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 皇太子妃の呼び出しに駆けつけた宰相の手には、クッキーが乗ったトレイがあった。
 ニコニコと笑いながらそれをテーブルに置いたシュラインは、宰相の顔から義兄のそれに変わっていた。

「休憩は済んだばかりかな?」

「いいえ、まだですわ。それより似合わないものをお持ちです事」

「似合わないかな? これは僕の大好物でね、妻が焼いた菓子なんだ。一緒にどう?」

 シェリーはニコッと笑ってメイドにお茶の用意を頼んだ。

「そうだ、せっかくだから叔父上も呼ぼうか。何度も頼んでやっと作って貰ったからかなり希少なんだよ」

 言い終わるなり、侍従に近衛騎士隊長を呼びに行かせたシュラインは、横目でチラッとシェリーを見た。
 小さく頷いたシェリーが口を開いた。

「実は明日、学院時代の友人を呼ぼうと思っていますの。そこで彼女を騎士隊長にご紹介しようと思うのです」

 周りが聞いていることを意識して、聞こえる程度の音量で内緒話を装った。

「へぇ、叔父上は独身だし良いとは思うけど? 紹介したくなるほどの女性なの?」

「ええ、性格はとても良いですわ。実は彼女、とても背が高くてなかなかお相手が見つからなかったのです」

「なるほどね。叔父上なら高身長を気にする必要は無いから良いかもね。では明日、その女性が来た頃を見計らって、叔父上を連れて遊びに来よう」

「よろしくお願いしますわ。本当に誠実でとても良い人なのです」

「それは楽しみだ。上手くいくといいね」

 お茶が運ばれてきたタイミングでサミュエルがやってきた。

「何事かな?」

「やあ、叔父上。愛妻が焼いた菓子をおすそ分けしようと思いましてね」

「そうか、少し疲れていたからありがたいな」

 そう言うとサミュエルがソファーにどっかりと腰を下ろした。

「早速いただくよ」

 警戒しているわけでは無いが、まだクッキーに手を出していなかったシェリーを気遣って、サミュエルが先に手を出した。

「叔父上、毒見がまだです」

「お前が持ってきたのだろう? しかも奥方の手作りだ。それとも私の暗殺でも目論んだか? 何の得も無いぞ?」

「ははは! 叔父上に毒が効くはずも無いでしょう? もしも叔父上を亡き者にしようと考えるなら、もっと簡単な方法を選びますよ」

「ほう? どんな方法だ?」

「過労死です」

「なるほど……それは確実な暗殺方法だな」

 物騒な話題をおいしいお菓子と共に笑いながらする叔父と甥。
 シェリーは思わず笑ってしまった。

「そういえば昨日の夜会はどうだった?」

 シュラインが何気に話題を変えた。

「仮面舞踏会って初めてだったのですが、なんだか王宮の夜会とは違っていろいろな仕掛けがあるのですね」

 後ろで控えていた文官と護衛騎士が驚いた顔をした。

「えっ! 妃殿下はそれを経験したのかな?」

「経験? 仰っている意味がわからないのですが、見学させて下さったのですわ」

「叔父上が?」

「ええ、あと二人おりましたから四人です。ドアに飾られた花の意味とか?」

 シュラインが吹き出した。

「叔父上……」

 サミュエルが肩を竦める。

「他意は無いさ。昨夜たまたま友人夫妻に会ってね。四人でゆっくり話そうということになって控室を利用したんだよ。その時に話題として花のこととか隠し通路のこととか教えてもらったんだ」

「その言い方だと叔父上も知らなかったと言い張るつもりですね?」

「ああ、勿論そのつもりだから配慮してくれ」

 三人は笑いながら和やかな時間を過ごしていると、周りはそう思った。
 明日やってくるであろうアルバートが、今後登城しやすい布石も打ったことに、シェリーは安堵を覚えた。

「そういえば叔父上、明日の午後は予定がありますか?」

「予定? いつも通り隊の仕事で執務室にいる位だと思うが何かあるのか?」

「ええ、明日の午後ちょっとお時間を下さいね。お迎えに上がりますから」

「何事だ?」

 別に明かしても構わないのだが、わざとシュラインはお道化て見せる。

「明日のお楽しみですよ。ねえ? 妃殿下」

「そうですわね」

 シェリーはきまり悪そうに笑顔を浮かべた。
 シュラインが続ける。

「そういえば妃殿下のご実家は代替わりをされるのですか?」

「え? 私は何も聞いておりませんが?」

「まあ嫁いだ娘には結果報告という形をとるのが当たり前かもしれませんね。実は弟君のブルーノから爵位継承申請を出すからよろしくと言われましてね」

「まあ! 父は引退を考えていますの?」

「そうでしょうね。近々ブルーノが説明に来るのではないですか?」

「そうですよね……まあ、待ってみましょう」

 ブルーノはこちら側の人間だとアルバートは言っていた。
 父は国王の策略に加担していたようだが、現在はオピュウムの出荷を止めているはずだ。
 そのことに思い当ったシェリーは、父の中に残っていた良心を感じとった。

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