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 兄のシュラインと並走しながら馬を操っていたアレックスは、ふと気になっていたことを聞いた。

「シェリーは無事なのだろうね?」

「多分ね」

「それって無責任じゃない? ちゃんと城で匿っているのだろう?」

「いや、彼女は叔父上と一緒にミスティ侯爵邸に乗り込んだよ」

「なんだと?」

「言うことなんて聞きゃしない。お転婆なお姫さんだ。叔父上もいるしエドワード殿もいる。そしてイーサンもいるしね。レモンも戦闘メイドも全部揃っているんだ。むしろ城より安全かもしれないね」

「しかしあそこには母上が……」

「うん、お前を産んだ人がいる。そしてッグルックもいる。役者が全部揃っている」

「嫌な予感がする……」

 そう言って馬の速度を少し早めたアルバートにシュラインが言う。

「お前さぁ。真面目な話、イーサンの元に返すの? シェリーちゃん」

「その予定だった。勿論シェリーがそう望むなら……そうしてやりたいとは思う」

「でも嫌なんだろう?」

「…………」

「一度きりの人生だ。ましてや僕たちの立場や境遇は、他の人達より遥かに辛いことの方が多い。でも国民の生活を守るためには歯を食いしばるしかない」

「わかってるよ」

「いや、わかってない。そんな毎日だ。せめて眠るときくらい好きな人を抱きしめて眠りたいじゃない? それくらいのご褒美が無いとやってられん。たぶん仕事のレベルも下がる」

「ご褒美か……でも僕にとってはぼ褒美でも、シェリーにとっては違うんじゃない?」

「それはお前の想像だろう? 無駄だ。本人に聞けよ。そしてその答えを疑うな」

「答えを疑う?」

「結局さぁ、人って弱いんだよ。きっとそうだろうっていう考えから逃れられないんだ。意識をしないとね。腹をくくれ。シェリーちゃんを信じろ」

「シェリーを信じる……それは勿論だ。この世の中で彼女以上信じている人などいない。もちろん兄上も含めてね」

「ははは! それは重畳だ。さあ、急ごう。今頃グルックの首が胴体から離れているかもしれないな」

「母上はどうするだろうか……」

「どうするのだろうね……」

 それから二人は黙ったまま馬を駆った。
 後ろにはシュラインが引き連れてきた近衛騎士隊が続いている。
 近衛騎士のマントに厳重に包まれた王の遺体は、馬に載せられて王城へ向かっていた。

 そして再びミスティ侯爵邸ローズの寝室には、ゴールディ国王妃と皇太子妃がいた。
 王妃の覚悟を聞いたシェリーが聞いた。

「王妃殿下は……ヌベール辺境領へグルック様とご一緒なさるのですか?」

「そうね、最悪の場合そうなるわね。もしそうなれば、途中の崖から馬車ごと転落っていう方法になるかしら? でもそれって確実じゃないのよね……それに、私が方法を選ばざるを得ないということは、サミュエルもあなたも死んでいるってことよ?」

「私もですか」

「そうよ。だから来てほしくなかったのに。できればあなたには戻ってきたアレックスと共に国を立て直してほしかったの」

「それはもちろんです。無事にここから戻って皇太子殿下と共に尽力いたします」

「あの男のことは良いの? 痛みは抑えているから体力は温存できているけれど、失血量が多すぎると難しいわ」

 シェリーはギュッと手を握って次の言葉を待った。

「もしあの男のことをまだ愛しているなら……一緒に逃げなさい。私が逃がしてあげるわ」

 シェリーが弾かれた様に顔を上げた。
 その顔を見た王妃が少しだけ驚いた後、笑い声を漏らした。

「良いの? もう本当に過去にできたの?」

 シェリーはしっかりと頷いた。

「大好きでした。あの人と結婚するのだと信じて疑ったこともありませんでした。それが突然引き裂かれて……でも、私も貴族令嬢の端くれです。国のために為すべきことを為す……そう思って来ました。でも今は違います」

 王妃が興味深そうに続きを促した。

「今は……国とかそういうのは別にして、アレックス殿下のことをお慕いしています。我が夫は人としても為政者としてもとても頑張っておられます。私はその一助となりたい。そう思っています」

「それは……愛?」

「はい。愛しています」

「いつから?」

「いつでしょう……はっきりとはわかりませんが、いつの間にか?」

「そう、いつの間にかアレックスに恋をしていたって言うことかしら。羨ましいわ。私は最後まで夫に愛を感じなかったもの」

 シェリーは黙っていた。

「愛って始まりも終わりも唐突よね。心の準備もさせてもらえない」

「そうですね」

「彼は違うかもしれないわよ? 男ってホントに未練がましいもの」

 シェリーはいつも恐ろしいと感じていた義母の砕けた口調に、心が温かくなるような気がした。
 きっとこの人も大きくて重たい鎧を身に着けて生きてきたのだろうと思った。

「義母様にとっての最良のシナリオは何ですか?」

「そうねぇ……故郷に戻って静かに暮らしたいわね。もちろんグルック抜きで」

「ああ~ そうですよね」

「そして恋をしてみたいわね。初恋さえしたことが無いのだもの」

「恋ですか」

「ええ、恋」

「恋……」

 シェリーが何かを言いかけたとき、ドアが大きな音を立てて開かれた。
 立っていたのはグルックだ。
 この時、王妃とシェリーは最良のシナリオが遠のく予感に心がざわついた。

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