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結人と夜月の過去 ~小学校四年生①~




小学校4年生 始業式から数日後 帰り道


結人たちは4年生になった。 クラス分けは結人と未来、夜月と悠斗で分かれている。 
この組み合わせは去年の3年生の時とほぼ変わらず、変わったのは理玖が夜月のクラスから抜けたことだけ。 桜の並木道を歩きながら、今日もみんなは一緒に下校している。
4年生が始まってから数日経つが、特に日常は何も変わらない。 ただ一つだけ変わったのは――――理玖がいない、ということだけだった。
彼がいなくなった今、予想していた通りなのだろうか、みんなの中からは活気がなくなっている。 そんな静かな帰り道を見て、未来は大袈裟に溜め息をつきながら第一声を放った。
「何だよ、理玖がいないだけでこんなにも変わるのかー?」
「「「・・・」」」
みんなが反応しやすいように大きめな声で発するが、何も返事がこない。 それを見て呆れつつも、続けて言葉を紡いだ。

「みんな、そんな暗い顔すんなよ。 理玖はこんな俺たちの状況、望んでなんかいないと思うぞ?」
「「「・・・」」」
「・・・」

なおも沈黙を守り続ける彼らに負け、未来も一度口を閉じてしまう。 だがこんな暗い雰囲気が続いては駄目だと思ったのか、今度は明るさを見せてきた。
「・・・ったく、仕方ないなぁ! 元気を出すために、みんなは今から俺ん家へ来い! そんで、一緒にゲームでもして盛り上がろうぜ! ・・・あ」
「「「?」」」
勢いのある発言だったが最後にはストンと落ちたことに、みんなは彼のことを不思議そうな目で見つめる。
すると未来は突然立ち止まって、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「あー・・・。 悪い。 自分から言っておいてあれだけど、今日は下校が早いから、新学期で使う物の買い出しに行く予定がこの後あったんだ・・・。 だから悪い! 
 今日は無理だわ!」
両手の平を合わせ軽く頭を下げながら一生懸命謝ってくる友達に、結人は苦笑しながら優しく言葉を返した。
「あぁ、買い出しか。 なら仕方ないね」
それを聞いた未来はゆっくりと顔を上げ姿勢を戻し、もう一度みんなに向かって謝りを入れる。
「本当にごめんな。 えっと・・・悠斗は、付いてくるか?」
「ううん」
小さく首を横に振り返してきた悠斗に、少し寂しそうな表情を見せ背を向けた。
「そっか。 じゃあ俺、走って帰るから。 また明日、学校でな!」
そう言って未来はこの場から走り去り、みんなは何も言葉を発さずただ彼の背中が小さくなっていく光景をぼんやりと眺め続ける。
そしてついに後ろ姿が見えなくなってしまった今、唯一この場のムードメーカーがいなくなり、気まずい空気が流れ込んだ。
だがこの雰囲気を変えようと、未来の代わりとなって今度は悠斗がこの場の流れをよくしようとする。
「えっと・・・じゃあ、僕の家に来る?」
「え?」
突然発せられた言葉に思わず聞き返すと、もう一度尋ねてきた。
「ユイは、来る?」
珍しく悠斗から誘ってきたことに少し驚くが、ここは優しく受け入れる。
「うん」
了解の返事を聞くと少し嬉しそうな表情を見せ、続けて夜月に尋ねかけた。
「夜月は?」
「・・・」
だが彼はすぐには返事をせず、しばし黙り込む。 そして今の気持ちを、結人と悠斗には聞こえているのにまるで独り言のように呟き出した。

「俺はまだ、理玖を許してなんかいない。 ・・・勝手に、俺たちの前からいなくなりやがって」
「「・・・」」

夜月の気持ちは十分に分かるため、何も言葉を返すことができない。 同情したらいいのか慰めたらいいのか、今の二人には分からなかった。
そしてこのどうしようもない状況に小さく溜め息をつくと、この場から歩き出し言葉を投げ捨てる。
「俺もこの後、買い出しがあるから今日はパス。 また明日な」
そう言って片手をひらひらと振りながら、去っていく夜月。 
あまりにもあっさりと別れを告げ離れて行った彼に、なおも結人と悠斗は言葉が見つからず黙ったまま見送った。
理玖がいなくなってからは、しばらくこの気まずい関係が彼らの中では続いている。 
“理玖がいなくなった”という現実により心に穴がぽっかりと開いてしまったが、そう簡単に埋めることもできなかった。
「えっと・・・。 じゃあ、僕の家へ行こうか」





悠斗の家


初めて来た、悠斗の家。 緊張と不安を持ち合わせながら足を一歩踏み入れると、中からは悠斗の母が優しく迎え入れてくれた。
「あら、結人くんじゃない! いらっしゃい、よく来たわね」
彼の母とは面識があったため、対面することには抵抗があまりない。
「悠斗のお母さん、こんにちは」
優しい表情で挨拶をすると、ニッコリと笑って受け入れてくれた。 そして今度は自分の息子である悠斗に向かって、言葉を発する。
「結人くん、ゆっくりしていってね。 あら、未来くんは?」
「未来は今日、買い出しがあるって。 ユイ、僕の部屋へ行ってて。 階段を上がって、すぐにある部屋だよ」
悠斗は靴を脱ぎながら説明し、階段のある方を指差した。 

結人は言われた通り、階段を上り先に悠斗の部屋にお邪魔する。 
ドアノブに手をかけ、ゆっくりドアを開けると――――そこには、ほぼ全面青い部屋が目に飛び込んできた。
壁やカーペットはもちろん、カーテンや小物、ベッドまでもほとんど青で統一されている。 だが全て同じ色ではなく、水色や藍色も使い、微妙に違う青色で揃えられていた。
―――わぁ・・・。
―――本当に悠斗、青が好きなんだな。
部屋に足を一歩踏み入れ、更に中へと進んでいく。 周りをゆっくり見渡しながら歩いていると、ふとあるモノに目が留まった。 ――――写真だ。
それは写真立ての中に綺麗に入っていて、いくつも棚の上に並んでいる。 結人はそれらに近付き、よく見えるように覗き込んだ。
その中の一つには、結人を含めた理玖、夜月、未来、悠斗の5人のショットが写っている。 更に横へ視線を流すと、今度は幼稚園の頃の写真を見つけた。
今よりもみんなはかなり幼く、その写真には結人を除く理玖、夜月、未来、悠斗の4人のショットが写っている。 そして、その中での夜月は――――笑っていた。
―――・・・。
―――夜月くん、こんな風に笑うんだ。
笑っている夜月を見ていると、結人はだんだん胸が苦しくなってきた。 締め付けられるような、この感覚。 息が上手くできないくらいに心を捻じられる、この感覚。
どうして今は、笑わなくなってしまったのだろう。 彼の笑顔は、一体どこへ消えてしまったのだろう。

―――いや・・・。
―――夜月くんの笑顔を、奪ったのは・・・。

―ガチャ。

そのようなことを考えていると、突然ドアの開く音が聞こえ思考が途切れた。 
咄嗟に意識をその方へ目を向けると、両手で大きなお盆を抱えながらよろよろとした足取りで中へ入ってくる悠斗の姿が目に入る。
「悠斗!」
お盆の上には飲み物が入った二つのコップと、お菓子がいくつか入った器が乗っており“このままだと危険だ“と判断した結人は、急いで駆け寄り彼の身体とお盆を支えてあげた。
「っと・・・。 ごめんね、ありがとう。 もう大丈夫だよ。 ・・・写真、見ていたの?」
「・・・」
礼を言った後、悠斗はすぐに話題を変え尋ねかける。 だが何も返事をしてこない結人に、机までお盆を運びながら続けて言葉を口にした。
「理玖は本当に、面倒見がよくてね。 幼稚園の頃から、僕と未来が喧嘩をするとすぐ僕たちの間に入ってきて。 それで仲直りをさせてくれるんだ。
 でも二人きりで喧嘩をした時はほとんど未来から謝ってくれるから、理玖がいてもいなくてもすぐに仲直りはするんだけどね」
コップや皿を移動させながら口にする彼を数秒見つめた後、写真の方へ再び視線を戻した。 そしてその中で笑っている友達を見ながら、言葉を優しく返す。
「でも未来と喧嘩をするって、ちゃんと悠斗は自分の意見や意志を人に伝えることができるんだね。 凄いや」
すると悠斗は、苦笑しながら更に言葉を返した。
「それは未来の前でだけ、ね。 他の友達を目の前にすると、伝えることができなくなるんだ」
そして結人が見ている写真と同じものへ視線を移し、昔を懐かしみながら続けて語っていく。
「夜月は幼稚園の頃でも、確かに大人しい子だった。 でも理玖と一緒に遊ぶようになってから、笑うことが増えてね」
「・・・」
「はは。 今じゃ全然、想像もつかないよね」
苦笑を交えながらの言葉に、口を噤み黙り込んだ。 そして先程考えていた答えを、今ここで導き出す。

―――やっぱり、夜月くんの笑顔を奪ったのは・・・この僕なのか。

「ユイはさ」
「?」
結人に一人の時間を与えたくないのか、間を空けずに次の話題へと切り替えてきた。 
突然名を呼ばれ思わず写真から悠斗の方へ視線を移すと、自分のことをどこか寂しそうな表情で見つめている彼の姿が目に入る。
それを見て不審に思っていると、ある一つのことを尋ねてきた。 それも――――とても、静かなトーンで。
「・・・ユイは今、僕たちと一緒にいて苦しくないの?」
「え」
いきなり放たれた質問に言葉を失うと、更に追い打ちをかけてきた。
「理玖はさ、ユイを無理に僕たちの輪に入れていたでしょ? ユイの気持ちとか、関係なしに。 ・・・まぁ僕は、ユイがいてくれた方が楽しいし嬉しいんだけどね」
「・・・」
そして――――更に。

「無理にユイを僕たちの輪に入れていた理玖がいなくなった今、ユイは自由になったんだよ。 それでもこれから先、僕たちと一緒にいたい? 
 それとも・・・他の友達と一緒に遊んだり、一緒に帰ったりしたいのかな」

どこか寂しそうな表情をして、そう言ってきた悠斗。 そんな彼を見ていることが苦しくなり、顔を背け写真の方へと再び視線を戻す。
そこには4人が満面の笑みで写っている光景が目に入るが、それを見ても今は何も感じなくなってしまった。

―――・・・何だ。
―――悠斗たちも、気付いていたんだ。

悠斗はまるで“僕たちから離れるなら、今のうちだよ”と言っているかのように、結人に今、助け船を出していた。


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