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1話 3年の春


  ふあぁと情けない声を上げて、柊 燈矢は椅子にもたれたまま大きく伸びをする。
 現代文の授業とは、なんとも退屈で、眠気を誘うものだろうか。
 特に昼飯の直後、5限目の授業で現代文など、睡眠を促すために用意された罠ではないか。
 などと理不尽な文句を言いながら、帰宅準備を始めようとカバンに手を伸ばす。

  私立鳳凰学園。
 そこの3年になって一月余り。クラス替えこそあったものの、2年も通った学校。
 殆どが顔見知りだったり、友達だったりするので、クラス替えがあってもさほど目新しさは
 感じない。
 実際クラス替えによって、初めて見た人物など、数名…いや2・3人しか居ないなと
 燈矢は思った。
 
「何だ、燈矢。もう帰るのか。」
 帰り支度を整えて、鞄を手に席を立った燈矢の背後から男子生徒が声をかける。
 微かに額にかかる髪を、綺麗にセンターで左右に流している、メガネを掛けたその生徒は
 自分も今から帰るという様子だった。
「おー、康介か。そうだよ駅前をぶらっとしてから帰る。」
 燈矢が面倒くさそうに返すと、康介と呼ばれた生徒は怪訝そうな顔で返す。
「お前部活は?」
 康介。鈎坂 康介。1年からずっと同じクラスだった燈矢の友達。
 燈矢は親友だと言い張っているが、康介の方はそれを頑なに否定している。
 いわく、そんな重い関係は面倒だ、とのこと。
「顧問の都合で休みだ。」
 面白くもなさそうに燈矢。続けてお前も一緒に遊びに行くかと康介を誘う。
「ん…。パス1。今日はクランメンバーと限定フィールド攻略したいしな。」
「またゲームかよ、たまには外で遊ぼうぜ。カビがはえるぞ。」
 予想通りの康介の返答に、からかうように燈矢が返す。
「おまえも、あんまり遊び呆けていると、長瀬に刺されるぞ。」
 明らかにからかいの色が見える皮肉な笑みを浮かべて康介が言った瞬間に見計らっていたかのように
 女子の声が燈矢の名を呼んだ。

 「あぁ、燈矢くん帰ろうとしてた。酷いよ、部活がない日に買い物お付き合ってって言ってたよね。」
 少し頬を膨らませた少女が、教室の入口から燈矢に向かって近づいてくる。
 少女の名は、長瀬 彩。燈矢の幼なじみで小中高と同じ学校に通っている。燈矢の身の回りの世話や
 色々とフォローに尽力しているため、一部の生徒からは恋人だの、夫婦だのと噂されていたりする。
 現に康介も、恋人扱いをして燈矢をからかったりしている。顔を真赤にして否定する二人を見るのが
 面白いというのがその主たる原因ではあるが。
 
 「あ、あぁ。彩じゃんか、どうしたどうした。」
 明らかに動揺した声で、燈矢が少女に応える。
 「私、先週から、ずっと言ってるよね?部活のない日でいいから買い物に付き合ってって。」
 彩は燈矢のすぐ目の前まで、あ歩み寄ると、少し状態を燈矢に向かって傾けて、右手で燈矢を指差し
 ジト目になりながら言う。
「え、えーっと、何で彩が俺の部活の都合を知っているの、カナ。」
 嫌な汗が背中を流れるのを感じながら、燈矢が問う。
「沙奈恵から聞いたの。沙奈恵も同じ吹奏楽部でしょ。」
 しまったなと、燈矢は舌打ちする。同じ部活の生徒の顔が頭をよぎる。
 そういえば石神は彩と同じクラスだったなと思い出す。
「彩の買い物って、長いんだよ。だからついついな。」
 何がついついなのかは分からないが、燈矢はそう言って逃げ出そうとする
 燈矢のその手を彩はしっかりと捕まえていた。
「何処に行こうとしてるのかなぁ。燈矢の行動パターンは把握済みだけど。」
 目だけ笑っていない笑顔を浮かべて彩が言う。
「ご愁傷さま、お前の負けだ、燈矢。夫婦仲良く買い出しいってらー。」
 二人のいつもの掛け合いに、笑いをこらえきれず、ゲラゲラ笑いながら康介。
「ちくしょー、康介。覚えてろよー。」
 何を覚えていろなのか分からない叫びを上げ、やや強引に彩に連れて行かれる燈矢
 そんな二人の姿を見送りながら、やれやれと肩をすくめる康介であった。
 

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