バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第117話 オラルの温泉街

「ふわぁぁ……」

 無事に魚釣りを終えた俺たちは、残りの目的を果たすためにとある場所にやってきていた。

 活火山があるオラルでの観光地。天然の温泉である。

 本来は、すぐにでも温泉に向かいたかったが、間に修行を挟んだことで予定が一週間ほどズレてしまった。

 しかし、本来もっと時間をかけようと思っていた海魚の採取を一日で終わらせることができたので、実質的には数日ズレた程度だろ。

 とはいっても、そんな予定のズレなんて気にならないくらい、得られたものもあったしな。

まさか、S級冒険者に修行に着けてもらえるとは思わなかった。多分、今回の旅の一番の報酬はそれだろうな。

 オラルの屋敷から少し馬車で走ると、案外すぐに温泉街に着くことができた。

 そこはちょっとした観光地になっており、温泉街の周りは結構栄えていた。旅館もあるらしいいので、そこで数日過ごすのもいいかと思ったのだが、屋敷まで遠くはないので日帰りで温泉だけ浸かって帰ることにした。

「くぅん」

 俺のすぐ隣では、桶に浮かぶポチが心地よさそうに目を閉じていた。

 ここの温泉街は使い魔も一緒に入ってよい所が多いらしく、ポチが一緒に入っていても特に注目を集めるようなことはなかった。

 まぁ、誰もこんな小型犬みたいなのが、フェンリルだとは思わないのだろう。

「はぁ……身に染みるなぁ」

 修行明けのおかげか、温泉の効能が良いのか、お湯は身に染み渡るほど心地よかった。

 天然の温泉なのに匂いがきつくなく、柔らかいお湯が全身を包んでくれている。

 熱すぎない温度は長湯に向いていて、ゆっくりと体の芯まで温められているようだった。

 そして、露天にあるその温泉から海が見えるということもあり、十分に和むことができた。

 このまま温泉に浸かっていると、本格的に寝てしまいそうだ。

 ちらりと桶の中で転寝をしているポチを見ると、疲れが溜まっていたことは一目瞭然だった。

 日々俺の強さに合わせてもらってクエストをこなして、その疲れた体で一週間山籠もりしたのだから、疲れもするだろう。

 そして、多分リリも同じなのだと思う。

 リリもポチも弱音を吐かないでついてきてくれる力強い仲間なのだなと思うと、自然と俺はその頭を撫でていた。

 心地よさそうに撫でられた後、ポチは本格的に寝落ちをして温泉のお湯を少し飲んでから、飛び起きていた。

 その様子を見て、やはり強くなってもポチはポチなのだなと笑みが零れてしまった。



「そういえば、リリとサラさんはずっと女湯にいたんですか?」

 温泉を十分堪能した帰り道。馬車で俺の正面に座っているリリとサラにそんなことを尋ねると、二人は小首を傾げていた。

 二人で顔を見合わせた後、リリは頭にクエスチョンマークを浮かべるようにして小さく口を開いた。

「どういう意味です?」

「いや、混浴とかもあったから行ったのかなって」

 今日行った温泉には男用と女用の他に、混浴があった。

 正直、混浴というワードに心惹かれなかったと言えば嘘になる。しかし、混浴で二人に出会ってしまった場合、どんな顔をすればいいのか分からなかったので、行けずにいたのだった。

 もしかしたら、リリあたりは混浴で俺のことを待っていたんじゃないかと思って聞いてみたのだが、俺の言葉を聞いてリリは小さく膨れていた。

「いきませんよ。アイクさん以外に裸を見せるほど、私痴女じゃないですから」

「あっ、アイク様とリリ様って、そういう関係だったんですね」

「裸見たことなんてないだろ。あと、サラさんが本気にするから、やめてくれ」

 少し不貞腐れたようなリリの言葉を受けて、サラは驚くように口元を両手で隠した後、興味ありげにこちらに視線を向けてきた。

 女の子は恋バナが好きだと聞いたことはあるが、こんなにも食いつきがいいのだろうか? 
サラさんって、もっとおしとやかな感じの人なのかと思っていたのだが。

 訂正を求めるようにリリの方に視線を受けると、こちらに横顔を向けているリリの姿に、俺は微かに見入ってしまっていた。

 濡れた銀色の髪が揺れていて、そこに妙な色っぽさのような物を感じた。何気なしにどこかに向けている視線が儚げに見えて、いつもとのギャップに魅入っていたのだろう。

 一週間の修業の中で、精神的にも何か変わった部分があるのだろうか?

 そうはいっても、俺がその部分を聞くわけにもいかない。あくまで、俺はリリとポチが修行に言っていたことを知らないという体なのだから、聞くとしても言葉は選ばなければならないだろう。

「えっと……なんか今日のリリは、少し大人っぽいな」

「あ、アイクさん?! その、今はサラさんもポチもいるので、その……」

 何を勘違いしたのか、リリは顔をポンと赤くさせると口元をきゅっと閉じて、こちらに意味ありげな視線を向けていた。

 何か勘違いをしている。主に勘違いしかされていない。

「す、すみません、私、お邪魔でしたよね! ポチ様、こちらに来て一緒に目を閉じていましょう。耳もしっかり塞いでおくので、気になさらないでくださいね」

「いや、違いますから! そんなんじゃないんですよ。今のは言葉の綾というかなんというかって感じで、普段はこんな感じじゃないんですって」

 色々と早とちりをしているサラは何を考えたのか、それを聞くこと自体がセクハラになので上手く聞くことはできなかったが、俺はその誤解を解くことに奮闘することになったのだった。

 そして誤解を解いて無事屋敷に着くと、俺たちの屋敷の前に誰かが立っているのが見えた。

 何だろうかと目を凝らして見ると、俺たちに気づいたようで、その人物はこちらに向かって走ってきた。

 その様子は遠目でも分かるくらい、切羽詰まっていることだけは分かった。

 ……なんか、あまり良い予感がしないよな。

 どうやら、俺たちの旅行はまだこれだけでは終われないようだった。

しおり