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見たことあるような


 部活中の学校は校内より校外に人が集まるため、教室には人がほとんど居なかった。
琴美のクラスにも、もちろん。
ほとんど、というか、生徒会の腕章を腕につけた生徒が一人、壁にポスターを貼っているだけだった。
実際俺も、授業が終わってから教室に来ることはあまりない。
来る理由なんて言うと、忘れ物をしたか、生徒会の仕事中であろう彼のように何か特別な用事があるか、それくらいなものだ。
どうやら生徒会役員らしいその生徒の姿を見て、ふとどうでもいい記憶が過った。
 
――あいつ、見たことある気がする。
 
一年の時、同じクラスだったような。
ポスターが大きめで、一人だと苦戦している様子が伺える。
人手不足なんだか知らないけど、一人でやんなきゃいいのに。
そういう困ってそうなのを一度視界に入れてしまうと気になってしまう俺みたいな奴もいるのだからと、吐き出すわけでもない気持ちがぼんやり浮かんだ。
 
――ああ、名前覚えてない。
 
ただただ真面目で地味な奴だった、可も不可もなかった。
一年の頃のあのクラスは、なんだか皆仲が良くて、学年が上がる間際にクラス旅行をしたので、クラスメイトの顔だけをよく覚えているのだ。
彼もそうだ。
誰だか分かるのに名前だけ本当思い出せない。
まあそんなことはどうてもいいのだけれど。
 
俺は名前不明の彼から視線を外した。
今は琴美の鞄を持ってさっさと帰るべきだ。
記憶を頼りに琴美の机までたどり着くと、キーホルダーが沢山ついた女子らしい鞄がかけてあった。
よく見ると、前のデートで二人で取ったウサギのぬいぐるみ飾りもついていて、密かに安堵を覚えた。
別に、俺のことがめちゃくちゃ嫌になったから疎遠になった、とかいうわけじゃなさそうだ。
もちろんデートの思い出がその証明にはなるわけではないし、自分でも甘っちょろい気はするが、それでも捨てられているより遥かに良かったのだ。
嫌われている以外に理由があるとして、二股でもないだろうから構わないと思う。
また話せる時にゆっくり話そう。
 
 少しすっきりした俺は、自分の鞄と琴美の鞄を持って、出る前にちらりとあの名前の分からない彼の方を見てみた。
やっぱり苦戦しているようだ。

助けるべき、だろうか。
急にほぼ面識のない奴から声を掛けられたら、気持ち悪いだろうか。
ポスターを眺めながら困ったようにしているのを見ていると、なんとなく放ってはおけないのが正直な気持ちだった。

なんて迷っていると、気弱に困り果てていた彼が、ふとこちらに視線を向けた。
視線を送りすぎたんだろうか、苦笑いで誤魔化すような顔をしている。
見られちゃって気まずいな、なんて反応だった。
目線もばちりとあってしまったわけで、無反応を貫くわけにもいかず、こちらも愛想笑いを返す。
これは、手伝うと申し出ていい流れかもしれない。
声をかけようか、もう。
そう決めて口を開こうとしたとき、俺の声が出るより一拍早く、彼の口が動いた。
 
「あの、さ……」
 
控えめに呟きながら、彼は持っていたポスターを掲げて俺に見せた。
 
「時間、ある?」
 
完全に先を越されてしまったが、結果はオーライだ。
時間を聞いてきたということは、それなりに時間がかかる作業ということだろう。
幸いなことに、俺はバイトも部活もない暇な高校生なのだ。
俺は笑うと、彼に向き直った。
 
「あるぜ。よかったら手伝おうか、それ」
 
一度鞄を机に置いて、彼が持つポスターを顎で指して聞かせた。
彼は、一瞬意外そうに目を丸くしてから、こちらも安心するほど嬉しそうに笑ってくれた。
 
「ありがとう、困ってたんだ」
 
声を聞いたらよく情報が思い出せてきた。
こいつは、一年の時の学級委員長だ。
まさに仕事人という感じで、よく、クラスの雑用だかリーダーだか分からなくなるくらいいろんなことをしていた奴。
なるほど、生徒会に入っていたのか。
 
「俺、今日暇だからさ。生徒会の仕事か?」
 
彼が今どうしているのか、なんていうのは知ったことではなかったが、生徒会の腕章というものは改めて人がつけているのを見るとかっこよかった。
問いかけに対して彼は、一度不思議そうな顔をして、自身の腕章を見ると合点がいったようにうなずく。
 
「そうなんだよ。助かった、いい奴に見つけてもらえて」
 
ふうん、なるほど。
どうして同じ生徒会の誰かに頼まないのか聞こうとして、彼が持つ紙を見て理由が判明したのでやめた。
ポスターにはでかでかと、『生徒会役員募集!』と書いてあるのだ。
今から募集をかけるくらいなのに、そりゃあ人手が足りるまい。
彼が、偶然会った俺にこんなにも笑顔になる理由はそれで事足りるだろう。
そして俺も、琴美に雑用を託されたばかりなせいか、素直に頼りにされるのは嬉しかった。
 
「いい奴かどうかは知らないけど。なにしたらいい?」
 
彼の元まで歩み寄ると、彼はポスターともう一つ、文字の並んだ手のひらサイズの小さな白い紙を持って、俺に見せながら説明を始める。
 
「各教室にこのポスターを貼った後、ポスターの端にこの紙を何枚か貼っつけとく作業なんだ。でかいから、端っこ押さえとくとか、その都度補助してほしい」
 
「……部活入るときに提出するやつじゃん」
 
白い紙を見るとそこには、名前と学年を記入する欄があった。
詳しく読んでみると、毎週木曜日は空いているか、朝早くに登校できるかなど、まあ部活と遜色ないような入会条件が書いてあった。
顧問はどうやらみんなが苦手な鬼島先生らしい、多分人はちょっと間集まらないだろうな。
 
「ま、了解。順番に行こうか」
 
どのみち俺も入らないからさほど関係ない。
そんな薄情にも思える内心を隠し、笑顔を彼に見せながら言った。
ああ、と一言頷いた彼を手伝って、一つ一つ教室を回っていくことにした。

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