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情報過多。



 倒したと思っていた『鬼』はまだ生きていた。それも俺の中で。

「…それもこんなタイミングで発覚するとか…ハァ…マジか」

 まったくもって『やれやれ』である。そんな俺の様子から全てを察したのか、

「え、ちょっ、なにするつもりすか義介さん?っておいちょっとっ!」「危ないってばお兄ちゃん!…でも、鬼怒守さん、どうして…っ?」

 と、咄嗟に膝立ちになった才蔵や、その才蔵をかばいつつ声を上げる才子を無視して──ヌラリ。

「どうやら…ご先祖様が言った通りだったようじゃな…」
 
 と言い放ちながら抜き放った刀の切っ先、それが向けられるのは…

「均次、残念じゃ。」

「俺かよ…ッ」

 抜いた覚悟の程を簡潔に言ったこの人こそ、鬼怒守家現当主こと、前世の縁から親しんで俺が勝手に義介さんと呼んでる人。

 その正体は結界守護者と意味不明。それでは当然食っていけず、お家柄代々伝わる武術を活かして祓い師を副業としている。

 つまり陽気に見えて結構なアングラ人種。サブ特技はハントした妖怪素材を使った刀鍛冶という闇の武芸百般…というより荒事全般。

 そんな物騒な身の上に、ご先祖が雷獣と毒巫女だった事まで追加された。それが由来だったか宿す魔力は雷属性、でも毒に関しちゃ適正なし。

 …だったはずなんだけど。こうなるともう分からんな。その内に毒属性まで覚醒させるかもって更なるチート疑惑まで浮上している。
 
 そんな…伝奇小説の中から飛び出たようなオッサンが今、雷獣の横に並び立った。

 多分、本気だ。

 協力して無垢朗太を討つつもりなんだろうが…さっきのセリフから察するに『俺もろとも』って事みたいだな。

「って!なんでこうなるっ!?」

 いや俺よ。これは自業自得って事になるらしいぞ悲しい事に。

 だって今世じゃ『鬼』は復活していない。復活する前に俺が倒したからだ。

 これはそうやって歴史を変えた影響が、モロに出た結果で…

 おそらくは、こうだ。

 前世の『鬼』こと無垢朗太は、復活した直後に何をしたか。それは、好き放題やるためには一番の障害となるこの夫婦がまだ封印されているのを良いことに、各個撃破したに違いないのだ。俺ならそうする。

 だから前世の俺はこの夫婦と出会う事がなかった。こうして彼らの実在を知らぬままあの『鬼伝説』を曲解していった。

 伝説というものは体験した人々の理解が及ばず事実を曲げられて伝わるのが普通だからな。

 『鬼』というのは超常的な力を持つ人間を指していて、その成れの果てがあの怨霊。俺はそう思ってしまった。

 いやさすがに天鬼を退治したとされる武芸者こそが『鬼』の正体である!なんてことまで分からないからっ。

 その『天鬼』の正体が目の前にいるこのヌエで、見た目こんなだけどさっきの話を聞けば結構な被害者だったみたい。

 法師の方も実在していて、例の結界を張ったのはそいつらしい。でも漁夫の利をかっさらった上に義介さんのご先祖に重荷だけ押し付けてるあたり、結構な悪だったんじゃなかろうか。

 その代わりに毒巫女なんて新キャラがここに。名前はおキヌさん。しかも雷獣ヌエの奥さんでもあるらしい。

「つか、伝説より史実の方が豪華で奇なりな件っ!」

 そして、今世で倒されずに済んだこの夫婦がどうするかと言えば…こうするよな。

 無垢太への恨み満タンかつ戦意充実、コンディション万全の状態で俺の前に揃い立ってる。それも、無垢朗太を宿した俺を殺すために。

「…っていやいや!おかしいだろそれっ」

 義介さんを含むみんなを救うためにあんな苦労して『鬼』を倒したってのに?

「その結果が、これ…?」

 まったくもって酷い展開だ。使えば使うほど予測不能がこうも連鎖するんだからまったく、

「『二周目知識チート』お前、マジヤべーな」

 『へへ、すんませんねダンナ』と不真面目に謝る擬人化『二周目知識チート』を妄想…とかしてる場合じゃなかったわ。

「ちょっ…コラ大家さん!来ちゃダメですって!!!」

「あう」

 言われてピタと止まった大家さん。俺が許さないって分かってたんだな。こっそり助太刀しようとしていたようだ。けど、

「今の俺はかなり強くなってますから。大家さんほどの手練れの気配でも掴んじゃいますから。つか、それは何気に悪手ですからね?」

 そう、悪手だ。確信をもってこう言える根拠はさっき見た夢。

 あれはおそらく、こんな状況になると予測した無垢朗太が見せたものだった…と何となく、何故か分かってる。

 つまりはあの、紫電による遠距離範囲攻撃も実際にあるって事だ。

(…違うか?無垢朗太。)

『…うむ。差し出がましいとは思ったがな。オヌシの性格上あの攻撃から生み出されるあの状況こそが最悪。それは火を見るより明らかだったゆえ…かといって直接は言えず、、だから夢に介入した次第。しかしこうして生き長らえた事がバレてしまっては…くっ、面目ないことこの上なし…っ』

 うーん。正直助かってるけど心境としては複雑だ。だって倒したと思ってた宿敵がしっかり生きてて、しかもちゃっかり俺を宿主にしてて、それをガッツリ怒ってやりたいのにこんな気の遣われ方するとか…前世今世関係なく予想だにしてなかったわ。

(というか、夢の中で俺、首が飛んだんだけど物理的に!?…て言うのはおかしいか。夢の中だったしな…じゃなくっ!大家さんまでそうしたのはどう考えてもやり過ぎだろ!なんだ!?やっぱ俺を恨んでんのか?つか憑り殺そうとしてんじゃないだろうな?)

『う、違うっ!その…それについてはすまぬかった…いまや互いに魂を分かつ身、それゆえに色々と分かり過ぎて分かってしまって…それであのような念のいった内容に…黙っておれなんだのもその影響で…とにかく、すまぬかったっ!』

(…う、そうだったの?…いや、まあ、そーゆーことなら…むしろ?有り難う…なのか?うーん、)

『む…あいや…なに…オヌシの前世で我がした諸々を思えば…その…こんな助言など何でもない事であり…その…礼には到底、及ばんよ?』

 うーむ、このやり取りもなんつーかむず痒いっ……ってゆーか、おい!

(ちょっと待て!お前『魂を分かつ』とかなんとか言わなかった!?そりゃ一体どういう──)

『あぃや待て!まずはあのおなごを止めよほれっ!またにじりよっておる!ほれ、見よや見よ!』

(ぐ、誤魔化し…だけでもなさそうだけど後でしっかり説明してもらうからなっ!)

 俺は雷獣と義介さんから目を離さずまた言い放った。

「…大家さん。」

 今度はかなりキツ目に、ハッキリと。

「こうなったらハッキリ言います。足手纏いです。だから…ホントに来ないで下さい」 

 見えてないけど。多分大家さんは『ガーンッ』て顔してんだろな。すみません…とは思うけど好きなんだよなぁあの顔も。なんともかわえくて──

『これオヌシ!集中せんかっ!』

 おっとそうだった集中せねば──

「──って、」
『──むっ、』

 俺に何らかの意図があると気付いてくれた大家さんは今度こそ引き下がってくれた。でもその代わりに──

「ぇ、ちょっ、…ぇえ?」


 駆け寄ってきたのだ。
  

「………今度は誰だよ?」


 テテちテテーって感じで。

 ──幼女が。

 おかっぱ頭で着物を着ている。

 こんな状況なのにめっちゃ真顔…いや、

 口元だけ少し笑みを浮かべてるか?

 大家さんで『不器用耐性』が鍛えられてる俺だからな。すぐに分かった。

(この子いい子)

 だってそのままポフっと俺の脛に抱き付いて…ああもう凄くちっさい。身長が俺の膝ほどもない。

(多分だけど、人間ではないよな…つか、どうしよこれ。)

 ともかくこの珍入者のおかげで場を支配していた緊張感が一気に弛緩した模様。

 俺もヌエも義介さんも。みんな、訳も分からず固まっている。

 そのまま見てると幼女は俺の脛にコシコシ顔を擦り付けてきた。

 それに満足してくりっと見上げた顔は、今度こそ満面の笑顔を咲かせており──

「ぅ、うーん…」

 多分だが。俺を殺そうとしてた義介さんやヌエのやつも。

 それをどうやって止めるか考えあぐねていた才蔵に才子も。

 その隣で静観していたキヌさんや俺の後ろで少しスネてるはずの大家さんまで、みんなこう思ったはず。


(((いい子ぉぉっ!)))


 思ってないならそれこそ鬼…とか思ってると。

『オヌシは『密呼(みつよ)』…なぜここに…?』

 と『いい()』でなく驚愕でリプライする無垢朗太を感じてしまえば。

『なん──あれは、『あの時の』幼子…ッ!そうか…アレも生きておったか…』

 と復讐の鬼となってたはずの雷獣ヌエまで動揺してるのを見てしまえば。


 もうね。こう言うしかなかった。


「いや、いい加減にしてくんない?」

 義介さんのご先祖が雷獣と毒巫女様だったり。

 しかもこのご先祖様にあの鬼伝説が改竄されたものだった事が明かされたり。

 俺に食われて死んだと思ってた『鬼』が実はまだ生きてたり。

 しかも俺の中で生きてて、俺が見たあの夢はこの『鬼』こと『無垢朗太』が見せたものだったり。

 それが出来たのは『俺と魂を分かつ』ことになったからだったり。

 それをしたのは俺の性格だとヌエが紫電による範囲攻撃を発動する際に近くに仲間がいては詰むからという思いやりであり、そんなんされたら咎めるに咎められなかったり。

 そんな遠回りで伝えたってのに結局俺に所在がバレて恥ずかしそうにしてるのが間抜けでもう怒る気も失せたり。

 そんな俺達コンビの初々しさなんてお構い無しにヌエは殺そうとしてきたり。

 義介さんまでその方針に従うつもりなのか一緒になって殺そうとしてきたり。

 そこで助太刀しようとする大家さんが正直邪魔でどいてもらったら、謎の幼女が代わりに登場してきたり。

 その幼女がどうやら無垢朗太とヌエの両方と因縁がありそうだったり。

 それでなんか変な空気になったりして──しかも。

「いつの間に木刀──?」

 武器がなくてはこのヌエには勝てない。そう思った瞬間、俺の手には木刀が握られていたり──いやいやいや…


 多すぎだから。情報が。


「流石にお腹一杯だわっ」
 

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