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(16)新たな加護の披露

 収穫祭が間近に迫る他、国境付近での不穏な動きもあって落ち着かない気分のまま過ごしていたカイルは、ある日、会議室に主立った武官文官を集めた。

「皆、集まって貰ったのは他でもない。収穫祭の時期に合わせてトルファンを訪問したいと、ヴォール男爵から申し入れがあった」
 開口一番のカイルの台詞に、寝耳に水だった面々は怪訝な顔を見合わせる。

「はぁ? ヴォール男爵ですか?」
「カイル様がトルファンに入って一年半以上の間、まともに交流をしてこなかったのに」
「何をしに来るんですか?」
「第一、向こうでも収穫祭とかの時期ではないんですか?」
「先方の都合は知らないが、取り敢えず断る口実もない。それで取り敢えず、了承の返事をしておいた。各自、それに伴う準備や対応をよろしく頼む」
 全くと良いほど付き合いがない隣領の領主が何をしに来るのかといぶかった面々だったが、カイルが軽く頭を下げたのをみて揃って頷く。

「それはまあ……、確かに断る理由はないでしょうが……」
「よろしく頼むと言われても……」
「まあ、多少面倒ごとが増える程度でしょう」
「そうですね。宿泊や歓迎の晩餐の準備と、祭り見物に出歩く場合の護衛に人手を割くくらいですかね」
「それくらいで済むでしょうか……」
 武官側の末席に座っていたエディが、独り言のように呟く。それを耳にしたロベルトが、彼に視線を向けながら尋ねた。

「エディ? お前、何か気になる事でもあるのか?」
「このひと月ほどカルスタに出向いていたんだが、情報収集をしていて時折不審な人物が出入りしているのを確認した。服装や装備から考えて、明らかにヴォール男爵の家臣ではない、客人扱い。しかし身元を示す物は明らかにしていない。真っ当な家臣や騎士ならありえない」
 そこまで聞いたロベルトは、僅かに表情を険しくしながら問いを重ねる。

「つまり? 正式な使者や伝令なら保持していたり目立つところに掲示、携帯している主家の家紋や所属の騎士団章を、わざと外したりしまい込んでいる連中らしいって事か? 単なる傭兵が出入りしているという事でもなく?」
「ああ」
「そうか……」
 エディの報告についてロベルトが考え込み、室内に沈黙が満ちる。するとここで、文官側の末席にいたディロスがさりげなく尋ねてきた。

「エディさん。因みに、その人達の中で最も気になる人達ってどんな人ですか?」
 そう問われたエディは、本気で困ったような表情になった。

「う~ん、どんな人と言われても、説明しにくいな。取り立てて特徴のある人間ではないし。凄く気になったのは文官と武官一人ずつ、どちらも年齢は四十代前半から半ば、身長も俺より少し高い位で、顔に目立つほくろとかあざや傷とかもないし……」
「顔は記憶していますか?」
「それはまあ……。人の顔を覚えるのは得意な方だし。また見れば、あの人物だとすぐに分かるよ」
「それなら描いてみてください」
「え? 描くって、その人の絵を」
「はい」
 唐突なディロスの要求に、エディは一瞬呆気に取られてから盛大に首を振った。

「いやいやいや、それは無理だって! 俺はこれまでまともに絵を描いた事なんかないからな!! せいぜい子供の頃に、地面に木の枝で落書きをした程度で!」
「カイル様に任せれば大丈夫ですよ! よろしくお願いします!」
 動揺著しいエディからカイルに視線を向けたディロスは、無茶振りにも程がある要求を繰り出した。

「ディロス? 私もあまり絵は上手くないが……。第一、実際に見てもいない人物の絵など描けないぞ?」
 盛大に顔を引き攣らせながら、カイルは抵抗した。しかしそれを見たディロスが、怪訝な顔になって尋ねる。

「あれ? カイル様は知らないんですか? 歴代の加護保持者の中に《見たままを本物そっくりに描ける加護》の保持者がいた筈ですけど」
「確かに、あのリストにはあったな」
 ディロスの情報をダレンが肯定し、カイルは唖然としながら謝罪する。

「……そんな加護があったのか? すまない、頭に入れていなかった」
「そうと決まれば、ちょっと待っていてください!」
「ディロス?」
 いきなり席を立って部屋を出て行ったディロスを、殆どの者は唖然として見送った。

「なんだ、あいつ」
「まさか今から、絵を描く準備をする気かよ」
「いくらそっくりに描けるからと言っても、画材を準備してかきあげるまでにかなりの時間がかかるだろうが」
「静粛に」
「…………」
 何人かはぶちぶちと文句と非難の声を漏らしていたが、ダレンの一睨みで全員が口を閉じる。しかし大して時間をかけずに、ディロスが必要な物を手にして戻って来た。

「お待たせしました! エディさん、どうぞ!」
 満面の笑みでディロスが差し出した物を見て、エディの目が点になった。目の前の紙は分かるにしても、何やら細い布をグルグルと巻き付けて先端だけ出ている黒い物を指さしながら、問いを発する。

「あの……、ディロス。これって何かな?」
「半年ほど前に、あそこのデルゾン山脈で掘り当てた鉱脈から産出した鉱物です。これまで他の場所でも見つかっていますが、貴金属としての価値は無い上に硬くないどころか脆くて、無用の産物と思われていたんですよね。でもこんな風に細い棒状に削り出せば、立派な携帯筆記具として使えるんですよ。ほら、こんな風に」
 説明と同時に問題の物体を掴み上げたディロスは、手に持ってその先端を紙の上に走らせた。するとその通りに紙に黒線が書き入れられ、筆記具といえばペンとしか認識していない面々が、興味深そうな視線を向ける。

「へえ? これは凄いな。これって黒鉛だろう? 燃えないし砕けやすいし、鉱脈を見つけてもすぐ閉じられるのが常なのに」
「さすが、エディさん。知ってたんだ。じゃあよろしく。あ、カイル様も」
 見聞を広めているエディに感心した目を向けてから、ディロスはカイルに向き直って声をかけた。それでカイルは言われた通り、エディに加護を行使させようとする。

「ええと……。それならエディ。悪いがその紙に、気になった人物の顔を描いて貰って良いかな?」
「はあ……。どこまで見たままを描けるかどうか分かりませんが、試してみます」
(記憶にある、見たままの画像を描き出すことができる加護。それをエディが使えるようにする。エディが以前に見た通り、絵に描くことができる)
 カイルが一心不乱に、エディに付与する加護について考え始めた。対するエディはいかにも自信なさげに黒鉛の棒を手にして絵を描き始めたが、大して描いていない状態で狼狽した声を上げる。

「はぁあぁぁぁっ!? おい、嘘だろ、これっ!!」
「……………」
 この場に居合わせた者は全員、カイルの加護を知らされており、エディに同情する視線を向けながら押し黙っていた。それから少しの間、エディは「そんな馬鹿な⁉︎」とか、「信じられん‼︎」などと一人で騒ぎつつも順調に描き続け、静かに黒鉛の棒を置いた。

「終わりました……」
「ああ、エディ。ご苦労」
「終わりましたが……。これ、俺が描いた絵じゃありません……」
「気持ちは分かる。ゆっくり休んでくれ」
 軽く前方に絵を描いた紙を押しやりながら完成の報告をしたエディは、そのまま机に突っ伏して呻いた。それを見たカイルは、できるだけ優しい口調で彼を労う。
 その間にディロスが席を立ち、エディの席まで来て問題の用紙を見下ろすと、苦々しい口調で告げた。

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