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男同士の膝枕があっても良いじゃない


 アンナと仲良く体育を、受けられると思ったが……。
 俺の考えが甘かった。

 彼女は今、女子として高校に通っている。
 ということは、当然みんなから、ひとりの女性として扱われるのだ。

 今日は珍しく、武道館を利用することが許された。
 広々と運動が出来ると知った宗像先生は、男女別々になって、バレーボールの試合を行うと発表した。

 俺たちは黙って従うしかない。
 最初こそ、仲良く並んで立っていたが……。
 アンナも寂しそうに「じゃあ、またね」と女子のコートへ去っていく。

 彼女を見かけたここあが、声をかける。
「ねぇ、あーしたちと組もうよ。絶対勝てるから♪」
 以前会った時、その正体を疑われたので、アンナはたじろいでしまう。
「べ、別に組まなくても……ひとりでやれるよ?」
 そんな言い訳が、通用するわけもなく。
「な~に、言ってんの♪ バレーは一人じゃ無理っしょ。それにね、オタッキーからアンナちゃんのことを、守るように頼まれてんの♪」
「タッくんが!?」

 さすが、ここあだ。
 これなら、彼女の警戒心を解ける。

「だから、二人でオタッキーに頑張ってるところを見せてあげようよ♪」
「うん☆ ありがとう、ここあちゃん☆」

 どうやら、仲良くやれそうだな。

  ※

 男子もそれぞれグループを作って、早速試合をすることに。
 やる気のない俺は、日田兄弟の片割れに混ぜてもらった。

 相手チームには、やる気満々のリキがいる。
 それを見てすぐに負けると思った。
 こちらは、陰気な真面目グループだし……。

 体育の時だけ、超やる気が出るヤンキーたちに勝てるわけがない。
 さっさと負けて終わらせよう。

 そう思っていたが。
 どうしても、隣りのコートが気になる……。

「えいっ!」

 フリフリのミニスカートを履いた女の子とは思えない、豪速球が相手コートに投げ込まれる。
 対戦していた女子生徒が、恐怖から固まってしまうほどの。

 だが、それより心配なのは……。
 彼女のファッションだ。

 ジャンプする度に、見せパンとはいえ。
 白いフリルがひらひらと、目立ってしょうがない。

 武道館の隅で筋トレをしていた、全日制コースの男子生徒たちから歓声があがる。

「見ろよ、あのハーフ。パンツ丸見えだぜ」
「マジかよ……可愛いじゃん。あんな子、一ツ橋にいたっけ?」
「とりあえず、ローアングルで撮影してきます」

 最後のふざんけんな。
 撮るにしても、ちゃんと顔も撮ってやれ。
 俺なら、そうする。

 
 試合そっちのけで、アンナばかり眺めていたら。
 隣りに立っていた日田が、叫び声を上げる。

「新宮殿! 危ないでござる!」
「へ?」

 視線を正面に戻すと、目の前にはぐるんぐるん回転しているバレーボールがあった。
 避けようと思った時は、すでに遅く。
 顔面に直撃した俺はそのまま、床に倒れてしまった。

  ※

「大丈夫? タッくん、ねぇ。起きてよ!」

 誰かが、俺を呼んでいる。
 頬にぷにんと、柔らかい感触が伝わってくる。
 これは、太ももか?
 つまり膝枕をしてくれている……アンナに違いない。

 瞼をパチッと開くと、そこにいたのは。

「おう! 起きたじゃねーか、タクオ!」
「……」

 スキンヘッドの老け顔。リキくんでした。
 なんで、こいつが膝枕をしてんだよ!

 一刻も早く離れたかったので、身体を起こそうとしたが。
 リキに止められる。

「おい! かなり鼻血も出てたし、まだ寝とけよ!」
「わ、わかった……」

 仕方なく、リキ先輩の膝で休むことにした。

 武道館の隅で、男二人が仲良く膝枕。
 非常に誤解されやすい風景だが……。
 リキは気にする様子もなく、女子のコートで活躍するアンナを見て笑っていた。

「良かったな、タクオ」
「え? なんのことだ?」
「アンナちゃんだよ。お前、ミハイルがいなくなって、元気なかったじゃん。でもあの子が代わりに入ってくれかたら。これからも、タクオは学校に来られるだろ?」
「そ、それは……」
「俺が言うのもなんだけどさ……二人とも好き同士なんだろ? 付き合ったらどうだ?」
「いやぁ……」

 返す言葉が見つからなかった。
 リキに悪意はない。
 彼は女の子として、アンナを見ている。
 元となるミハイルのことを知らないから、言えることだ。

 でも、仮に俺がその選択肢から選んだとして。
 本当に彼女……いや、彼は受け入れてくれるのだろうか?

  ※

 結局、体育の授業は2時間ずっと、リキの膝の上で休んでいた。
 鼻血も止まらなかったし。
 まあアンナが楽しそうに、バレーボールをしていたから、良かったか。

 着替えを済ませ、校舎に戻る。
 帰りのホームルームが始まる前、隣りに座っていたアンナが声をかけてきた。

「タッくん。大丈夫だった? なんかリキくんのボールが当たったって聞いたけど」
「ああ……問題ない。ちゃんとリキが、休ませてくれたからな」
「ごめんねぇ~ アンナ、試合に夢中で……」
「気にするな。俺がよそ見をしていたせいだ。誰が悪いわけでもない」

 試合中にあなたのパンチラが、気になっていたとは言えんからな。

「そっか。あのね、ホームルームが終わったら一緒に帰ろうよ☆ 二人で☆」
「え……?」
 当たり前のように言われたので、驚いてしまう。
「もしかして、アンナと一緒は嫌かな?」
「そんなことないぞ! 嬉しいさ。帰ろう、二人で!」
「フフッ、嬉しい☆」

 そうか。今日から女の子と一緒に帰るんだ。
 夢にまで見たシチュエーション。
 学校帰りに、可愛い彼女と制服デート。
 あ、うちの高校は私服だ……。

 それでも、男なら誰しもステータスを感じて良い場面だろう。
 こんな金髪のハーフ美少女から、誘われるなんてさ。

 でも……なんで、こんなに寂しいんだ?
 アンナによって埋められた胸の穴が、徐々に広がっていく気がする。
 心臓に針が刺さっているような……痛みを感じる。

 帰りのホームルームを終えると、アンナが言った通り、二人で仲良く駅まで歩く。
 彼女は終始、ご機嫌だった。

「次のスクリーングが楽しみだなぁ☆ 今度はお洋服、何にしよう? 私服だから、選べるのが良いよね☆」
「まあな……」
「あ、そうだ。明日、タッくん家へご飯を持っていくね☆」
「え?」
「約束したでしょ? これからタッくんが食べられるまで、ずっとアンナがご飯を作るって☆」
 とウインクしてみせる。

 非常に嬉しい提案だったが、どうしても俺には……気になることがある。
 それは、アイツがいつ帰ってくるかだ。

「あ、アンナ……その引っ越したんだろ? ミハイルは……」
「うん。なんかやりたいことがあるらしくて。遠くへ行っちゃったの」
「そうか。あいつ……ミハイルは、いつ帰って来るのか、分かるか?」

 俺の質問に、彼女はとても困っていた。
 だって、本人は目の前にいるのだから……。

「え、えっとね……かなり遠いから、なかなか帰って来られないと思うよ? たぶん1年……ひょっとしたら、2年ぐらい戻ってこないかも」
「2年!? そんなにか?」
「多分、だけどね……」

 引きつった笑顔のアンナを見ていて、辛くなる。

 1年以上、戻らないということは……自分を消す覚悟でアンナに変身したのか。
 もう二度と一緒に、学校へ通うことは無いのか?
 これも、俺のせいなんだな……ミハイル。

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