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(13)愚か者の尻ぬぐい

「普通だったらそんな内紛を起こした時点で、その家は取り潰しだな。今までのバルザック帝国皇帝の施政だったら。だが、皇帝が代替わりしたとか病床に臥せったなどの噂も聞かない。そうなると、何か裏があるのか?」
 怖いくらい真剣な面持ちでカイルが尋ねると、エディはどこか疲れたような顔つきで説明を続ける。

「話を聞く限り、あるような気がするんですよね……。そのマイラン伯爵領の住人が、二百人程が集団でリステアード侯爵領に逃げ込んできたんです。村を焼き討ちされたといって、ほとんど身一つで保護を求めてきました」
「それは気の毒な話だが……、国境を越えずに他の帝国内の領地に逃げて、そこの領主に保護を求めては駄目なのか?」
「その自称難民たちが、『リステアード侯爵様が正当なマイラン伯爵家の後継者です。そのお力で不埒な簒奪者達を成敗してください』などと訴えなかったら、本当に気の毒な話なのですがね」
 エディがいかにもうんざりしたような顔つきで語り、それを聞いた途端、カイルは顔色を変え、勢いよく椅子から立ち上がりながら叫んだ。

「なんだって!? どうしてそうなる!?」
「カイル様、お静かに」
「あ、ああ。すまない」
 周囲の視線を集めてしまった事に気づいたカイルは、慌てて椅子に座り直す。周囲の驚いた視線が自分達から外れたのを確認してから、エディは話を続けた。

「国境を挟んでいるとしても、常に睨み合って緊張しているわけではありません。特にバルザック帝国とは表向きは友好を保っておりますし、貿易も盛んです」
「それは確かにそうだろうな」
「現リステアード侯爵の母親が、貿易を通じて交流があった先々代マイラン伯爵の娘である関係で、今現在マイラン伯爵家の後継者だと主張している者達よりリステアード侯爵の方が直系に近いんですよ。それだけ見れば、一応筋が通っていない事もないのですが」
 この間おとなしく話を聞いていたカイルだったが、ここで我慢できずに盛大に反論する。

「それにしても! リステアード侯爵をマイラン伯爵家の後継者と認めたら、バルザック帝国の領土の一部がグレンドル国に併合されることになる。そんな事を、皇帝やその周囲が黙認すると思うか?」
「全く思いませんね。そもそも集落丸々一つの人間達が他国に逃げ込んで来るなんて、おかしくありませんか? そんな内紛を広範囲に広げかねない者達を、見逃すものですかね?」
 眉間にしわを寄せつつ、エディが根本的な疑問を呈した。対するカイルは、愕然とした表情になる。

「まさか老若男女、全員が皇帝の意を受けた工作員……。そこまでやるのか……」
「最悪の場合、そうですね。そこまで手の込んだ事をするかどうかは不明ですし、本当に難民の可能性も捨てきれませんが」
 そこで無言のまま考え込んだカイルだったが、少しして顔を上げつつ話の続きを促す。

「状況は分かった。それで、リステアード領内の様子はどうなんだ?」
「カイル様程度に判断力がおありなら、そんな見え透いた罠に引っ掛かる筈もないのですがね。難民達に救世主扱いされてリステアード侯爵は随分気を良くして、国王陛下に出兵の許可を申請したみたいです。哀れな流民を保護し、本来の生活の場と秩序を取り戻すのが、マイラン伯爵家の血を引く私の役目だと大層悦に入っているとか」
 そんな荒唐無稽な話を聞かされてしまったカイルは、本気で驚愕した。

「馬鹿な! それはどう言いつくろっても、バルザック帝国に対する内政干渉じゃないか!」
「ええ。どう考えても正当化できませんよね。それなのにランドルフ殿下が出しゃばってくる可能性さえ出てきて、宰相閣下が懸命に抑えにかかっている状況らしいです」
「ランドルフが?」
「リステアード侯爵家とマイラン伯爵家の血を引く自分が、不埒な者達をまとめて成敗するそうですよ」
 以前から異母兄の短絡さと思慮の無さを認識していたものの、あまりの事態にカイルは呆れるのを通り越して戦慄した。

「……馬鹿か。王子自ら他国に乗り込んで戦闘に及んだりしたら、下手をすれば一気にバルザック帝国との戦端が開くぞ」
「まだ事態はそこまで切迫してはいませんが、この状況をカイル様に伝えておくようにとの宰相閣下の指示でした。この事には昨夜のうちに、ダレンさんには伝えてあります」
 そこで話に区切りがついたのを察したカイルが、真顔で頷く。

「そうか、良く分かった。場所が場所だし、こちらから率先して動く必要はないだろう。というか目先の事だけで手一杯で、そちらに目を配る余裕はない。とりあえずエディには、当面ヴォール男爵領を探って貰う」
「そうさせて貰います」
(正直、そこまで愚か者だとは思いたくなかったが、親子揃って目先の欲に釣られて、本当に短慮なことをやりかねないからな。本当に、大叔父上には苦労をかける。本音を言えば楽隠居していただきたいが、大叔父上が宰相を辞したらすぐにこの国が立ち行かなくなるのが目に見えているからな)
 今現在、無能な国王に代わって政務の殆どを取り仕切っているルーファスの苦労を思い、カイルは憂鬱な溜め息を吐いたのだった。






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