よろしくでゴザル」
「ああ」
二人が手を組む。
「あーこれは勝てんでゴザルよ。ハンデが欲しいでゴザル」
「いいぞ」
「じゃあ人差し指でよろしくでゴザル」
「ああ」
改めて先生が人差し指を差し出し、それをけいが掴む。
「よーいドン!」
けいが渾身の力を込める。
先生側に少しだけ傾いた。
「おぉ! すごい!」
「ちょっとだけ押してる!」
ところが、それからビクともしなくなった。
「ぬうぅぅぅ!」
けいは頑張っているが、先生は涼しい顔をしてる。
少しずつけいが押され始め、ゆっくりと手が机に近づく。
「のああぁぁ!」
けいの頑張りもむなしく手が机に優しく着地した。
「はぁー。負けたでゴザル」
「でも強くなったな」
「指一本で勝っておいてよく言うでゴザルよ」
誰の期待を裏切るわけでもなく案の定先生が優勝した。
でも指一本とはいえ少しでもけいが先生を押せたのには成長を感じた。
昔やったときには先生の人差し指は両手を使ってもピクリとも動かせなかった。
僕たちもやはりちゃんと成長しているのだろう。
少し嬉しくなった。