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戸惑いと誤算と誤解。三者交錯。


 種族内限定ではあるが最強へと上り詰めた一匹の餓鬼、阿修羅丸はその短い生で大いに『戸惑った』。

 左腕を斬り飛ばして絶体絶命にまで追い込んできた者を、いつの間にか憧れの対象としていた事にまず戸惑った。

 次にその感情を受け入れた自分が更に強くなった時には、戸惑うより歓んだ。

 その結果、憧れだった者を遥かに凌ぐ強者となれた暁にはまた、歓べるはずが…全くそうでない事にまた、戸惑っている。

 彼はここにきて、自分がどうしたいのかまったく分からなくなってしまった。

 他とは一風変わった自我に目覚め、最強という漠然ながら明確なビジョンを思い描き、今の自分がそれに至る階段を着実に登っている実感もある。

 なのに何故こうも戸惑ってしまうのか。

 阿修羅丸には分からなかったが、それは無理もない事だった。何せモンスター、それも生まれたばかりだったのだから。

 いやモンスターであったからこそ。
 生まれて間もないからこそ。
 辿れた発達過程だったかもしれない。

 これは確かに、誰かに憧れ、それを糧として強くなるという、モンスターにあるまじき過程であり、感謝という概念も知らないまま感謝していたという、稀有なる過程。

 でも、だからこそ理解出来ることもあった。

 ──この者は自分と同じ。

 きっと、ずっと、抗ってきたのだ。どんな経緯を経てかは知らないが、この者はいつかの何処かで全力で抗うと決めた。そうに違いない。同族達を蹂躙しているようでその実際は自分と同じ──

 ──いや自分と同じ者に憧れなどしない。


 …この者は、挑んでいたのだ。
 常に。
 たったの一匹で。


 それに憧れたのか。


 確かにこの者は、降り掛かる困難など端から相手にしていなかった。

 どこまでも満足せず、その困難の度合いをわざわざ押し上げて挑んでいた。

 そんな者だからこそ、今も挑んでいられる。強くなりすぎたこの自分に。

 挑めば必ず死ぬと分かる相手に。

 絶望に身体を震わせ、気を失いそうにまでなってそれでも、諦める事をしない。

 どこまで挑むつもりだ。なんという男…改めて憧れる──憧れるが…


 やはり、戸惑ってしまう。


 人に仇なすモンスターとして産み落とされた宿業。

 餓鬼という種族の生まれに必ずつきまとう飢餓感。

 それらを忘れさせた、ひたすら強くなりたがる渇望。

 そして、知らぬ内に芽生えたこの…どうしようもなく無視出来なくなった他者への想い。

 その全てが、今になってぐちゃぐちゃに混ざってしまった。

 あれほどの一心不乱が純度を失い、粘度と硬度を併せ持つ得たいの知れない縛となって自分を動けなくしてしまった。

 強くなりすぎて動けなくなるとは何の皮肉だろう…ともかく。

 そうなってしまった今浮き彫りになったのは──自分は…どんな結末を望むのか、という事だった。

 ここで真っ先に浮かぶのは、今更になってこの男を殺したくないという想い。

 戦士として見ればこんなのは気の迷いでしかない。我ながら情けない。

 そんな情けない自分に怒ったのか、目の前の男は殴りかかってきた。

 しかも魔力も纏わずの素手で。結局その拳は届かなかったが想いは届いた。それも痛いほど。

 何故戦わない?この男はそう訴えている。挑戦させてくれと。

 …それだけは届いたが、やはり訳が分からない。

 だって、戦えば自分が勝ってしまう。それはこの者の死も意味する。

 なのに戦えと言う。かといって死にたい訳じゃないのは目を見れば分かる。

 そしてまた、戸惑ってしまう。
 動けなくなる。

 でもこれは、しょうがないことだったかもしれない。
 自分が何をしたいのかも分からぬ未熟者に、この偉大な者がしたい事など、分かるはずないかもしれない。
 だからこうして戸惑って、動けなくなる事も、当然の事だったのかもしれない。

 …こうして、世界はきっと分からない事だらけで出来ている。それでも生きなければならないのだからままならない──そうやって何重にも戸惑う自分に、遂に呆れてしまったのか。

 その者は、背を向けた。
 そして遠ざかろうとしとしている。

 一体何処に向かうのか…それは分からないが…いや、何となく分かった。これは多分、自分のような情けない者がいない何処かへ向かおうとしている。つまり自分は見切りを付けられた…?──……──ドクン、


『 嫌だ! 』


 焦った。
 どうすれば引き留められる?

 とりあえずこの男に(なら)い、その無礼を怒ろうとした…が、出来なかった。
 魔力を使わずに全力で男を突き飛ばしはしたが、自分は…何故か悲しんでしまっている。

 そう、哀しかった。 

 目に滲んだ水は何だろうか。分からない。分かるのは、この男を殺したくない自分と、この男に見捨てらたくない自分と、怒るより哀しんだ自分。それだけだ。

  でも、それで十分だった。
   やっと思い至った。
    想い至ってしまった。
     そして気付けば、

 身体は勝手に動いていた。

 阿修羅丸…彼にも分かったのだ。戦闘を使命に生み落とされ、その使命も忘れて自ら戦闘に全てを懸けて生きた本能をもって。

 今更結末を気にしたところで意味なんてないのだと。

 この期に及んで良い結末などありえないのだと。

 でも、このまま去られるより、ずっと良い結末なら選べるとも。

 それを選べば、全部は無理でも一つぐらいは報われると。

 それは、この男を目指し強くなろうとしたかつての自分。

 それを選べば、全部は無理でも一つは、遂げられる。

 それは、強くなった自分を見てもらいたいという想い。

 それを選べば、それを選べば、それを選べば、この者を殺して…しまう。

 …いや、こんな自分でも、応える事なら出来る。恐ろしくも素晴らしい、この者の挑戦に。

 こうして阿修羅丸は捨てた。
 戸惑いを。憧れはそのままに。

 それが全力で殺し合う事なのだと知りながら──阿修羅丸──その名は、隻腕という特徴以上、どこまでも切ないこの修羅には皮肉過ぎる名前であった。

  ・

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  ・

 そんな、いくつかの誤解を含みながらも平均次と共鳴し、戦闘へ再没入する阿修羅丸を見つめながら。

 この事態が幾つ目の『誤算』なのか…もはや分からなくなっている存在がいた。

 その者は肉体を持たない。

 思念体であり、身を隠し様子を伺っていた。

 ステータスの種族欄では『荒魂』と記される存在にして、このダンジョンの半身でもある存在、そして、平均次が『最も警戒する存在で──



 彼こそが──『鬼』。

 

 自身を縛り付ける封陣を忌々しく思いながら、数百年もの時を過ごしてきたこの『鬼』に転機が訪れたのは、つい昨日の事だった。

 アレが現れたのだ。

 力の殆んどを削がれ、屈辱なことに生ある者から聖域と誤解されるに至ったこの場所に。

 アレというのは…空間生命体?とでも呼べばいいのか、『なんとも奇妙な生き物(だんじょん?)』であった。それがこの地に何の前触れもなく侵攻してきた。

 己を封じていた陣が瓦解したのはその『だんじょん?』のおかげ。

 永く封印され消滅寸前だったこの『鬼』にとって『だんじょん?』とやらは飛んで火に入るナンとやら。瞬く間に封陣もろとも取り込まれたが、そのすぐ後に憑き返してやった。

 こうして内側から侵食し、この『だんじょん?』の『ますたー?』とやらになれたはいいが…一つ目の誤算が発生した。

 晴れて復活…とはならなかったのだ。

 この陣域を飲み込み同化したこの『だんじょん?』とやらは、空間を軸として生きる性質上、その空間を基点に浸食する事は出来ても、自由に動ける存在ではない。

 つまり受肉したはいいが、『鬼』が生前のように自由に動き回れるようにはならなかった。

 つまりのつまり、怨霊としての力は取り戻せたしダンジョンマスターとして新たな力をも得たが結局、特定の空間に縛られる状態は変わらなかったのだ。

 強大な力を手にして解放されたと錯覚したものだから、この『鬼』にとその落胆は言葉では表せない程だった。

 それでもなんとか、思考を巡らした。

 ──どうすればいい?

 それは勿論、この『だんじょん?』に見切りを付け、適当な人間に憑り付き直して再復活するしかないだろう。

 だがそれをするには、この『だんじょん?』にわざわざ侵入しようとする変わり者を待たねばならない。

 だがこの『鬼』は待つという行為に飽き飽きしていた。


 だから、誘き寄せる事にした。


 そう、『だんじょん?』とやらの権能を試し、自身に似た存在(?)であろう『餓鬼』を生み出すに成功したこの『鬼』は、大量のそれらを野に放った。

 それは『今度こそ自身の器となれる人間を誘き寄せるため』。

 それも、大量に放った餓鬼を退け、その発生元であるここにたどり着けるほどの強者を。

 そして、その強者たりえる者には宛があった。鬼怒守義介とかいう、よくここへ参拝にきていた男だ。

『きゃつならここにたどり着くまでそう時はかからぬはず…』

 と、なけなしの忍耐を利かせて待ってみれば…まただった。

 またもの誤算発生だ。

 なんとやってきたのは、その鬼怒守義介とは違う男だったのだ。

 しかしこの誤算は良い誤算だった。間違って侵入してきたその男が、どう見ても逸材であったから。

『おお…ッ、コヤツなら器として申し分なし…ッ』

 肉体があったならヨダレを垂らしたことだろう。それほどの逸材。肉体と妖力(魔力)、両方の素質が人の限界を越えている。初めて見た時は人かどうか疑ったくらいだ。

 そんな者に受肉すれば?どれ程強くなれるか想像もつかない。想像すれば肉体と共に失くしたはずのイチモツが、グンといきり立つのを感じた。

 しかしそんな愉悦を孕んだ誤算は、すぐさま悪い誤算へと変わってしまった。

 何故ならその男の素質が、度を越えていたのだ。

 ここに来るまで多くの餓鬼を相手にせねばならなかったはずなのに。

 その上で出口なき空間に問答無用で放り込んでやったというのに。

 その中で無限に思える程の餓鬼共をぶつけてやったというのに。

 そこまですればどんな人間も必ず弱るはずなのに。

 この男は、心までもが人を越えて強いのか。

 その実態は『二周目知識チート』があったおかげなのだが、この『鬼』にそんな裏事情など知る術はなく。

 『鬼』からすれば、男は鬼が幾重にも張った策略を生ぬるいとばかり全て跳ね除けてゆく。

 それどころか餓鬼共にわざわざ進化を促し、それを屠る遊びまで見せつける始末。


『忌々しや!なんという胆力かッ!』

 
 これでは踏み台にされる事はあっても、憑り付くなんて出来やしない。

 この『だんじょん?』に憑り付けたのだって、強力な封陣を壊して取り込む苛烈な過程で衰弱し切っていたからだ。

 それに比べて、この男は全く衰弱しない。(※しつこいようだが『二周目知識チート』のおかげ)

 肉体に少々の疲れはあるようだが、肝心の心が弱らない。あれでは憑り付けない…どころの話ではもはや、なくなってしまった。

 そう、またもの、誤算だ。

 もしこのまま、この『だんじょん?』を攻略されたらどうなるか?

 今度こそ剥き出しの『こあ』を晒す事になる。

 そしてそれを壊されたら?消滅まではしないし、この地に自分を縛るものもなくなるだけだが、受肉なしでは力をまた失ってしまう事になる。

 今回のような機会がいつ訪れるか──


『つぎ……次…だと?今度はどれ程待てば良いっ!!?』


 と、焦ったのも束の間。この恐るべき男に立ちはだかる者が現れた。

 これもまた思いがけぬ展開で…つまりは、誤算再び。

 それは、一匹の餓鬼。それも、自分が創造した者とは思えないほど極まった餓鬼。

 しかも、よく分からない問答の後に戦ったその餓鬼は、あの恐るべき男に打ち勝ってしまった。

 男を見れば満身創痍となっており──

『ほひょ…これは、良し』

 これ程の深傷を負ったのだ。しかも出口なき『だんじょん?』に閉じ込められた状態で。

『く、くく、今度こそ…』

 いかな剛の者でも、諦めるしかない状況だ。

『その心根も…くく、良い塩梅に、けけ、死んだかえ?』

 こうして、この『鬼』は満を持してと厭らしき手を差し伸べたのである。


『力が、欲しいか』


 これは当然として詭弁。良く言って聞いただけ。何せ力が欲しいのはコチラの方なのだから。それでも思惑通りにすがってきたら?

 その瞬間、この『だんじょん?』の自滅を開始する。『ますたー?』である自分にはその権限がある。

 あの極まった餓鬼までも自滅に巻き込まれてしまうのは惜しいが、しょうがない。このままこの男を殺されてはたまらない。

『あの餓鬼めが隻腕でなかったなら憑り付いてもやっても良かったが…』

 ともかく。自滅開始と同時に、この男を転移させ、自滅が完了する前に憑り付けば…そこまで算段が立って、再びの愉悦に浸かったのも束の間。

 ──またもの誤算。


 それは──



  ・

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  ・

「…な…んで、いつから…っ、一体、いつ、から──」

 『二周目知識チート』を使ってもまさかのまさかな展開だった。

 進化した餓鬼を集めて『グルメモンスター』の効果で恐慌させ、共食いへと追い込み、それをさらに『モンスタートレイントレーニング』で活性化した。

 その結果、運良くジェネラル級の進化体である餓鬼大将を生み出す事に成功、そいつと戦って得た負荷でスキルを育成…つまりお目当てのスキルをようやく進化させる算段がついたと思えば…。

 その餓鬼大将が格下の餓鬼に殺されてしまった。しかも一撃で。さらに悪い事に、餓鬼大将という格上をそれも隻腕というハンデを背負った状態で瞬殺した事が原因なのか、その下克上餓鬼はネームド化してしまった。

 そう、ネームドだ…。

 それは、モンスターでありながら、群れるより孤高の強者となるを選んだ存在。

 今の俺では絶対に勝てない相手。

 それでもと何とか攻略法を見つけ出し、それが上手いこと嵌まって、しかもスキル育成にも繋がり、多くのスキルがしかも大幅に強化され、何とか勝ちの目も見えてきた所で…実際に、その格上ネームドの阿修羅丸最大の武器である右手破壊を成功させる所まで漕ぎ着けたところで、


 俺は負けた。


 でも、負けて当然だった。

 俺は、根底の部分で勘違いしていた。

 身勝手な『誤解』で闇雲に戦った。

 だからこうなって当然…



 …俺は、本当にバカだった。

 

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