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(20)筒抜けの悪事

「それではヴォール男爵様、伯爵様の仕事に区切りがついた時点で応接室にご案内しますので、暫しお寛ぎください」
「ああ、分かった。よろしく頼む」
 客人用の、広い居間と寝室の続き間に案内されたケーニスは、案内役の者に愛想笑いで応じた。しかし彼が一礼して部屋から退出すると同時にケーニスはその笑みを綺麗に消し去り、同行してきた側近に向かって悪態を吐く。

「以前王宮で見かけた時、加護持ちのくせになんて見栄えのしないガキだと思っていたが、まだ王子だったことでマシに見えていたんだな。伯爵風情に落ちぶれたら益々貧相になっていて、さっきは笑うのを堪えるのが大変だったぞ」
「男爵様。間違ってもそのような事は」
「貴様は私が、相手に面と向かって口にするような馬鹿だと思ているのか?」
「滅相もございません」
 さすがに貧相呼ばわりした城主の城に滞在中の台詞ではないと意見しようとしたものの、ケーニスに忌々しげに睨みつけられ、側近はそれ以上余計なことは言わずに頭を下げた。

「わざわざ出向いて来たのだから、クレート伯爵に頼まれたことくらいはきちんと調べてやるさ。恩を売っておけば、領地の分割交渉時に有利だからな」
 そんなろくでもない事を平然と言ってのける主君に何とも言えない不安を感じながら、彼は以前から考えていた懸念を口にしてみた。

「ですが……、本当に大丈夫でしょうか? フェロール伯爵領に攻め込んできたクレート伯爵が伯爵領全域を手中に収めた後、こちらの領地にまで攻め込んで来る可能性もあるのでは? 連中はフェロール伯爵領を分割するだけで、おとなしく引き上げるでしょうか?」
 しかしケーニスは、そんな不安をつまらなそうに一蹴する。

「地の利がない所で、急に攻め込むのは困難だろう。それにフェロール伯爵領がエンバスタ国から侵攻を受けたと王都に知らせれば、王都から形だけでも周辺領地から援軍を出すよう要請が出る。大事になるはずがない」
「はぁ……、そうでございますね」
「全く、こんな辺境に追い払われた加護詐欺王子のくせに、幸運に恵まれやがって。この際、あいつの持っているものを、俺が根こそぎ奪ってやるぞ。……ああ、王子ではなくて、元王子だったな」
 カイルを見下した挙句に馬鹿にした笑い声を上げるケーニスを、彼の家臣はその顔に愛想笑いを受かべながらも一抹の不安を覚えていた。 




 室内には自分達だけであり、念のために廊下にも随行してきた騎士達を護衛に配置していることから、ケーニスは室内の会話が盗み聞きなどされないと確信していた。それ故に遠慮のないことを放言していたのだが、この城内に限っては内密な話などできる筈がなかった。

「ダニエル。リーンの代理、ご苦労。どうだ?」
 ケーニス達に用意された棟の、彼らとは異なる階層の一室で、少し前からダニエルが待機していた。ケーニスと別れたカイルがその部屋に入り、彼に声をかける。するとダニエルは苦笑いしながら、カイルに視線を向けた。

「少し前から、リーンの加護を行使する訓練をしておいて正解でした。最初の頃はありとあらゆる人の声が聞こえて、処理できなくて酷い目にあいましたからね。今ではきちんと対象者の声だけ聞き分けられます」
「それで?」
 カイルはこの部屋に入る少し前から、リーンが持つ離れた場所の物音や話し声が聞き分けられる加護がダニエルに行使できるよう念じていた。それは的確に作用していたらしく、ダニエルが呆れ顔で成果を口にする。

「予想通り、しっかりクレート伯爵と繋がっていました。それにあの男爵様は顔に似合わず随分と夢想家で、妄想の沼に片足どころか首まで浸かっている様子ですね」
「当たって欲しくない予感に限って当たるものだな」
 ダニエルが簡潔な報告と辛辣な感想を繰り出し、懸念が肯定されてしまったカイルは憂鬱そうに溜め息を吐いた。

「それから城内外の様子の他に、この領がカイル様がいらした後に裕福になったのを妬んでいるようですね。この機会に、その秘密も探る腹積もりだそうです」
「それは予想の範囲内だからな。皆には迷惑をかけるが表向き丁重にもてなして、適当にあしらって早々にお引き取り願おう」
「そうですね。招かざる客人の対応は王宮にいた頃にも色々ありましたから、私達だったらそこら辺は慣れています。ですが実直な騎士団の人達が、ストレスを溜めないかが心配です」
「それは私も同感だ。特にロベルトあたりが」
「本当ですよね……」
 そこでダニエルは素早く手元の紙にペンを走らせ、箇条書きにしたものをカイルに手渡した。

「それで、今まで連中の聞き取った内容で、判明している今後の計画と予定がこれです」
 それにざっと目を通したカイルは、真顔で頷く。

「なるほど……。頭に入れておこう。早速男爵は、私相手に一働きする予定みたいだな。勤勉なことだ」
「もっとまともな方向で、勤勉でいて欲しいですね。他国へ横流しする情報の収集に血道を上げるなんて。かといって、内通の証拠を掴んでいるわけではないし、陛下に訴えても男爵から言いがかりだと言われるのがオチですし」
「こんな加護で盗み聞きしたなどと言ったら、余計に騒ぎになるしな。それ以上に陛下が、こんな辺境の小競り合いなどに興味を示す筈もないさ」
「本当にろくでもないな……」
 そこでカイルはダニエルにケーニス達の会話の聞き取りを止めさせ、二人でその部屋を出て行った。







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