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第146話 ミノラルの道化師

「お母さ~ん、あれ買って~!」

「ダメよ、そんなに我儘ばかり言うんじゃありません」

「やだよ~! 買ってよ~!」

「そんな我儘ばかり言ってると、『恐怖の道化師』が来るわよ!」

「うわあぁぁぁん! ごめんなさぁい!!」

「……」

 ミノラルの冒険者ギルドを出ると、市場から帰ってきたような親子のそんな会話が聞こえてきた。

 すっかり、有名になったミノラルの道化師。王女を他国から守り抜いた英雄として噂されるとばかり思っていた。

 しかし、実際はそんな噂にはならなかった。

 我儘を言う子を脅すための文句として使われ、それを言われた子供はガチ泣きするほど、道化師が自分の元に来ることを怖がってしまっている。

 とても、英雄のことを話しているようには思えない。

「はぁ……どうして、こうなった」

 ミノラルに住み着く悪魔、『恐怖の道化師』。そんな通り名が付けられてしまうことになるとは。

 時は少し前に遡る。

 イリスに変装してワルド王国に潜入して、ワルド王国の王をたっぷり脅して帰還して数日後、俺はミノラルの王城に呼ばれることになったのだった。

「アイク、リリよ。イリスの護衛、ご苦労だった」

「勿体ないお言葉、ありがとうございます」

 俺がワルド王国の王に脅しをかけた後、俺はイリスを匿っているオリスの別荘に戻った。

そして、そこでイリスの護衛のために数日過ごしたのだが、特に盗賊たちに襲われることはなかった。

 しばらくその別荘で過ごすことになるのかと思っていると、ワルド王国が全面的に降伏することになったという話が入ってきて、俺たちはミノラルに戻ることになった。

 どうやら、脅されたワルド王国の王は、ちゃんと約束を守ってくれたらしい。

 イリスの護衛も無事の終わったと思って油断していると、急に王城に来るようにと言われた。

 王城というかしこまった場所はあまり好きではないのだが、もしかしたら、結構な褒美を貰えるんじゃないかと思って、その日は結構ワクワクしながら王城に向かったのだ。

 そして、謁見の間にてミノラルの王からお言葉を頂くことになった。

「……アイクよ。報告によると、単身ワルド王国に向かって、ワルド王国の王に我が国に手を出すなと言いに行ったそうではないか」

「はい。エリスお嬢様が今後も狙われる可能性があったので、釘を刺しに行きました」

「ふむ、そうか。今後のエリスのことまで見越して、そこまでしてくれるとはな。驚いたが、よくやってくれた」

「ありがたきお言葉です」

 正直、やり過ぎた感もあったので少し怒られるかもしれないと思った節もあった。ただ、エリスのためを思って動いたことに関しては、評価してもらっているらしい。

 それだというのに、頭を下げたままちらりと王に向けた視線の先では、王は訝しげに目を細めていた。

 なぜそんな顔をしているのだろうと思っていると、王はその顔をそのままに言葉を続けた。

『何でもしますから、『大悪魔 道化師様』のお怒りをお収めください!』って言ってきたのだが……お主、何したの?」

「だ、大悪魔?!」

 少しこちらに呆れるような目を向けている王は、えらく砕けた口調でそんな言葉を口にした。

 しかし、そんな目を向けられても俺だって分からない。

 確かに、少し脅しはしたけど、悪魔呼ばわりされるほどのことはしてないはずだぞ?

 そんな俺の意思が伝わったのか、王は胸元から何かの紙を取り出すと、それを読み上げるようにしながら言葉を続けた。

「ワルド王国からの報告によれば、エリスに化けて現れたと思ったら、騎士たちの体の自由を奪い、怒りに触れた者たちの精神を操って発狂させた後、言葉では表現できないくらい惨い悪夢を見せて、ミノラルに手を出すなという言葉を残して、その場から禍々しい煙を出しながら魔界に帰ったって話なのだが。この報告は本当なのか? なんか見るだけで震え上がるような姿をしていたって言ってるけど」

「あっ……」

【肉体支配】と【精神支配】のことを言ってるな、これ。でも、いくら【変化】で姿を変えていても、それが悪魔に見えるほどではないと思――あっ、【感情吸収】のせいだ。

 確か、【感情吸収】には恐怖の感情から幻覚などを見せる効果があるらしかったな。

「その反応をするということは、本当という認識でよいのだな?」

「あ、悪魔は使役しておりません。脅したのは私なのですが……傍から見たら、そう見えていたのかもしれません」

 そういえば、周りにいる騎士たちも目が合うだけで脅えていたような気がするな。

なるほど、やけに怖がってるなと思ったがそう言うことだったのか。……合点がいった。

「そ、そうか。単身乗り込み、戦争を回避させた功績はあまりにも大きすぎる。何か褒美をやらねばならんな」

 ワルド王国からの報告がどんなものだったのか。その詳細までは分からないが、俺が事実であることを認めると、目の前にいる王も微かに声を上ずらせていた。

 もしかして、さっき王が言った言葉って結構オブラートに包んだものだったりしないよな?

 もっと酷いことが書いてあって、それを俺が認めてしまったから、少し引いているとかじゃ……だめだ、考えるのはやめてこう。

「アイクよ。ハンスから聞いたが、今以上の位はいらないと申していたそうだな」

「はい。これ以上位を頂くと、本業の冒険者が疎かになってしまいます。それに、またこのような事態になった際に、自由に動くことが難しくなるかと」

 本音を言えば、今よりも上の位なんか貰ったら、面倒くさくなりそうだから断った。下手に高い身分で雁字搦めにされるより、金持ちの冒険者の方が楽しそうだしな。

 そんなことを正直に言える訳もなく、互いに利益があるようにそんな言葉を告げると、王もどこか納得したように頷いていた。

「ふむ。そうか……本人がそれを望むのならば、良いか。それなら、せめて褒美は弾ませてもらうぞ」

「ありがたき幸せです」

 こうして、俺はイリスの護衛は無事完了して、ワルド王国との戦争までも止めることに成功したのだった。

 そして、未然に戦争を防いだ『恐怖の道化師』の伝説は、すぐに広まることになり、今に至る。

「いつの間にか、道化師が恐怖の象徴みたいになってしまった」

「でも、そのおかげで、ミノラルはしばらく安泰だと思いますよ?」

 俺の隣で小さく笑みを浮かべながら、リリはそんな言葉を口にしていた。

 噂というものは尾びれ背びれが付くもの。今でさえ、隣国が恐れてひれ伏すくらいのこの噂が、他国に伝わったらどうなるのか。

 多分、下手にミノラルを刺激しようという国はしばらく出てこないだろうな。

「まぁ、結果的に人々を笑顔にしたということで」

 道化師が戦争を防ぐ抑止力になっているというのなら、それも悪くないだろう。

イリスどころか、この街の人々をしばらく守っていけると考えると、今回の結果もそこまで悪くはないんじゃないかと思った。

「うわあぁぁぁん! 道化師怖いよ~!!」

「「……」」

 こうして、泣き叫ぶ幼女の声を聞きながら、俺たちのイリスの護衛の依頼は無事に終わりを迎えたのだった。

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