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『彼』の名は。


 
 ──『彼』は。

 他の個体となんら代わり映えのない、ただの餓鬼として生まれた。ダンジョンで大量生産されるモンスターの一体に過ぎなかった。

 生まれてからはただただ飢えに苛まれ、

 次々と同胞が生まれる様をただ見つめ、

 『食っていいものか』と夢想するも、

 『食ってはダメだ』と上位存在に戒められ、

 しょうがなく、ただ、待機するだけ。

 そんな環境で『自分は何のために生まれた?』という疑問さえも禁じられ、彼は訳も分からず立ち尽くす事しか出来ないでいた。

 ただ少し違ったのは。

 四つの部屋のうち、平均次という無謀者が召喚される最初の部屋に配置された事。

 そしてその男が召喚される際、すぐ近くにはいなかった事。

 彼はただそれだけの個体だった。

 そんな彼が突然召喚された男を見た瞬間に弾けさせたのは、歓喜。

 『そいつは食っていい。』という上位存在からのお達しに、『やっとか!』と、同胞達を押し退けかぶり付こうとした、その瞬間後に刻まれたのは、恐怖だった。

 左脇の下から掬い上げるようにして打たれ、生まれて初めて体感する速度で、生まれたばかりでも『自分ではこんなにも飛べない』と分かる距離まで飛ばされた。

 不時着した後に驚愕したのは、左腕がなくなっていたからだ。

 そして自分が食らった攻撃は単なる打撃ではなく、斬撃であった事を不思議にも思った。

 次に湧いたのは喪失ではなく焦燥。自分を打って斬った相手が、グルグルと不思議な動きで通った跡に、自分と同じような姿にされた同胞達が残され、それらを他の同胞達が食い散らかす現場を目撃した。

 それと同時、自分が無事でいるのはただの偶然で、同胞達の視界におさまらないほど遠くに飛ばされたからだと理解して──

 この時だった。

 その個体の脳に、同胞であるはずの餓鬼達か敵として刷り込まれたのは。

 そして次の瞬間には、同胞を後ろから襲い、殺していた。それは、

『殺されるぐらいなら殺してやる。』

 という自棄からの行動だったが、その自棄は歓喜に変わる。

 力が漲ったからだ。
 信じられないほどに。

 餓鬼という種族特性により、彼のレベルアップも当然として早かった。

 そしてそれは『同胞を殺せば強くなれる』という微妙な誤解が、さらにと刷り込まれた瞬間でもあった。

 それとは別に『特別な力』も感じられた。でもそれがスキルと呼ばれるものである事までは分からなかった。それでも確かな実感はあった。

 これは一見すれば地味だが、モンスターとしては珍しい現象だった。

 何故なら通常、モンスターが生まれてすぐは生来の凶暴性の赴くまま、スキルの恩恵など気付かぬままに力を振るうものだからだ。

 しかし彼は幸か不幸か左腕を失くしており、そのおかげか『特別な力(スキル)』が右腕に宿り、強化されてゆくのを感じ取る事が出来てしまった。

 それが、どれ程のアドバンテージとなるかも気付かぬまま、彼は嬉しんだ。そして誇らしく思った。何のために生まれたのか。それは強さを求むるため。そう思えたからだ。

 生きる目的を知るというのは、強烈なモチベーションを生む。それは人もモンスターも変わらない。

 こうして、この餓鬼は心の底から望んだのだった。もっと、もっと強くなりたいと。いずれ最強にと、漠然とだったが心に描いて、灼いて、刻んで、生来の飢餓感を遥かに上回る衝動に身を任せ、多くの同胞達を殺していった。

 そう、殺した。夢中になって。
 餓鬼でありながら食らいもせずに。

 食らわなかったのは、その死骸を同胞を釣る餌として利用したからだ。

 生きる目的を知った彼は手段を選ぶようになっていた。そうして他より確かな知恵を身につけていった。

 一体釣っては一体殺す。

 殺した後は食らわず、

 また釣るための餌としまた次を殺す。

 するとどうだ。

 どんどんどんどん、強くなる。

 『特別な力(スキル)』も増えていく。しかも増えたそれらは、使えば使うほど強くなるようだ。

 それを知った彼は殺す事を楽しむ中で、『特別な力(スキル)』が望む動きを試行錯誤し、正しく育む事にも夢中になった。


 彼がこうして、他の餓鬼よりレベルアップしながらも負荷を損なわず、多くのスキルを習得し、成長させる事が出来たのは何故だったか。


 それは、隻腕というハンデに加えて餓鬼ならば必ず持つ『生来の飢餓感』という負荷に、知らずのうちに耐え続けていたからだ。

 それは、夢中だったから。好きこそ物の上手なれとは良く言ったもの。

 強化に夢中になる事で、戦闘による消耗で膨れ上がった飢餓感に気付かずにいられた。

 それは膨らみ続ける『飢餓感』という負荷が、強化されるたび発生する負荷軽減を打ち消し続けるという現象。

 しかしそんな無敵モードが、長く続く訳がない。

 そう、彼もモンスター。

 遂に、進化を迎えた。迎えてしまった。

 進化という強烈な強化が折角の負荷を打ち消してしまった。

 すると途端に、殺しても殺しても『特別な力(スキル)』は育たなくなってしまった。

 その事に落胆し、次に想い浮かんだのは、自分の左腕を奪ったあの強者。

 そう、強者だ。強くなる事に狂ってしまった彼にとって平均次はもはや、怨敵ではなくなっていた。

 敵ではあるが、憧れの存在。教えを請うてやぶさかでない相手。かといって直接は頼めない。敵は、やはりの敵だから。

 だから追いかけた。
 追いかけながら、見た。
 とことん見た。
 見て盗もうとした。

 そして徐々に理解していった。

 平均次という異様な存在を。

 その異様なる動きを。

 しかしその過程は楽しくも思いのほか苦しいものとなった。

 『生来の飢餓感』に加え、『同胞への殺意』と、『レベルアップへの渇望』まで抑え込む必要があり、

 自身より遥か格上の強者であり、故に遥かに速く動く平均次を見失わないよう追う事は困難を極め、

 その動きをどう自分のものにするか、全力疾走の中で足りない頭で考えなければならず、

 それだけでも大変であるのに隻腕である自分を弱者と見て襲い来る同胞達にも対処せねばならないのだから、これは相当な荒行。

 それはそうだ。ただの特訓ではない。人であってもそうはやり遂げられない特殊な訓練。それをモンスターが自発的にやるというのがバカな話なのだから。

 だからこそ、それは飛びっきりの負荷となり、新鮮に、鮮烈に、深い場所まで灼き付いた。

 こうして、遥か高みにある強者の難解なる動きを、ぎこちなくも真似しては狂った同胞を返り討つ行程は、難航していたはずの彼のスキル育成を再び躍進させたのである。

 そんな充実の時も終わりを告げる。学ぶだけから卒業し、学んだ事を実戦で試す時が、遂にきたのだ。

 それをするに相応しい場として彼が選んだのは…そう、平均次が作り上げたあの地獄。


 『進化餓鬼共による殺し合いの坩堝』
 

 そこは今までとは違っていた。釣って密かに殺したり、襲いくる少数を返り討ちにするという、細々とした戦闘とはまるで勝手が違う場所だったのだ。

 彼は戦場というものを初めて知った。そこが自分には向かない場所である事も。

 何故なら全てが強敵なだけでなく、全てが全てを敵とするバトル・ロワイアル形式であったからだ。

 これぞ乱戦の極み。多くの敵を相手にする事はもちろん、どの敵を優先して倒すべきかも分からず、どこから攻撃が飛んでくるかも分からない、そんな混沌。

 攻略法としては『手当たり次第に倒す』が正解なのだろうが、それをするには手数が必要であり、隻腕である彼はその手数をこそ圧倒的不足としていた。

 だが、いや、だからこそ、良かった。

 それはむしろ、新たな負荷となって彼の成長には助けとなったし、彼にとって隻腕の不利は常としてあるものだったから。

 そう、隻腕という不利に抗ったからこそ、自分は強くなれた。

 どうしようもない飢餓に抗ったからこそ強くなれた。

 全てが敵だった。多勢に無勢であったからこそ、強くなれた。

 彼は、餓鬼でありながらその事を良く理解していた。

 そして、

 当然のように開眼した。

 この密かに育った凶悪因子はここで一つの極みを知った。

 手数が足らないならその手数のまま。一撃のもとに倒せばいいだけ。

 その一撃をさらに極めれば纏めて倒す事だって可能なはず。
 

 それは、『一撃必殺』


 それを手にして可能となるは、ジャイアントキリング。

 嗚呼、なんということだろう。

 最低値の『運』魔力と、『強敵』という文字通り強敵を引き寄せる称号。この二つを併せ持つ平均次という男に憑いて廻るは特大の凶運。

 その凶運が人知れず特大の幸運へと姿を変え注がれたのが、元は何の変哲もない餓鬼だったとは。

その餓鬼の試練の場所を提供し、開眼させる切っ掛けを与えたのが、他でもない平均次、彼自身であったとは。

 かくして──







 パッカーっ… …ン…!


「ええええ?」


 そう、餓鬼大将の頭を割ったのは『彼』だった。


「うおお、ガキ大将おおーーーーー!」


 この瞬間、数段も格上の存在、ジェネラル級である餓鬼大将を一撃のもとに討ち取ったこの餓鬼は、大量のレベルアップを果たし、その結果、遂に。



 システムに認められた。
 唯一無二の存在として。



 その証として授かったのは称号ではなく、固有の銘。



 その名も、何の皮肉か、




   ──阿修羅丸。

 

 








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 第三層はここまでとなります。

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