幼馴染の交差④
北野と話し終え悠斗のところへ行こうとしたが、授業が始まりそうだったため結人は教室へと戻った。 もちろん隣には藍梨がいる。 どうやら結人が職員室へ行っている間に彼女は登校してきたようだ。
ふと廊下側へ視線を移すと真宮が心配そうな顔でこちらを見ていた。 彼を安心させるよう少し笑いながら小さく頷き“大丈夫だよ”という合図を送る。
それを見て安堵したのか真宮は再び黒板へと視線を戻した。
「起立」
一番前の一番左側にいる生徒から号令がかかる。 まだ係や委員会を決めていないため出席番号一番の生徒が代表して行っている。
―――一限目は国語、か。
全員が席に座ると簡単な説明は既に終えていたためすぐに本格的な授業に入る。 すると先生は教科書を開きながらこう言った。
「では教科書15ページを開いてー。 まずは隣同士で段落読みをしてください。 開始ー」
先生に言われ結人も教科書を手に取り指示通りのページを開く。
―――なるほどなるほど、国語で恒例の段落読みなー。
―――んー、え・・・?
―――隣同士?
―――ということは・・・。
結人の心を見透かすかのような鋭い視線を感じ思わずその方へ目をやった。 するとニヤニヤしながらこちらを見ている真宮の姿が視界に入る。
―――・・・あの野郎、見ていろよ!
何故かそれを見て意地を張った結人はそのままの流れで藍梨の方へ視線を向けた。
「あーいりさんっ」
「あ、はい・・・」
「藍梨さんから読んで」
彼女に威圧感を与えないよう柔らかく微笑みながら口にする。 互いに気まずい雰囲気にならないようここは結人がリードした。 周りに合わせ段落読みを開始した結人たちはスラスラと文を読み上げていく。
目線は教科書にあるのだが近くから聞こえる彼女の声に意識を集中させていた。
―――綺麗な声しているなぁ。
―――もし藍梨さんと付き合うことができたら、この声を毎日近くで聞くことができるんだろうなぁ・・・。
「・・・」
そのようなことを考え浮かれていると突然藍梨の読みが止まる。
―――ん?
何かあったのかと思い急いで彼女が読んだところまで目で辿った。 あまり集中していなかったためどこまで読んだのか曖昧だったが、一つの難しい漢字に目が留まり察する。
―――あぁ、この漢字が読めないのかな。
「トドコオル」
「え?」
漢字の読みを教えてあげると、突然の発言に驚いたのか藍梨は思わず聞き返してきた。 そこでもう一度、優しい口調で教えてあげる。
「これ、トドコオルって読むよ」
「・・・ありがとう」
そう言うと藍梨は照れたように少し俯き小さく礼の言葉を述べた。 そんな可愛らしい彼女の仕草を見て、結人は微笑ましい気持ちになっていた。
―――藍梨さんは国語が苦手なのかな。
―――だったら俺、国語は得意科目でよかったかも。
今まで勉強なんて真面目に取り組んできたことはなかったが、今の場面で初めて役に立ち嬉しかった。 それはもちろん、彼女を助けることができたから。
それから数分で結人たちは読み終え身体の向きを黒板へ戻す。 だが周りを見るとまだ読み終えていないペアがチラホラといた。 これをいい機会にこのままの調子で藍梨に思い切って尋ねてみる。
「藍梨さんってさ、趣味とかある?」
自然な流れを保とうと答えやすい質問を投げかけた。 すると彼女は突然な質問に戸惑うも、柔らかい笑みを浮かべながらこう答える。
「あ、えっと・・・。 ダンスとか、好き、です・・・」
―――可愛い。
―――恥ずかしがっている姿も可愛い。
彼女の姿を見てそう思うが変な間を空けないために結人は言葉を続けた。
「ダンス? 凄ぇな! いつか俺にも見せてよ」
―――趣味がダンスとはな。
―――物静かな感じだけど実際はやっぱり違うんだなぁ。
また一つ藍梨について知れたことを嬉しく思い、結人から自然と笑みが零れる。
「はい・・・」
「タメ」
「え?」
「タメでいいよ。 同い年だろ? 俺たち」
「・・・うん、分かった」
この時が藍梨が結人へ向かって初めて笑ってくれた瞬間だった。 この笑顔は結人にとって一生忘れられないものになるだろう。 いや――――絶対に忘れない。
休み時間
授業が終わった直後、真宮が軽い足取りで結人のところへやってきた。 席へ着くなり早速藍梨のことを尋ねてくる。
「どうだった? 国語の先生、空気読むよなー。 藍梨さんとは話せた?」
「ばっちり」
その質問に対し親指を立ててみせ、キラキラと輝く笑顔を向けた。 真宮もそのような結人を見て嬉しそうに笑ってくれる。
そこでふと悠斗のことを思い出し来てくれた彼に申し訳ない気持ちで断りを入れた。
「・・・あー、悪い。 ちょっと俺、悠斗のところへ行ってくるわ」
「あぁ、分かった」
真宮は何かを察してくれたのか特に事情も聞かず送り出してくれる。 その優しさが背中を押してくれているような気がして結人の心も少し軽くなった。
だが隣の教室へ行ってみても、そこには未来と夜月の姿はどこにも見当たらない。 まだ未来は先生と話しているのだろうか、夜月は――――
「・・・悠斗」
結人は4組の教室へ入り席に静かに座っている悠斗のもとへゆっくりと歩み寄る。 彼は何か思い悩んでいるのかずっと俯いたままでいた。
“未来と何かあったな”と悟った結人は彼に刺激を与えないよう言葉を選んで尋ねようと思い考え始めるが――――
「・・・ごめん」
「あ・・・。 おい」
近付くと悠斗は話をしたくないのか、その一言で走って教室から出ていってしまった。 悠斗は結人と視線を一度も合わせなかったため、表情が分からず今何を考えているのかも分からない。
そのような悠斗の態度を見て結人の中に次第に漠然とした不安が生まれた。 去っていく彼の後ろ姿を見ながら心の中で呟く。
―――・・・何があったんだよ、悠斗。
―――いつもは未来と喧嘩しても『大丈夫、すぐに未来は戻ってくるさ』って笑いながら言っていたじゃないか。
―――・・・だから今もその言葉を言ってくれよ。
そう思うも悠斗を追いかけることができず、ずっとその場で立ちすくんでいた。 未来のために何かできることがあるのだろうか。
『俺のことを信じて』と言ってしまったが本当に救ってあげることができるのだろうか。 そして未来と同時に苦しんでいる悠斗のことも助けることができるのだろうか。
悠斗がここで去らずに事情を話してくれていたら、結人はまだ自信が持てていたのだろうか――――
そのようなことを考えていると徐々に心は不安に支配されていく。 しばらくその場から動けないうちにいつの間にか夜月が教室へ戻ってきていた。 結人の姿をすぐに見つけ静かにこちらへと寄ってくる。
そしてなおも俯いて黙ったままでいる結人にそっと声をかけた。
「ユイ。 ・・・未来、二週間停学だって」
「ッ・・・」
その言葉を聞き結人は突然大きな焦りに襲われる。 悔しさのあまり強く両手を握り締めた。
―――・・・そう、か。
―――そうなるよな、普通は。
早く未来を助けたいという気持ちはあるのだが、この不安を誰かと共有したくて隣で何も言わずにいてくれている夜月に尋ねてみる。
「なぁ、夜月。 ・・・夜月は未来の言ったことを信じるか?」
これは結人でも迷っていたことだった。 仲間だから信じるのは当然だが、それでも少しの躊躇いはある。 本当に未来が喧嘩に巻き込まれていたならば流石に結人でも判断が鈍ってしまうのだ。
確認のため尋ねたのだが夜月は躊躇う様子もなく淡々と自分の意見を口にした。
「あぁ、もちろん信じるよ。 未来たちとは小学生の頃からの仲なんだ。 ・・・だから未来は喧嘩なんて絶対にしない」
迷いも感じさせないその言葉に結人の心は次第に落ち着きを取り戻した。
―――・・・だよな、そうだよな。
―――何を迷ってんだよ、俺。
―――俺は誰かから認めてもらうまで自分で判断すらもできないのか。
こんなに仲間を疑って迷っていた自分自身が情けない。 結人はもう一度自分に喝を入れるように両手を強く握り締めた。
―――・・・こうなったら行動したもん勝ちだろ。
「あぁ。 ありがとな、夜月」
自分の心を変えてくれた夜月に精一杯の気持ちを表すと結人は教室を勢いよく飛び出した。 向かう先はもちろん悠斗のところだ。
心の中で悠斗と未来の顔を思い浮かべながら揺らがない自分の心を信じ続ける。
―――今の未来を救えるのは結黄賊でもない、俺でもない。
―――・・・悠斗なんだ。