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 その背中を見送りながらシュラインが言う。

「レモン、この度はご苦労だったな。怪我は大丈夫かい?」

「私の怪我など、それこそ怪我のうちには入りません」

「もう実家に戻りたくなったのでは?」

「いいえ、シェリー妃殿下のおそばを離れたくないです」

「そうか。では引き続き頼めるか?」

「光栄に存じます」

「ありがとう」

 お茶を淹れ変えて貰うといって、レモンも部屋を出た。
 残されたシュラインとブルーノが目を合わせて溜息を吐いた。

「考えたくは無いが、アルバートが亡くなった場合も想定しておくべきだよな」

「そうですね」

「オピュウムと引き換えに王妃が人質に取られたっていうのはどう?」

「不自然じゃないですか? そもそも王妃殿下ご自身が人質って警備はどうなってるんだって話でしょう?」

「では実家に帰省しようとした道中とか?」

「なるほど。それならヌベール辺境伯が出張ってきた理由付けにも使えますね……」

「それとも、姪であるミスティ侯爵夫人の見舞いとか?」

「ああ、その方が自然かも。そして父親である辺境伯も来ていたってことですよね?」

「うん。なんか俺って作家になれそうかも」

 ブルーノがフッと笑った。

「頑張ってください」

 シュラインが他人事のように言ったブルーノを睨みつけた。

「分かっているだろうが、帰れると思うなよ」

 ブルーノが肩を竦めて見せた。
 三人の治療は続き、シュラインとブルーノは日付が変わるまでシナリオを練り続けた。
 結局ミスティ侯爵夫人のところにお見舞いに行く途中に襲われたことにして、アルバートがローズに会いに行って発覚したということにするのが大前提。
 王妃と王太子を人質にした犯人たちは、オピュウムの引き渡しを要求し、それを突っぱねた国王が、自ら近衛騎士を引き連れて妻と息子の救出に向かう。
 そして近衛騎士隊長である王弟が負傷し、母を庇った皇太子が重傷を負う。
 それを見た国王が剣を握り……

「なあ、そもそも王族が全員参加で敵を迎え撃つって変じゃないか?」

「そうですよね。まるで冒険小説並みにリアリティがない」

「はぁぁぁぁぁ……」

「誰も本当のことだなんて思いませんよ。活字に残せば良いだけです」

「それもそうか」

「グリーナの王妃はどうします?」

「あれはキースが何とかするさ。知らぬ存ぜぬで通そう」

「わかりました」

 二人はもう何杯目かの冷めた紅茶を口に運ぶ。

「なんだか腹が減ったな」

「もう菓子も食い飽きましたよね」

「塩っぽい物が欲しいな」

「あ~、僕はガッツリ肉が欲しいです」

「干し肉とレタスとトマトのサンドイッチとか良いなぁ」

「良いですねぇ」

 二人がそんなくだらない話をしていた時、ノックの音に続いてオースティンが入室した。

「夜食はいかがですか?」

 二人は満面の笑みで迎え入れる。

「さすがだ。気が利くな」

「お褒め戴き光栄です。でも夜も遅いので軽めのものにしました」

 ブルーノが少し口を尖らせた。
 不思議そうな顔をしながらオースティンが続ける。

「お疲れでしょうからホットチョコレートとラズベリーと生クリームのサンドイッチです」

 シュラインが目を伏せながら言う。

「惜しい……実に惜しい……オースティン、お前は今、侍従から側近になる道を自らの手で閉ざしたんだ……残念だ」

「えっ?」

「いや、何でもない。ありがたく頂戴するよ」

 シュラインが手を伸ばす。
 ブルーノも苦笑いをしながらホットチョコレートのカップを持ち上げた。
 
「失礼します」

 今度はレモンが入ってきた。

「皇太子妃殿下より差し入れでございます」

 三人が顔を上げた。
 皿に盛られていたのはローストビーフサンドイッチだ。

「さすがだ……こうでなくてはいけない」

「本当に我が姉ながら完璧ですね」

 レモンがニヤッと笑い、オースティンが小首を傾げた。

「オースティン、お前もいただきなさい。レモンも座ってくれ」

 シュラインとブルーノは、オースティンが持ってきた皿を二人の前に置き、何の躊躇もなくレモンが持ってきた皿を引き寄せる。

「これは兄さんが?」

 レモンの問いにオースティンが答えた。

「いや、これは宰相閣下夫人からの指示だよ」

 その言葉にシュラインが肩をビクつかせ、静かにローストビーフサンドを皿に戻した。

「オースティン、その皿を私の前に」

「はい」

 シュラインはひとつ大きな息を吸い込んでから、甘酸っぱいサンドイッチを頬張った。

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