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 ニコニコしている辺境伯の側に立っているのはイーサンだ。
 シェリーは懐かしいその顔に、顔が緩みそうになるのを必死に耐えて席についた。
 辺境伯が口を開く。

「レモン・レイバート卿も同席しなさい。イーサン・シルバー卿も座りなさい」

 二人は無言で一礼をして席についた。
 辺境伯の左右を固めるようにエドワードとイーサンが、ひとつ席を開けてシェリーとレモンが対峙した。

「まずは食事です。我が領の郷土料理ですが楽しんでいただけるとありがたい」

 辺境伯とエドワードが中心になって会話を進める。
 エドワードが面白おかしく語るバローナ国王族の暴露話は実に面白いものだった。
 シェリーとレモン、そしてイーサンは口を挟まず聞き役に徹した。
 デザートと紅茶は部屋を変えていただくことになり、全員が立ち上がった。
 イーサンがシェリーをエスコートしようと手を伸ばしたが、レモンに阻まれた。
 それを見たエドワードが笑いながら言う。

「前途多難だなぁ、イーサン」

 案内された部屋は丘の上から領地を見下ろすような作りになっている。
 針葉樹が多い森は、緑というより蒼に近い色に見えた。

「素敵なお部屋ね」

 シェリーの声に辺境伯が答えた。

「お気に召しましたか?」

「ええ、部屋はね」

 全員がソファーに落ち着き、お茶とお菓子が配られた。
 人払いがされ、静かになった部屋には野鳥が囀る声がする。
 先陣を切ったのはヌベール辺境伯だった。

「端的にお話をします。我らの目標は現国王の退位、そしてバローナ国とグリーナ国への侵攻阻止です。次期王は王弟でも皇太子でも構わないが、まっとうな者でないと判断したら消えてもらいます」

 シェリーは息を吞んだ。
 辺境伯が本気であることはすぐにわかる。
 どうすべきか……

「方法は?」

 シェリーの声に答えたのはエドワードだった。

「グリーナは第二王子のキース殿下に、バローナはゴールディ国の属国とする予定です。現皇太子は回復の見込みはありませんし、いくら血が繋がっていると言ってもロナードのような男に国を託すことはできない」

 その言葉でロナード・ミスティ次期侯爵の母親が、バローナ王女だったことを思い出す。
 辺境伯が口を開いた。

「奴がまともな思考回路を持っていたなら、それもありだったのでしょうが。今のあいつは自分がバローナ王になる事しか考えていない。ただのばかです」

 確かにあの男が国王になったら国民が不幸になるだけだろう。

「それならエドワード卿が一番早いのではなくて?」

 シェリーの言葉にエドワードが肩を竦めた。

「私の母は王宮のメイドでした。そのことは国民全員が知っている。無理でしょう? 小さい頃から国中から蔑まれてきた記憶しかありませんよ」

 レモンが口を挟む。

「しかしその剣技は誰もが認めるところなのでは?」

「ありがとう。君にそう言って貰えただけでも努力してきたことが報われるような気持ちになるよ。でもね、私の剣はあの国の者たちに言わせれば野蛮なのだそうだ。一撃必殺は剣の極意だと思うのだけれど? レモン嬢はどう思う?」

「剣士の理想だと思います」

「だろ? やっぱあの国のやつらはセンスが無いな」

 お道化て言うエドワードは、熱い目でレモンを見つめていた。
 シェリーは慌てて別の話題を口にした。

「バローナ国の事情は理解しました。しかしグリーナは? なぜ皇太子でなく第二王子なのです? 第三王子でも良いはずでは?」

 これに答えたのは辺境伯だ。

「皇太子はすでにいないですよ。ローズが帰国してすぐに精神が崩壊しています。今は王妃が全ての政務を握っています。第二王子も第三王子も自分の命を守るためにゴールディに来たと言っても良いでしょう。彼らにはお会いになりましたか?」

「ええ、キース第二王子殿下とは親しくお話もしています。グルック第三王子殿下は遠目に拝見しただけで、お話しはしたことがないですね」

「それは賢明な判断でしたね。というより周りの人たちに守られていたのかもしれません。彼は危ない。グルック王子には絶対に関わってはなりません」

 シェリーは背筋が冷えたような気がした。

「なぜですの?」

 エドワードが話を引き取った。

「私は何度か対峙していますからね。あいつは本当にヤバい奴です。精神的におかしいというか……一言で言うと病んでます。しかもそれを上手く隠して宰相をやっている。恐ろしい奴ですよ。あいつが自分のことをなんと言っているか知ってますか?」

「いいえ、全く知りません」

「奴は自分のことを『神』だと言っているのです。何度も生まれ変わり、その全ての記憶を保有しているのだと」

「一国の宰相が?」

「表舞台では見事なほど演じています。それに本当に前世の記憶があるのではないかと思ってしまうくらいに、予言? そんな感じの言葉を吐くことがあるのです。この言葉は奴を信奉する一部の人間に対してだけ聞かされるのですが、こいつらがなかなか過激でしてね。奴らは自爆も辞さないほど狂信しています」

 シェリーはぞっとした。
 そんな男がミスティ侯爵家に滞在しているのだ。

「しかも第二王子はその狂気に気付いていない。自分より第三王子の方が上手く国を回せるのでは無いかと考えている節があります。キース殿は王の資質が高いのですが、自己肯定感が低いんだ」

 確かにそんな感じかも? とシェリーは思った。

「そんな二人を一人で相手をしているあなたの旦那様は、もしかしたらものすごく優秀な為政者かもしれません。母親である王妃も大したものです」

 確かに第三王子であるグルックは王妃の側を離れないと聞いたことがある。
 そしてアルバートはローズの身代わりをさせるという言い訳で、第二王子であるキースと行動を共にしているのだ。

「王妃殿下と皇太子殿下は身を挺して国を守っておられると?」

 辺境伯がカップを置きながら言った。

「確証は無いがその可能性は高いでしょうね。国王に近づけないようにしているのかもしれません。しかし我が手の者の報告では、第三王子は国王と頻繫に会っているようですよ」

 王妃とはいえやはり女性の手には負えないのだろうか。
 そうシェリーが考えたとき、エドワードが言った。

「女性だから無理なのではなく、第三王子が凄いのですよ。でもこの接触は近衛騎士隊長も宰相閣下も把握しておられる。そう考えるとゴールディ王家も捨てたものではないのですけどね。国王以外は……ははは。笑えない現状ですな」

 そう言って笑うエドワードだったが、目は笑っていない。
 国王が元凶となると手の打ちようは限られてくる。
 シェリーがふと顔を上げた。

「我が実家とミスティ侯爵家はどのような動きをしているのでしょうか」

 辺境伯がイーサンの顔を見た。

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