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01 犬耳娘とナバルの町

【犬耳娘とナバルの町】

 夏の眩しい太陽と白い雲、そして見渡す限り一面に向日葵の花が咲き広がっている。
 ここはどこの次元の狭間かパラレルワールドか、私ことダイサクは3年前に異世界に飛ばされて、今は気ままな一人旅を楽しんでいる。
 旅の目的と言っても今は特に何もない。ただ雲が流れるように漫遊し、この新しい世界をその日暮らしで見物しているだけだ。

 幸いなことに、私には前世の日本での知識と幾つかのチートな力が備わっていた。
 そして、『先生』との3年間の厳しい修業を経て、異世界で生き残るための力と技の使い方を身につけ、今は修行僧として冒険者組合ギルドに所属しながら、気ままな一人旅を続けている。

 天気が良くて頬に吹きあたる風が気持ちいい。こんな日は、風に揺られる葉っぱの音でも聞きながら、ゆっくりと昼寝でもするに限る。
 ということで、私は街道傍の木陰で昼寝することにした。

 ……、寝入って、どのくらいの時間がたったのだろうか?
「あっ、あの~、こんなところで寝ていると、魔獣に襲われて、食べられちゃいますよ!」
「……、あっあ~、こっ、こんにちは」
 私が薄目を開けると、年の頃10歳位、蜂蜜色の垂れ耳、可愛い犬人族の女の子が、琥珀色の大きな瞳をうんと近づけて、覗き込むようにして私に声を掛けていた。
「そうですね、魔獣に襲われるかもしれませんね。ご忠告ありがとうございます」
『冒険者が魔獣に襲われるなんて、本末転倒だな』

「ところで、この辺りに町はありませんか?」
「あの丘を越えた向こうに『ナバルの町』がありますよ。私たちはナバルの村から、この向日葵畑のお世話に来ていて、ちょうど草刈りの作業が終って、今からナバルの町へ帰るところです。良かったら、私たちの荷馬車で一緒に町まで行きませんか?」
「宜しいのですか、ぜひお願いします」と私は二つ返事で答えた。
『旅は道連れ、世は情け、ここは素直にご厚意に甘えましょう』

「ご紹介が遅れましたが、私の名は『ダイサク』といいます。冒険者を生業に世界を旅する修行僧です」
「私の名前はフィーアです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
彼女は丁寧に返事をした。

 小一時間ほど荷馬車に揺られていると、ナバルの町が見えてきた。
 ナバルの町はそれほど大きくはないようだが、町の周りには褐色の煉瓦を高く積んだ堅固な防壁が築かれていた。恐らく、町の近くにも魔獣が現れるのだろう。

 フィーアの話では、この付近には『グレイボア』という大きな猪の魔獣も出るらしい。
 グレイボアは夜行性で、夜な夜な食べ物を探して地面を掘り返すとのことで、ナバルの町の周囲が穴凹だらけな理由は、グレイボアが300キロ以上の巨体と、1メートル程もある2本の大きな牙で、ひっきりなしに穴を掘って掘りまくっているからに違いない。 

 それから、この世界には『ダンジョン』と呼ばれている迷宮があり、ここに存在する『魔素』によって『魔物』が生まれている。また、迷宮ダンジョンの外では、魔素の影響を受けて野生の獣が『魔獣』へと変化している。
 その一方で、魔素は魔力の源でもあり、異世界の人々は魔素を用いて魔法を行使する。

 近頃、魔物と魔獣が段々と増加していて、冒険者ギルドへの依頼も鰻上りで増えている。そういう訳で、私は何処の冒険者ギルドへ行っても仕事に困らない。
 加えて、私は優秀な時間効率重視のタイパな冒険者なので、その日暮らしの生活でも全く不自由はない。

 但し、冒険者には常に危険がつきまとう。安全第一で命は大切にしなければならない。
 異世界と言っても、死んでしまうと二度と生き返れないようだし、何処どこぞのロールプレイングゲームと違って、教会の書物にも人が生き返ったという記録はないようだ。
『不死鳥の尾(フェニックステイル)』という、生き返りの品物アイテムが存在すると伝えられているが、眉唾の伝説と言われて久しい。

 私はナバルの町に着いてからフィーアたちにお礼を言って別れると、町の中央にある『冒険者ギルド』に向った。
『そう、先ずは情報集めだ!』
 情報収集は有能な冒険者の行うべき事前作業で、これをしないとPDCAサイクルは回らない。計画(Plan)を立て、実施(Do)、評価(Check)し、改善(Action)する。これが日本での昭和の会社員の基本だ!
 今となっては、私は既に24時間戦えるサラリーマンではないけれど、未だに大切なことに違いないと考え、常にそれを実践するよう努めている。

 冒険者ギルドに入ると受付に受付嬢が座っていた。
 彼女の名前はアイリ、黒紅色の黒髪に菖蒲色の紫の瞳、ショートカットボブがとても似合っている、大人しそうな人族の女性だった。

 私はアイリから3つの新しい情報をもらった。
 先ず、ナバルの近くに『常闇の迷宮』と呼ばれているダンジョンがあること。
 次に、高価買取の魔獣は『ライトニングラビット』という兎の魔獣で、その金色の毛皮と琥珀の角は高値で取引されているということ。ちなみに、ライトニングラビットは電光石火の如く逃げ回る上、警戒心が非常に強く罠にはほとんど掛からないため、捕獲は大変難しいらしい。
 最後に、宿泊するなら冒険者ギルドの御用達の宿、安くて、旨くて、清潔での三拍子が揃った『星の砂』が一番とのことだった。

 私は情報をひと通り仕入れた後で、依頼黒板クエストボードを一通り確認してから、今日の宿代と食事代を得るため、ライトニングラビットを捕獲することにした。

 私が自身に課したノルマは、ライトニングラビットを3羽捕獲することと、獲物の毛皮と角には全く傷をつけないという2つである。
 これは商品を高値で買い取ってもらうための必須の条件だ。
『取らぬ狸の皮算用。チャリ、チャリ、チャリィィィ~ン』頭の中で聖なる金の音が鳴り響く。

 獲物の捕獲ためには、先ず大きな竹籠を用意する。
 次に、棒に長い紐を結びつけ、竹籠の片方をその棒で浮かせて罠を作り、人参を竹籠の奥の方に置いて兎が餌に食いつくまで息を殺してじっと待つ。
 それから千載一遇のチャンスでその紐をさっと引くと……。
『バッタンキュキュキュー、う~ん、駄目駄目だぁ~』

 こんな方法では恐らく御目目の赤い白兎でさえ捕まらないだろう。
 では、如何にして雷角兎ライトニングラビットを捕まえるのか? それには、私がラプラスの悪魔から借り受けている反則チートの力、すなわち『林檎引力アップルパワー』を使うのだ!

 私は魔法とは違うチートな力を持っている。こちらに来た時には分からなかったが、ある時、私は気づいてしまった。
 彼のニュートンは、林檎が木から落ちるのを見て『万有引力』を発見した。
 一方、凡庸な私は、もの欲しげに指を咥えて眺めていた林檎の果実が、林檎の木から自分の手元に、びゅんと猛スピードで飛んで来るのを見て林檎引力(アップルパワー)を発見した。

 私はこの林檎引力(アップルパワー)の力を『暗黒能力(ダークエネルギー)』や『暗黒物質(ダークマター)』のようなものだと考えている。
 この未知の力を簡単に説明すると、天の川銀河は太陽系をその重力で引っ張っている。機関車のように太陽系を引っ張りながら、天の川銀河の形を保っているのだ。
 しかし、天の川銀河の星々とブラックホールの重力を全て集めても、太陽系を引っ張って行くには絶対的な力が不足している。
 そこで存在は見えないけれども確かに存在する何か、すなわち、ダークエネルギーやダークマターといった概念が生まれた。
 しかしながら、こちらの世界でダークなんちゃらとか言ってしまうと、印象が非常に悪く変に目立ってしまう。そこで、私はこの力を勝手にアップルパワーと名付けることにしたのだ。

 林檎を何処どこにでも自由に引っ張れる力、この『林檎引力(アップルパワー)』は本当にチートで反則だ! 
 今の所、私はこのアップルパワーの底を全く把握できていないため、出力をできる限り制限セーブしながら、相手の力量に合わせて使っている。

 一方で、私の常備メインの武器はヌンチャクのようなフライパン、いやフライパンのようなヌンチャクだ。
 私は一対となるこの武器を『パンチャック(双節揚焼鍋)』と名付け、いつもこの相棒を腰に携えている。
 このパンチャックは、走、攻、守が揃った至高の武器であり、アップルパワーを使って大量の金属を押し固めて、それを磁化させて作った自慢の一品だ。N極とS極がそれぞれ真逆になっていて、その切り離しも自由自在となっている。

 次に控えしは、拳に嵌はめ打撃力を強化し総合格闘技のような接近戦に特化した、ナックルダスター(鉄拳鍔)タイプの『アイアンカイザー(鉄ノ皇帝)!』
 最後に控えしは『筑紫入道正近』という櫓のような形状の刀、この刀の断面は片側が膨らんでいる翼型の形状になっていて、そのとおり名は『オールウイング(櫓ノ翼)!』
 このアイアンカイザーとオールウイングも、チートなアップルパワーを使って、天文学的な量の金属を鍛造によって押し潰して作った会心の作品だ!

 自称、修行僧と武術家withプロレスの二刀流の私は、これら三つの武器を、戦う相手や戦況に応じて巧みに使い分けている。
 これは効率よく適切な戦闘を行うためなのだが、彼らは普段アイテム袋で休んでいるが、何時でも何処でも出番が来れば、押っ取り刀で駆けつけてくれる。

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