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異世界パパ活ばなし①「この世にタダのラーメンは無い」

「お姉さん、歳いくつ? まだまだいけるっしょ。制服姿も似合ってるね。女子高生の制服だっていけちゃうんじゃない?」
「今までどこに隠れてたの?」
「そうだねえ、ちょっと遠いところかなあ」
「外国?」
「まあ、外の国ではあるかもね〜」

 へらへら笑いながら、こちらを試すような目つきで見据えてくるクソガキ。暑いのが嫌いなわたしにとって、残暑のこの時期が一番いらいらする。もう九月の終わりだというのに、日中はまだ三十度を超える。いつになったら和らぐんだ、と終わりそうで終わらない暑さに対して憎悪すら湧いてくる。夜のこの時間でもまだ暑い。そこにきて、このうざったいガキの相手だ。勘弁してほしい。

「交番って思ったより狭いんだね。奥に休憩室みたいなのもあるみたいだけど。お姉さん、ひとりなの? こんな、この世の果てみたいな寂れた町の交番に、しかも夜、若い女の子が独りきりとか危なくない?」

 女の子、か。中年男のセクハラかよ。ただ、こいつの言うとおり、変に絡んでくる年上の男の市民は多いが。

「それにしても、ラーメン一杯のお金も払えないなんて。逃走資金で使い果たしたの? あれだけ荒稼ぎしてたのに、いまじゃ、一文無しってこと?」
「ふふっ、なくはないよ〜」

 そう言って、クソガキ――レイと名乗っている――は、さっきから手のひらの上でもてあそんでいる一枚のコインを机の上に、わざとらしく音を立てて置いた。わたしはそれを手に取る。大きさはカジノのチップくらいで、色は金に近い。見た目はまさに金貨だ。重みもある。しかし、本物の金でないことは確かだ(職業柄、以前に一度だけだが、純金に触ったことがある)。では、いったい、これはなんだろう。手触りから金属っぽくはある。が、これだという材質が思いつかない。目の前に掲げて、蛍光灯の光を吸収するそれを眺めていると、なんだか吸い込まれそうになってきた。

「お姉さん?」
「え?」
「大丈夫? なんか、ぼけーっとしてるけど」
「ああ、うん、なんでもない」
「その一枚で、スタミナ太郎に一年間、毎日通えるくらいの価値があるんだけどねー」

 1時間ほど前、わたしは無銭飲食の通報を受け、ラーメン店に向かった。終電も過ぎたこの時間、駅前で唯一、空いている食事ができる店といえば、そこくらいしかなかった。未成年にも見える幼い顔つきの若い女が、店主の男と言い合いをしていた。髪をピンクに染め、ボロボロのパーカにダメージ加工ではなく本当に履き古して穴の空いたようなジーンズ姿。店主が言うには、チャーシューメンを食べ終わった女が、おもちゃのコインで支払おうとしたという。

「それなりに価値はありそうだけど。なんにせよ、日本でお金としては使えないよ。わかっててやったでしょう。ふざけるのもたいがいにして」
「いやあ、向こうじゃ『円』は使えなかったから、逆にこっちのほうが常識になっちゃっててさ」
「じゃあ、これを持ってたのも、あなたの言う、向こうでは『常識』だって?」

 わたしは、うしろのロッカーを見やる。厳重に施錠した中には、レイから押収した武器が入っている。布に包まれているそれは、鞘や柄にきらびやかな装飾が施された、ぶ厚い刃物。『けん』というより『つるぎ』と呼ぶのがふさわしい長剣だ。漫画やゲームで出てくるような。

「あなたは無銭飲食と銃刀法違反の現行犯で逮捕された。これは確かなことだからね。仮装用の小道具かと思ったら、本当に切れる剣だったなんて。あんなものどこで……」
「人からもらった大事なものだからなあ、置いてくるわけにはいかないもん」

 レイは目を閉じ、何度もうなずきながら、ほくそ笑む。勝手に思い出に浸っているようだ。いらっとする。

「刀剣マニアから、現金の代わりに貢がせたってわけ?」
「ん~、ちょっと違うかな。まったくの的外れってわけでもないんだけど」
「犯罪者とクイズごっこをする気はないよ。署のほうから担当が来るまでのあいだ、聞けることを聞いておこうと思っただけ。でも、そんな義務はないし、いらついてまでしたくない。もういいよ、おしゃべりは終わり。そのまま机の上で寝てなさい」
「え~、つまんない。じゃあさ、おもしろ話してあげる!」
「犯罪者が人に語る話なんて、結局は自分の犯罪自慢でしょう」
「まあ、そうね、うん、自慢かも。いや、でも、これはあれだよ、いまだかつてないビッグな詐欺……あ、詐欺って言っちゃった。ちょっと、お姉さん、怖い顔しないでよ!」

 そう、こいつは詐欺師だ。いまでいう『パパ活』で複数の男から金銭を得ていた。それだけならグレーだが、身分を偽り、多額の金を払わせ、さらにそのテクニックを秘密の講座で生徒たち――そいつらはレイのことを教祖のように崇拝していたらしい――に伝授し、詐欺の被害を広めていた。レイひとりが男たちから巻き上げた額だけで軽く億を超えるという。被害者たちからの被害届を受理した警察は本腰を入れ、こいつの逮捕に乗り出した。が、すんでのところで取り逃がしてしまった。レイはそのまま数か月に渡って、逃亡していた。半グレどもとのつながりもあったらしく、彼女のことは東京から離れたこの県にも通達され、わたしは交番に連れてきてから、彼女が、あのレイだと知った(本名は知らない)。手配写真――ネット上にアップされている、相当に加工しているもの――と、目の前のすっぴんの女がしばらく結びつかなかったが、特徴として伝えられていた、笑うときに口をへの字に曲げるその仕草でピンときた。

「レイちゃんを追ってきた刑事たち、あいつらの顔、いまも覚えてるよ。あのつら、向こうじゃ、ポイズントードの顔つきそっくり。刑事たちの中でも特に偉そうなオッサンなんか、体じゅうイボ付きの親玉ポイズントードと瓜二つだよ。あー、やだやだ、思い出しちゃった。会いたくないな……しくしく」

 わけのわからないことを話すガキ。芝居がかった泣きマネも癪に障る。正直、めんどうくさかった。こっちから聞き出す気はなくなっていたが、相手が『詐欺』という言葉を発し、余罪を自白しようとしているなら、当然ながら聞くしかない。引き渡した担当刑事にも同じ自白をするとは限らないからだ。

「じゃあ、聞かせてよ。担当の刑事が来るまで、しばらくかかるみたいだし」

 わたしは立ち上がり、レイが逃げないよう、やつから目を離さずに奥の休憩室へ行き、二つの缶ジュースを手にし、戻ってきた。手錠もかけてあるから、逃げるとは思えないが。

「のどが渇いたでしょう。飲みたければどうぞ」
「ドデカミンストロングじゃん! 久しぶりの味! 向こうでは炭酸なんてなかったからさ、恋しかった~。さっきのラーメン屋、飲み物は水しかねえし」

 レイは勢いよくフタを開け、グビグビといい飲みっぷりを見せた。その様子から、炭酸飲料系のジュースの類を飲むのが本当に久しぶりであり、今まで、そういったものにありつけない生活を送っていたであろうことは確かだった。

「よし、話そっか。レイちゃんの武勇伝を」
「すべての犯罪はケチ臭いものだよ」
「もう! 水を差すようなこと言わないで! これから壮大な冒険物語を語ろうと思ってたのに〜」

 炭酸飲料の泡を唇の表面で弾けさせながら、ホームレスみたいな身なりのガキがわめく。なんだ、こいつは。

「はいはい。それで、どこで何をやらかしたの?」
「異世界で、パパ活やって大儲け!」

(続く)

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