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深層と真相。


 猿顔の大虎──この雷獣が魔力を向けると紫電が走り、それが到達すれば轟雷が密集する。

 つまりあの紫電は避けるだけでは足らない。到達先の広範囲が対象となるからだ。

 つまりは向けられたら打ち落とす。これをしないと広範囲攻撃が発動して蹂躙される。結構な理不尽攻撃だ。

 魔力攻撃だからか実際の電気ほどは速くない。それでも猛速は猛速。それに追い付けても打ち落とす際に適正がなければ黒焦げにされてしまう。

 そして今のところ、あの紫電を打ち落とせるのは生まれながらに雷属性の魔力を操る義介さんと、全存在に有効…つまりは全属性に影響を及ぼす【双滅魔攻】を使える俺しかいない。

 つまり、この場において才蔵や才子はもちろん、大家さんまでが無力。彼らを守りながらの戦いとなる。

 そうなると降り注ぐ紫電をただただ打ち落とすだけの攻防にならざるを得ない。だがそれには当然として限度があった。

 基本魔攻である【衝撃魔攻】だった頃はただ魔力を纏うだけだったので、パッシブ扱いされていてMP消費はなかったんだが。

 【直撃魔攻】に進化して大幅に出力が上がった事でアクティブスキル化、つまりはMP消費を必要とする技になってしまった。

 しかも伝説級のスキル【双滅魔攻】へと進化してからは発動にかかるMPがさらに大増…しただけではなかったのだ。

 タイミングが良かったのか悪かったのか。このスキルへと合成進化させる時の俺は既に【虚無双】を発動し、魂を酷使していた。

 多分そのせいなのだろう。このスキルの合成元だった【心撃】等諸々のスキルが、俺の魂までも巻き込み影響し合った結果、スキル発動に魔力や心だけでなく、魂の力までも込めなければならない技になってしまっていた。

 つまりこのスキルは一発発動するだけで半端ではなく消耗してしま──ん?いつの間にそんな詳しく知ったのかって?

「──あれ?いつだっけ…というか──何でみんなここにいるんだ?つか、え ここはどこだ!?」


 つか、死んだよな?俺さっき。


 ……つか、何でまだ魔力を宿してない才蔵まで戦ってるんだ?しかも俺の前世で『血装魔工』とか呼ばれてた頃のアイツじゃないか? 

「だって『アレ』を装備してるし。」

 そんなもんどっから引っ張り出して…というかいつ造れるようになった?

 才子もそうだ。前世のジョブで戦っている。確か『アマゾネス』だったか。

 この二人には今世こそ生産職で頑張ってもらおうと思ってたのに…じゃ、ないなこれ。


「夢だろ絶対」


 なんか色々混ざり過ぎててさすがに分かったわ…つか、夢なら早く覚めてくれ!

 だってもうMPが底をつく!それは義介さんも同じで…このままだとみんなを守り切れない!

「ぐわぁああああああああっ!」

 うわっ、ほらやられた!

「 ……みん な…ッ! 」

 才蔵!才子!義介さん!…大家さんっ!

「みんなどこに──」

 ってまさか、あの集中する轟雷に全員、直撃した、のか!?

「そんな…っ、」

 白熱する光がおさまると、視界が晴れたが自分がゴロゴロと地面を転がっている事に気付いた…それがやたらと小回りで──

「…っておいおいおい…」

 どうやらこれ…俺の頭が胴体から泣き別れした…のか?

「って事らしいが…っていやいやいや…えええ~…?」

 夢の中とはいえこんな体験ムゴすぎる──ん?

 …その視界の中にまたゴロゴロと。

 別の何かが転がっ──って、おいおいおい!

 それは駄目だ!目を瞑れ今すぐ俺よッ!

「じゃなく目ぇ開けろ今すぐ現実の俺!」

 そしてこの夢を止めてくれ!

 とにかく見るな!見せないでくれ!


 それは、それは、


 大家さんの──!

  ・

  ・

  ・


「──大家さん!!」
「むぎゅぃ──」



 俺は大家さんの生首を思わず両手で挟み持ち、胸に掻き抱いて──あれ?

「えと…両手と胸?ある…な。」

 俺も大家さんと同じ生首状態だったはず──あぁそっか、

「夢から覚めたのか──って待てまてじゃぁこれは…」

 なんで、大家さんの頭が俺の胸に?

「むー!むー!むー!む…むぼ…──きゅぅ…」

 な…っ、これ、本物ぅっ!?

「あの、大家さ──ってわぁああー!気絶しとるぅぅ!」

 窒息してる!?誰がこんなムゴい事を!

「って俺かっ!大家さん気を確かに!大家さん?はわ…大家さん?はわわわわだれ、だれか、だれっ、誰かああああ!」

「ちょっ、臭…もとい均兄ぃ!?気が付いたの大丈──ってちょっと。」

「おお才子助けてくれ大家さんが──つか今臭兄ぃって言おうとした?じゃなくって!大変が大家さんなんだ違う!大家さんなんだ大変がっ!」

「うおーん!やっと起きたか!この馬鹿親友てめえこのやろ──……っておめーは。」

「才蔵もいたか!頼む親友!今こそお前が得意な無駄知識で大家さんを助け──って、おい!何ボーっとしてんだ早くしろぉっ!」

「「いや、イチャついてるだけにしか見えないんだけど?」」

「…見事なシンクロ──違う!そんなボケを兼ねた突っ込み今要らねえからっ!こ、これ、大家さん!大家さんの生…じゃなくて!とにかく大家さん、大家さんがぁあー!」


「「落・ち・着・け」」


  ・

  ・

  ・

  ・

  ・

 場所が変わって。

 俺は今鬼怒守邸の居間にいる。ここには全員が勢揃いしており、黒檀のちゃぶ台をぐるりと囲んで──そして沈黙している。

 …超居心地悪い。

(一体何が始まるんだ?)

 そんな中、まずはと声を上げてくれたのは才子だった。

「も…もー。香澄さん?起き抜けに床ドンされてたらさすがの均兄ぃでも驚くし、ステータス持ちを慌てさせたら危ないって私、言ったよね?」

 というか才子よ。さっき臭兄ぃって言おうとしてたよな?なってないからな聞き捨てなら。そしてやめて?流行らそうとかしないで?

 それはともかく……そうか。俺は床ドンとやらをされていて……道理であんな至近距離に大家さんの顔が──って俺よ。

 なんてもったいないことしてんだ色々堪能するチャンスだったのに!

(まあそんなチャンス、活かせないのが俺なんだけども…ん?)

「むぅ、だって、、」

 おやおやスネ大家さんだ。久々に見た。

(レアかわええ…)

「ま、まぁまぁ妹よ。リア充ってのはだいたいが自制が効かないアニモーだから。少なくとも俺の知る限りは…な。」

(なにが「は…な。」だ才蔵め)

 達観してる感じ出して下から目線をさも上からであるように見せるそのテクニックは痛々しいからやめとけって前に言わなかったか?

「アニモー…そのくくりは不服」

 む…いかん。

 けも耳&尻尾&衣装キット付きDX大家さんの完成予想図を想像してしまった。

「(よし。また後でじっくり想像しよう)…じゃ、、なくてっ」


「「「え?」」」

 いや、え?でもなくて。

「こんな緊迫した空気なのにみんなすげー平常運転してくれるのは安心出来て良いんだが……なんで俺、正座させられてんの?」

「「「あ、あー、それは──……」」」

 とみんなが視線を向けた先を見ると、 


『見るんじゃにゃい…穢らわしい』


 とか精一杯の蔑みを利かせながら、

(腹を見せんな腹を。それって服従のポーズなんじゃないのか獣的に?つか何なのこいつ…と、この女性?)

 白装束を着た黒髪純和風美乙女にその腹を『()()り♥️』と撫でられ、フスフスと鼻息を乱しながら悶えるモン◯ッチ?の頭に猫の身体をくっ付けたような…とにかく珍妙な生き物がいるんだが…誰?

 ちなみに、美乙女とモンチ猫の両方が霊体なのか、その姿は半透明で向こう側がうっすら見えている。

 そしてその横にはいつになく神妙な顔をした義介さんがいて…しかも家の中だと言うのに帯刀してて…なんか剣呑。

(いや悔しいけど似合うなシリアス顔)

 まぁ見た目は精悍そのものだしな、スケベだけど。

 黙ってれば肉体はアメリカンマッチョで服装は和風ダンディなイケジジだからな、スケベだけど。

 ともかく状況が全く飲み込めない。ここは義介さんに聞くしかなさそうだ。

「あの義介さん?そちらの方々は…」

「うーむ、ワシの…ご先祖様?」

「あーなるほど……って、はぁ?」

「いやだから。ワシのご先祖。」

「あ、ああ、へー、そうなんですか…って、なると思う!?いやだってこんな……ええええ?」

「まぁそんな反応になろうな。ワシだってビックリじゃもの…」

 という語り口から聞かされたのは、こんな内容だった。


 鬼怒恵村に隠されし鬼伝説──無法なる天鬼を武芸者と法師の夫婦が封印するも、その命を犠牲とした…という伝説。

 それが史実であるという伝承──その証拠に鬼怒守一族はその夫婦の子孫であり、代々魔力を生まれ持つ。その力をもって三つの祠を守護すべし…という伝承。

 なんと、あれら伝説と伝承は、第三者に改竄されたものだったらしいのだ。

 さらになんと、

 夫婦であったのは目の前で戯れる霊獣『ヌエ』と、毒の巫女『キヌ』だったと言うのだから…

(…なんじゃぁそら)

 雷気を操るという、霊獣としても珍しい特性が祟り、天鬼と異名を付けられるほど理不尽な畏れを向けられていたヌエ。

 村を汚染する妖気を一身に引き受ける浄め巫女として崇め畏れられ、孤独に生きる事を余儀なくされていたキヌ。
 
(それが、このモンチ猫と純和風美乙女…か)

 別々の地に生まれた彼らが親しく交わるようになったのは、遂に討伐隊を差し向けられ、深傷を負ったヌエがこの村へ逃げ落ちてきたところを、キヌが助けてからだった。

 やがて一人と一匹の孤独な魂は惹かれ合う。それが愛と知るまでそう時間はかからなかったらしい。

(かからなかったんだ)

 しかも、この世にも奇妙な夫婦の存在は地を浄化してくれる上に雷を降らせて豊穣までももたらすとして、村人達に『いいんでない?』とすんなり…というかちゃっかり受け入れられたのである。

(軽いぞ村人。いや別にいんだけども)

 しかしその幸せも長くは続かなかった。ヌエの生存を聞き付けたお上が討伐依頼を出したのだ。

 それも、最古最大最強の由緒を誇る異能集団に。こうして送り込まれたのが『無垢朗太(むくろうた)』という名の武芸者だった。

 彼は『剣鬼』と呼ばれるほどに腕が立ったが、それ以上に呪われた力を生まれ持つとして名を馳せていた。

 その力とは敵の力や心を超常的に弱らすもので、彼はその呪能と実積から骸の雨を降らせる者…『骸雨太(むくろうた)』とも呼ばれていたらしい。

(その成れの果てがアイツ…『鬼』だったのか…やっぱり生前から使えてたんだな無属性…)

 その力の前では毒も雷も無効化される。
 これではどちらが『鬼』か分からない。

 それでも逃げなかった。夫婦揃って徹底的に抵抗した。

 何故ならその時はもう既に子をなしていたからだ。自分達を討った後はその血脈も絶やさんとするはず。愛する我が子を死なせてなるかと死力を尽くし──こうして、夫婦と無垢朗太は相討ちとなったのである。

 が、しかし。 

 呪われた力は死なず。宿主である無垢朗太が死してなおその猛威を振るわんとした。

(…普通じゃないとは思ってたけどそれって…生きてるって事か?エネルギーなのに?)

 そこで異能集団から監視として密かに送り込まれていた法師が姿を現す。

 ヌエとキヌと無垢朗太…三者の霊魂を利用した結界を張り呪われた力を封印、三つの祠はそれを維持する装置とされた。

 ──これが、鬼伝説の真相らしいが…。

 哀れにも義介さんのご先祖様はまだ幼く、その法師によって間違った記憶を植え付けられ…その挙げ句に封印の守護者とかいう、何の収入にもならない役割まで押し付けられたんだとか。

(んー、そのご先祖様が不憫過ぎる)

 だって話の流れ的に実の父を『両親を殺した仇』と思ったろうし、その両親を実際に殺した侍を『勇敢な父親』と勘違いしたんだろうし。

 しかもその誤解が解けたのが数百年も経った今で、子孫の義介さんにしたら『え?俺ってモンチ猫の子孫だったん!?』ってな感じに──

「なんじゃ均次?視線がうるさい」

 ──うん、なってるな絶対。

「いえ、なんでもないです。……つか、ヌエさんでしたっけ?」

 と聞きながら、俺は腰を浮かせた。


『……にゃんじゃ、』


 相変わらずの剣呑なる返事を聞き流し、次は身体各部に込める力を適度に分配、いつでも動ける態勢を整え、

「なんなんですかさっきからその殺気…いくらなんでも失礼──」

 と、言い終える前ッ!! 正座から足を伸ばすまでの何段階もの動作を省く!

 畳を焦がす勢いで横っ飛び!そのまま障子戸を突き破る!

 そして白玉石を敷き詰めた庭へ!踊り、出たッ!

 さっきまで俺が座っていた場所を見てみれば──モンチ猫の体躯から不相応に伸びた尻尾に打ち据えられており…。

 その衝撃で跳ね曲がったのだろう畳の両端が…パタン。事切れるように折れを正すところだった。

「おいこら猿猫…なんのつもりだ」

『にゃはは…なかなか勘の良い…』

 白々しく笑いながら起き上がるモンチ猫から、太い妖気が立ち上る。ポテポテ歩みよる愛らしい足取りに異様な圧を感じた。

 実際に一歩また一歩と踏み出す度、それぞれの脚が肥大化してゆき、その脚の付け根にあたる肩や腰も連動して肥大化、それに合わせ間抜けで愛らしかったモンチ顔もゴキゴキ骨格を鳴らし始め、やがて猛猿のそれへ変貌──障子があった境をくぐる頃には、凶猛な猿顔に大虎の体躯が合わさった()()、不条理生物としての正体を(あらわ)にして──

「やっぱ、お前だったのか…」

 そう、こいつは()()()()()()()あの雷獣。

「一体、なんの恨みがあって──」

 死んだことを思い出した緊張か、喉の奥が乾いて剥がせば音がしそうなほど張り付いていた。そんな状態からやっと捻り出せたこの質問に、

(にゃんじ)に恨みにゃどにゃい…用があるのはその中身(にゃかみ)よ』

 なんて返されて「はっ」とする俺なのである。

「おいおいもしかして…」

 即座にステータスを確認、いや、【大解析】を自身に発動した。こうしたのは己という存在の隅々まで覗き見るため──それでやっと、気付く事が出来た。

 …おそらくこれは、【虚無双】を発動した影響だな。俺の魂?であろうものがひび割れているのを感じた。

 しかもそれは、『何か』で埋め合わされていて──それも、自分ではない『誰か』の手によって。

 それが『誰か』って言えば──


「おい。話が違うじゃねぇか」


 この声を掛けた相手は、この場にいる誰でもない。問い質したいのは、今も『俺の中』にいるだろう『アイツ』だ。

「…しらばっくれてないで答えろ。無垢朗太──」という正式な名指しに観念したのか。 


『むぅぅ…その、すまぬ…これはその…やむにやまれぬ事情があって…』


 と、俺の頭の中へ直接言い訳を響かせてきたのは…そう、あの『鬼』だ。


 図々しくもまだ生きてやがった。


 しかも、俺の中で。

しおり