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第二十九話 第三皇子

 皇都からの脱出に成功した。
 皇帝は、第一皇子と第二皇子の対立を利用して、王国にある神殿を攻め落とそうとしている。

 僕が調べた限りでは、神殿を攻め落とすのは兄さんたちでは不可能だ。もちろん、僕にも不可能だ。もっと言えば、帝国の勢力が協力して、全方位から同時に攻め込まない限りは攻め落とすのは無理だろう。

 皇帝は・・・。父は、焦っているのかもしれない。
 それに、兄さんたちは乗せられてしまった。

 妹は、上手くやったようだ。
 兄さんたちは、妹を追い出したつもりでいるが、僕から見たら、妹は上手く逃げ出して、神殿に逃げ込んだと見るべきだろう。送られてくる報告も、どこか怪しい。誘導されているようにしか思えない。

 戦端が開かれたように思えるが、父さんに届けられる報告は、都合よく書かれているとしか思えない。
 神殿の力は、王国に新しく現れた神殿の主の力は、兄さんたち協力する貴族家だけで戦えるような力ではないと思う。

 僕の派閥は、妹を支える者たちよりも小さい。妹と僕の派閥を合わせて、第一皇子の派閥の半分程度だろう。その第一皇子の派閥も、第二皇子の7割程度の派閥だ。

 第一皇子は、神殿の攻略で力を示したいようだ。
 第二皇子は、協力の姿勢を見せながらも、第一皇子に取って代わることを考えている。

 そんな、簡単にできるはずがない。皇帝が何を考えて許可を出したのか解らない。そもそも、正確な判断ができる状態なのか、僕には解らない。数年は皇帝に会っていない。宰相が、皇帝の言葉を代弁している。皇后も、それに従っている。皇后は、僕と妹の母親ではない。僕と妹は、母親は同じだ。所謂、妾腹だ。ただ、もう母親は殺されてしまっている。アラニスの一族を貶めるために母親の命が使われた。
 今の皇后は、本当に愚かだ。
 砂上の楼閣で、血で満たされたワイングラスを傾けるのだろう。

「どうしますか?」

 僕の従者を務めている男だ。確か、王国に隣接する場所に領地を持つ子爵家の三男だ。
 領地は、長男が継ぐ。長男は、第二皇子派閥に属している。長男と仲が悪く、家の方針にも従いたくなくて、僕の所に身を寄せている。

「うーん。君は、領地に戻ってもいいよ?」

「殿下!私は、殿下に着いて行きます。数は少ないのですが・・・。私と気持ちを同じくしている者も居ます。どうか、殿下と・・・」

 困ってしまう。
 僕は、王国に・・・。言い方が悪いけど、帝国を売ろうとしている。

 殺されたくないけど、後で知られて殺されるのは嫌だな。

「・・・。うーん」

「殿下!どうか、我ら、50名は、殿下と共に・・・。何処までも・・・」

 なんで僕に従おうとしているのかよくわからない。
 僕は、この者たちに何もしていない。たまに訓練をしている時に、声を掛けるくらいだ。うーん。心当たりが全くない。

 50名か?
 馬を調達してきている?
 馬車も?

 凄いね。

「いいけど、僕は、帝国を裏切るよ?」

「かまいません!私たちは、殿下に従うのみです」

「え?僕?なんで?」

 疑問に思っていた事が声に出てしまった。

 皆の表情が緩むのが解った。
 え?なんで?

「殿下。殿下にお仕えするのが、我らの望みです」

 うーん。
 もう聞いちゃった方がいいよね?

 これから、一緒に居る時間が増えるのなら、疑問は解消しておいた方がいい。

「僕?ねぇ、君たちは、なんで僕に従うの?本当に疑問だけど?皆の顔と名前は解るけど、僕との設定は少ないよね?いや、殆どないよね?」

 皆の表情が変わる。
 やっぱり・・・。失敗かな?まぁ僕は、一人でも・・・。少しだけ、悲しいな。

「殿下」

「なに?」

「第一皇子と第二皇子。それに、第一皇女と第二皇女は、私たちのような、下々の名前も顔を覚えません」

「え?そんなことは・・・」

「いえ、覚えていません。皇子と皇女・・・。今は、公爵夫人ですが、覚えているのは、貴族の当主と跡継ぎを除けば、自分たちにすり寄ってくる者たちだけです。私たちは、奴隷と同じで数を把握しておけばよいと考えていると思います」

 既に、兄や姉たちの事を話すときに敬称を付けていない。
 敬う必要がないのか?

 僕も、敬う気持ちがないから丁度良いのかもしれない。

 皆が口々に僕の事を褒めるから、途中で手を上げて、一緒に行くことにした。
 これ以上、褒められると、恥ずかしくなってしまう。

 確かに、微かに記憶にあるが、よく覚えていない。
 助けた気持ちはない。兄や姉の態度が気に入らなくて、その時に、罰を受けていた者を匿っただけだ。妹も同じような事をしている。

 妹は、僕よりも、従者や侍女を助けていた。

 そうか・・・。

「殿下?」

「あっ。ごめん。そうだね。食料も大丈夫そうだし、エルフの里に向かおう」

「え?よろしいのですか?」

「ん?なにが?」

「エルフの里には、公爵夫人たちが攻めているはずです」

「あぁ大丈夫。大丈夫。神殿が、助けていると思うよ。それに、エルフたちが、森に引き籠ったら、属国になっている公爵領の兵士では戦いにならないと思うよ?」

 皆の顔が固まる。
 そんなに不思議な想像か?

「神殿には、アーティファクトがあるのだろう?僕は、一度だけ見たけど、あれはダメだ。弓も効かない。兵士が使うような武器では傷がつく程度だ。それが、馬の数倍の早さで突っ込んでくるのだよ?馬車が突っ込んでくるだけでも人は簡単に死ぬよね?馬車よりも大きく主そうな鉄で出来たアーティファクトだよ。あれはダメだよ。小回りができないから、一台なら逃げられるとは思うけど、戦争になったら、神殿も一台だけで対応するとは思えないよね?それこそ、王国中を走っているアーティファクトが何台あると思う?無理。無理。戦いになると思っているとしたら、愚か者だね」

 一気にまくし立てたが、数名は、前回の紛争に駆り出されて、アーティファクトを実際に見ていて、僕の話を補填してくれた。

 皆が納得した所で、エルフの里に向けて出発する。

 そうだ。
 どちらの兄か忘れたけど、ユーラットには秘宝があり、それが手に入れば、王国を支配できるとか言っていたけど・・・。

 まぁ僕には関係ない事だな。
 ユーラットは王国の領土だけど、神殿に従属しているのは、話を聞くだけでも解ってしまう。

 神殿の主の人柄から、ユーラットを見捨てる事はないだろう。
 それどころか、エルフの里も見捨てないだろう。

 オリビアは、しっかりと神殿に喰い込んでいるかな?

 オリビアが神殿に喰い込んでいたら、僕の立場も安泰だけど・・・。難しいかな?神殿の主が、お人好しだとしても、この短期間では難しいだろうな。帝国の情報を流しているだろうけど、オリビアが持っている情報では信頼を得るには足りないと思う。僕が、オリビアの情報を補完して、僕とオリビアの安全と引き換えに出来れば、最良だけど・・・。
 その為には、公爵夫人たちはさっさと負けて逃げ出している状況が望ましい。そのうえで、兄たちが頑張って、神殿との戦争が膠着状態になっているのが、僕としてはベストなシナリオだけど・・・。難しいかな?

 エルフの里に急げば、公爵夫人たちの戦いに巻き込まれる。ゆっくり移動すれば、エルフの里の戦いは終結している可能性があるけど、大本の神殿対帝国の戦いも終わってしまっている可能性がある。神殿が逆侵攻するとは思えないから、そうなったら、神殿に保護してもらうために別の策を考える必要が出て来る。面倒だけど、命には変えられない。時間が許す限り、考えることができる。

 50人の部下は、流れで出来てしまったけど、戦争を行う集団としては小さいが、安全に移動するための人数だと思えば、丁度いいかもしれない。
 あと、神殿が負けるとは思わないけど、助力を行うのにも丁度いい人数だと思える。

 いろいろ考えるけど、僕と50名の安全を確保する為に、僕と50人をできるだけ高く神殿に売りつけないと・・・。

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