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(11)視察でのやり取り

 基本的に政務を疎かにせず勤勉に取り組むカイルではあったが、最近の不穏な空気や無言の圧力に辟易し、偶々城に戻って来た者を口実に、城外に視察に出ることにした。意外にもダレンは大して難色を示さず、快く送り出してくれたことに安堵したカイルだったが、思いもかけず巻き込まれてしまった家臣には、城の正門を出た所で改めて頭を下げた。

「エディ。あちこちの内偵から戻ったばかりなのに、つき合わせて悪いな」
「構いませんよ。本当だったらロベルトやアスランとかが護衛に立候補するのが自然ですが、あの二人は城下では顔が知られ過ぎているし、嫌でも目立ってしまいます。カイル様が住人達に、領主が来ていると知られずに視察するには、あの二人を除外するのは当然です」
 普段から国内各地の内偵をしているエディは間違っても周囲から浮くことのない服装や容姿をしており、自分とは対極の存在である、どう考えても内偵には向かない二人の事を思い出しながら苦笑いした。しかしそれを聞いたカイルは出立直前の光景を思い出し、控え目に尋ねてみる。

「……城を出る時に、二人からもの凄く恨みがましい目で見られていなかったか?」
「単なる女々しい男の嫉妬ですよ。気にしていません」
(エディも合流当初はかなり委縮していたみたいだが、今ではすっかり打ち解けて……、というか、図太くなったというか。いや、元々こういう性格だったんだろうな)
 どこ吹く風で、問題の二人の険しい視線を一蹴したエディに、カイルは密かに感心しつつ納得していた。するとエディが、歩きながらこれからの予定について確認を入れる。

「さて、それではまず市場に行ってから護岸工事現場を回って、昼食を済ませてから先月解説した施薬院の状況を見て、夕刻前には戻りましょう」
「一日がかりになるが、よろしく頼む」
「任せてください。休憩を挟みつつ、昼食も抜群の庶民の味を堪能していただきますよ。その代わり、この腕では強盗や暴漢に襲われてもろくな防御ができませんので、案内兼護衛としては言語道断の発言ですが、万が一の場合には自力での対処をお願いします」
 動かすのが不自由な右腕を左手で軽く叩きながら、茶目っ気たっぷりにエディが言い出す。対するカイルは笑い出したいのを堪えながら、大真面目に頷いてみせた。

「ああ、任された。しっかりエディの事も守るから安心してくれ」
「ご領主様自ら護衛していただけるとは、ありがたき幸せ」
(しかし本当に右腕が不自由になっても左手で書くことはできるし、一見生活に不自由はなさそうだな。野盗になって放浪していたのもあって各地の情勢に通じている上に、何か国語か話せる人材は貴重だ)
 そこで二人は楽しげに笑い合ってから、世間話をしつつ城下の街路を歩き始めた。するといつの間にか真剣に考え込んでしまったカイルを心配して、エディが声をかけてくる。

「何か難しい顔をされていますが、俺の顔に何かついていますか? 髭の剃り残しとかが変にあるとか」
 何やら見当違いな心配をさせてしまったらしいのが分かったカイルは、慌てて首を振った。

「いや、そういった事じゃない。エディは右腕が上手く動かせなくなって武器が使えなくなったと聞いたが、日常生活では不自由は無いのかと改めて思っただけだ。頻繁にあちこち旅をしているのだから、酷く不自由しているわけではないと思うが」
「それはまあ……、左手だけでできない事もありますから、それなりに難儀している事はありますが、自然に慣れました。右手で握りこんだり力を入れて押したり引いたりするのはできませんが、物を軽く押さえるだけとか添えるような動作はできますから」
「エディみたいに騎士として働けなくなった者全員に、他で身を立てる方策がすぐに見つかると良いのだが」
 カイルが真顔で考えていた内容を知り、エディが思わず笑みを零す。

「騎士とか傭兵とかは命がけですからね。危険と隣り合わせですから、負傷を避けて通れません。戦闘で受けた傷が原因で、騎士や兵士として働けなくなる人間なんて山ほどいますよ。その全員に対して配慮するのは、到底無理な話です」
「確かにそうなのだがな」
「カイル様は真面目過ぎますね。それが長所でもあり、短所でもあります」
「同じことをダレンにも言われている」
「やはりそうですか」
(だが、そういう方だからこそ、この人を助けたい、この人に仕えてみたいと思う人間が、次々出てくるんだろうな。隣領とはえらい違いだ)
 そんな事をエディがしみじみと考え込んでいると、トルファンに戻って来る途中での、ある事を思い出した。そこで何気なく話題に出してみる。

「ところでカイル様。最近、ヴォール男爵と交流がありますか?」
 唐突に、このトルファンと接している領地を治めている人物の名前が出てきたことで、カイルは本気で困惑した。

「こちらに来て以来、一度も交流らしい交流はない。私と誼《よしみ》を結んでもメリットがないのは確かだし、無視されていても仕方がないんじゃないか?」
「今回こちらに戻る時、ヴォール男爵領を通って来たのですが、城下街のカルスタでなんとなく引っかかる感じがしたんです」
「引っかかる感じとは、具体的には?」
 いつものエディらしくない曖昧な物言いに、カイルは怪訝な表情になりながら尋ね返す。しかし当のエディも、困り顔で応じた。

「う~ん、すみません。本当に違和感というか、直感というか……。それで通過だけのつもりで、まったく調べてはこなかったので」
「だが、エディには気になるんだろう?」
「ええ。本当なら、今現在不穏な気配のあるエンバスタ国境付近に出向いて情報収集をするべきなんですが、城で一休みしたら再度カルタスに出向きたいんです。まだダレンさんには話していませんが」
 その申し出に、カイルは即座に頷く。

「そちらには既に何人か送り込んで内偵させているし、ダレンには私から言っておく。エディの勘は大したものだと、以前ロベルトが言っていた。エディの警告のおかげで獣に遭遇する前に対処ができたり、野盗を確保しようとした騎士達の包囲網を見抜いて逃亡したりもしたんだろう? その勘を切り捨てるのはどうかと思う」
 真顔で断言されたエディは少々気恥ずかしくなりながら、ロベルトに対する悪態を吐く。

「ロベルトの奴……。何をどこまで言ってるんだよ……」
「それだけ頼りにしているという事だから。何事もなければそれで良い。気になる事は、その都度すっきりさせておいた方が良いだろう」
「そうですね。少ししたら時間を貰って行ってきます」
 そうこうしているうちに二人は市場に到着し、通路の両側に立ち並ぶ店の客達の邪魔にならないよう、注意しながら足を進めた。




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