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気になること、嬉しいこと


「こんなとこで何してんだよ? ……びっくりした、偶然だな」
 
杉浦は落ち着いた様子で、本当に純粋に偶然の遭遇を喜ぶように言ってくれているような口調で言って笑う。
対する俺は、落ち着けなかった。
 
こんなところで、なんて、どの口が言うんだ。
さっきまでお前は、一人じゃなかっただろう。
どうしてそんな、帰りに偶然会ったみたいに声をかけられるんだ。
 
というか、それだけじゃない。
目の前にいる杉浦は、制服姿だ。
さっき見た時は、ジャージを着ていたはず。
 
 ……もう澄野先生とは分かれたんだろうか?
それに、平然と嘘をつけるのは一体何でなんだ?

憶測をめぐらせていると、黙り込んでしまう。
不思議そうに俺を見てくる杉浦の様子に気付いて、俺はハッとして口を開く。 
 
「ああ、偶然……何だよ、お前こそ、一人でこんなとこ来るのか?」

俺の口ぶりは自然と、探りを入れるようになってしまった。
そうだ、ここは腐っても愛し合う二人が集まる場所、よほどのことがなければ来ない。
これで杉浦が少しでも言葉に迷うようならば、それは、つまりは隠したいことがあると解釈してかまわないだろう。
俺の拙い作戦は、杉浦のあっさりとした笑顔と、何でもないような口ぶりですぐに撃沈した。
 
「ああ、妹から買い物頼まれたんで、あそこに」
 
何食わぬ顔で杉浦が指で指した方を見てみると、なんと俺が見ていた風景には似つかわしくない、おしゃれな雑貨屋があった。
ふと気づいて辺りに視界を巡らせてみれば、俺がそうだとばかり思いこんでいただけで、ラブホ街からはとうに抜け出していたのである。
思い返してみれば、俺は二人を見失ってから、周りの景色には気を留めずに歩き回っていた。
人探しに夢中になっていたせいで、いつのまにか、杉浦の尻尾を掴むにはそぐわない場所まで来ていたらしい。
 あっけにとられて声さえ出せない心地だったが、それで黙ってしまったらなんだか怪しい気もする。
 
「へ、へえ……なるほどね」
 
なんて言って誤魔化すしかなかった。
幸いにも杉浦は、特に不信感を抱いた様子もない。
もしかしたら、あれは杉浦ではなかったのだろうか。
黒髪の別の誰かと見間違えたのかもしれない。
そうだとしたら、目の前にいる本人に申し訳ないことこの上ないが。
もしそうでないなら、俺に声をかける前に早着替えでもしたとか、何か理由があるに違いない。
確認したいが、いきなり、さっき澄野先生とラブホ街に居なかった? なんて聞けるわけもない。
何か話題を振って、話をさりげなく持って行ってみようか。
そう思考を巡らせたところで、俺がベラベラと喋るよりも、控えめに杉浦が口を開くのが先だった。
 
「夜船は何で? 誰かにプレゼントとか?」
 
俺はその問いに、本来の自分の目的を思い出す。
 
「ああ、いや……琴美、彼女と今度ここ来ようかなって、下見にな」
 
「なるほど、流石だな。俺、妹に頼まれたとはいえ、1人でここ歩くのちょっと恥ずかしくてさ……」
 
そう言った杉浦の眉は気恥しげに下がっている。
確かに、1人と言い切った。
やっぱり、あれは見間違いなんだろうか。
もしくは、妹に頼まれたのは本当で、1人なのが恥ずかしいから澄野先生に付き添いを……いや、それも変だな。
もしかしたら、本当に杉浦は関係なくて、澄野先生が隣に杉浦によく似た少年を歩かせているだけ?
いや、それは意味不明すぎるしな。
色んなことが気になって、会話に集中できなかった。
 
「夜船? さっきからぼんやりしてるけど、大丈夫か?」
 
そのせいだろう、杉浦は俺を半ば心配そうに見ていた。
 
「ああいや、大丈夫……! いっぱい歩いたしちょっと疲れたのかな〜的な? よく分かんないもん見ちゃったし……」

自分の目で見たものが間違いだったとは納得できないが、やっぱり、杉浦が先生の秘密の関係を持っているなんて言う方が信じられない。
俺と違って性格がいいやつなんだから。
自分でもどう誤魔化したものか分からずに、杉浦も、少し戸惑っているようだった。

「はあ……じゃあさ、せっかくだし、一緒に帰らないか? 俺、誰か隣に居て欲しいし……心配だし、駅まで付き添わせてくれよ」

やがて、杉浦は直ぐに頼もしい笑みを浮かべてそう言った。
この何も気にしていないような申し出は、動揺を誤魔化せずに居る俺にとって、助け船になった。
が、それはそれとして、俺は誘いを受けて、今度はまた別の意味で声が出なくなった。
 
 __いいのか? ただばったり出会っただけだけど、一緒に帰っても。
 
自分で、杉浦に好印象を抱いているんだろうなと自覚はあったが、こんなに彼からの誘いが嬉しいとはさすがに想像もしなかった。
俺はどちらかといえば寂しがり屋で、誰かと一緒に居られるならば居たいと思う方だ。
男にしては女々しい気がして周りには言えないのだが、杉浦柊という奴は、どうしてか俺の欲しい言葉をくれるのだ。
杉浦を好奇心と疑いの眼鏡をかけて見ていたやましく人間らしい感情はすっかり捨てて、俺はなるだけいつもの笑顔を意識して頷く。  
 
「心配させる程じゃないけど……いいぜ。話しながら、ぶらぶら帰ろうぜ」
 
安心したように笑う杉浦に促されるまま、俺は道の分からないこの通りを杉浦に着いて歩くことにした。
帰り道、もしも杉浦に澄野先生とのことを聞けそうなら、それとなく聞けばいいだろう。
彼女と上手くいかず傷心の俺をさりげなく癒してくれる良きクラスメイトに、未だ汚い好奇心を抱いている自分の醜さは、そっと胸の奥に隠して歩き出した。

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