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【五】恋愛のリアリティ


「さすがですね……うっ……」

 立ち会った他の刑務官が、その時吐瀉物をまき散らした。
 青山は、手を下して回った篝を真っ直ぐ見ている。そこには芸術家の小規模なアジトがあって、本日は殲滅作戦を行った。二十三人いた芸術家や、芸術家に感化されていた感情表現者達は、既に首と胴体が離れ、手足が残っている者も少数だ。

「篝、戻れ」
「……」

 無言で篝が、遺体の山から飛び降りて、青山の前へと着地する。篝の表情に動揺は見えず、今し方大量虐殺をしたようには到底思えない。その白い頬が血の紅に塗れているのだけが惨状を示すようで、青山はポケットから取り出したハンカチで、篝の右頬を拭った。

「事後処理は任せる。篝、帰るぞ」

 こうして青山と篝は帰宅した。

「服を脱げ」
「……、……」
「ああ、まだ声帯を封じていたのだったな。フェーズ2に移行」
「ぁ……ね、ねぇ? あのさ、それ、やらないとダメなの?」
「そうだ。規則だからな」

 このように本日も摘発後メンタルケアが始まる。
 ベッドの上で、服を脱いでいる篝を、後ろから青山は抱きしめている。
 その指で顎の下を擽られる内、篝の体がふわふわし始める。次第に白い肢体が小刻みに震え始め、息づかいに艶が宿り始める。創作を鑑賞される悦楽と肉体的な快楽が、少しずつ少しずつ、青山の触れられている腕と背中に当たる胸板から染みこんでくる。

 篝は、このように赦されたことが、人生で一度も無かった。

「……怖い……怖いっ、ぁ……怖いよ……やだ……」
「怖い? 何が?」
「考えてること全部知られちゃうみたいで、体がドロドロになっていって、それが気持ちよくて、自分じゃ制御できない。怖い……怖いよっ……!」

 青山はそんな篝の体を抱きしめる。

「それで? 先程までの物語の続きは?」
「あっ……お姫様と王子様は……敵国同士の出自で……っ」
「そこは聞いたが? 本来恋をしてはならない者同士だったんだろう?」
「うん、うん……でも……」
「――お前もそういう恋がしたいのか?」
「そうじゃない……作品の登場人物の恋愛描写にリアリティを持たせるために、恋がしたいだけだよ。経験が無くても小説は書けるけど、多くの人が体験していることは、実体験した方がリアリティが増すから」

 不意に篝が、一瞬だけ透き通った目をした。

 だがすぐに快楽に飲まれた表情に変わる。青山は、合点がいったような気分と――純粋な恋愛がしたいというわけでは無かったのかという、何故か僅かな落胆を覚えた。自分だって打算的な恋愛をしてきたが、この理由では、さすがに篝には敗北だ。

「篝。やはり俺以外にお前の恋人役や肉体関係の相手が出来る刑務官はいなかった。恋をするなら、俺にしておけ」
「っ……で、も」
「なんだ?」
「……青山は、私を好きじゃない」
「!」
「恋愛は、一方通行じゃ出来ない――……!」

 それ以上聞いていたくなくて、青山は篝を押し倒した。
 篝が意識を飛ばしたのは、それから程なくしてのことである。

「だとしても、フリは可能だが……優しくはしないと告げたしな。恋愛をしたいというなら、好きにさせておくだけで、希望は叶えたことになるだろう。俺が陥落することは、職務規定上もあり得ないが」

 その後青山は、篝の体を清めてから改めて眠らせ、ベッドから降りて、少し仕事をすることにした。

「御堂学園……何があった?」

 篝はあそこで虐殺事件を起こしたとされている。だが、青山が閲覧した資料には、ヨセフが関係するとは記されていなかった。

「そもそも矯正施設は、独房に感情表現者を入れて、個別監視するシステムだったはずだが……小説を書いていた? そんな事があり得るのか? それではまるで、芸術家としての才能を伸ばしていたようなものじゃないか」

 分からないことだらけである。もっとも芸術家の言葉を理解したら、それは己がセンシティブになると同義であるから、理解できないに越したことは無い。だがこれが、捜査の手がかりになり得る。

「――篝、冬眞……そして、字波雪野(あざなみゆきの)が、生存者か。篝は発話制限がある。それは冬眞も同様だ。字波は……」

 青山が検索すると、字波は現在、N99区画の矯正施設・純銅《じゅんどう》学園にいるというデータが出てきた。

「事情を聞きに行くか。その場合の最適解として――篝は伴うべきか否か」

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