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(23)損な役回り

 何日も続いた収穫祭も無事終了し、その間城下のあちこちを視察の名目で探りまくっていたヴォール男爵一行は、内心はどうあれカイルが歓待してくれたことに対して礼を述べ、カルスタへ引き上げて行った。彼らが城門をくぐって出て行った瞬間、これまで散々神経をすり減らしつつ、失礼に感じさせない程度に監視を続けていた面々は、揃って快哉を叫ぶ。その中の一人であるロベルトは、早速その日の夕刻、アスランを誘って城下に飲みに出かけた。 

「ぐぁあぁぁぁっ!! あの上から下まで揃いも揃って、ムカつく野郎どもがぁぁぁっ!! もう二度と来んじゃねえぞ!!」
 頼んだ一杯目の酒を勢いよく飲み干してから、ロベルトは憤然として叫んだ。それを見てアスランは通りかかった給仕にお代わりを頼んでから、淡々と声をかける。

「叫びたくなる気持ちは良く分かるし、あのろくでなし連中が滞在中、一度も暴れたり暴言を吐かなかったのは褒めてやる。良くやった」
「全然褒められている気がしないんだがな!?」
「お前にしては良くやったと、本当に褒めているぞ? いつお前が爆発するか不安だから代わってくれと、後半は俺が対応していた時が多かったからな」
 その口調に、若干の皮肉が含まれているのを感じ取ったロベルトは、居心地悪そうに弁解した。

「いや、まあ……、それは確かに悪かったと思ってるぞ。だがお前は、あの嘘くさい笑顔が標準仕様だからな。連中の相手も俺ほど苦痛ではなかったと思うし」
「嘘くさい笑顔で悪かったな」
「悪いとは言ってないだろ!?」
「連中が行列を作って帰って行くのと入れ違ったけど、やっぱり相当嗅ぎまわっていったとみえるわね」
「え?」
 話が変な方向に流れかけてロベルトが内心で慌てていると、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。反射的にロベルトが顔を向けると、そこに立っていた三人組を認める。

「シーラ。お前達、帰って来てたのか」
「今から城に行くと担当の人に夕食の手間をかけさせそうだから、何か食べてから戻ろうと思っていたところよ。席は空いているわよね?」
「ああ、座っていいぞ」
 そこでシーラ達は二人のテーブルに落ちつき、手早く注文を済ませた。そして当たり障りのない世間話をしているうちに、まず飲み物が運ばれてくる。シーラがそれを一口飲んだタイミングで、アスランが短く尋ねてきた。

「ご苦労だったな。それで首尾は?」
 その問いに、エディとリーンは一瞬顔を強張らせたが、シーラは平然と答える。

「調べるだけ調べて、できるだけ手は打ってきました。使わないに越したことはない手ですが」
「……そうか」
 小さく頷いたアスランが難しい顔で再び飲み始め、その場に微妙な沈黙が満ちた。するとシーラが、独り言のように呟く。

「サーディン様に残しておくのは二百で良いと言いましたが、もう少し減らしても良いかもしれませんね……」
 それを耳にしたロベルトが、声を潜めて問い質してきた。

「それは……、ここの城を守るには二百以下でも良いという意味か、二百以下にして国境沿いにできるだけ動員した方が良いという意味のどちらだ?」
「後の方よ」
「ほぅ? お前達。一体、カルスタで何を見聞きしてきた?」
「…………」
 恫喝するようなロベルトの睨みに、エディとリーンは無言で視線を逸らし、シーラはそれを物ともせず無言で飲み続けた。そこでアスランが、溜め息まじりに会話に加わる。

「まあ、面白くない事は確かだろうな。だが彼女達は、俺達より先にカイル様やサーディン様に報告して、判断を仰ぐ必要がある。どうしてもこの場で問い質さないといけない理由はないし、至急の用件だったらこんな所で食事をしてから城に行くはずもあるまい」
 その冷静な物言いにカチンときたロベルトは、アスランに食ってかかった。

「お前のそういうすました物言いが、時々ものすごく癪に障るんだがな?」
「いい加減慣れろ」
「自分の性格と行動を改める気は皆無かよ!?」
 するとここでエディが、僅かに顔色を悪くしながら告げる。

「ロベルト。今回は本格的に拙いかもしれない。クレート伯爵の独断ではなく、背後にエンバスタ国王がいて、国王直轄の騎士団が派遣されてくるらしい。伯爵麾下の人数に比べたら、その人数がかなり少ないのが幸いだが」
「何だと!?」
「それに伴い、糧食の手配と運搬も国王側が請け負っているとか。長期戦になったら勝負になりません」
「そんな情報をどこで仕入れた」
 エディに続いてリーンが口にした内容に、ロベルトは顔色を変えて詰め寄った。するとシーラが淡々と答える。

「カルスタの城に出入りしている人間に、ちょっと探りを入れたの。実際に戦の準備をしているエンバスタ国のムスタだったらもっと慎重に情報統制をしていると思うけど、こっちは半ば他人事ですからね。思ったより、口が軽くて緩かったわ」
「いや、幾ら警戒心が薄かったと言っても……。ああ、そうか」
「そういう事」
 シーラの他人の意識や記憶を操作する加護と、リーンの離れた場所にいる人物の声を聞き分ける加護を効率的に行使すれば可能だと悟ったロベルトは、それ以上余計なことは口にしなかった。するとリーンが、アスランに向き直って懇願してくる。

「ここでアスランさんに会って良かったです。実は、お願いしたい事があります」
「俺に?」
 意外そうな顔になって応じたアスランに、リーンはそのまま説明を始めた。

「カイル様はこれまで、実際に戦闘の指揮を取った経験がありません」
「それがどうした」
「実際にエンバスタ側と紛争が勃発するとなったら、まず被害が出るのは国境沿いで街道筋のペロール村とジェルトム村だと思います」
「妥当な判断だな。それで?」
「カイル様が、何の非も無い領民に被害を出すのを、黙って見ていられるとお思いでしょうか?」
「…………」
 真摯に訴えられたアスランは、渋面になって口を閉ざした。他の面々も言わんとすることが分かったため、無言で事の成り行きを見守る。

「そこら辺は、改めて何も言わなくてもカイル様は理解されているとは思いますが、事が起こる前に、一度きちんと面と向かって意見しておいていただきたいんです」
「俺からか?」
「他に誰がいるんですか」
 心底嫌そうに問い返したアスランだったが、リーンから真顔で問い返され、重い溜め息を吐いて了承した。

「……分かった。任せておけ。きちんと言い聞かせておく」
「よろしくお願いします」
 心根の優しい主君を思い、他の四人はアスランに向かって揃って頭を下げたのだった。



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