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愛さえあれば、性別なんてね……。


 もうYUIKAちゃんのことでさえ、興味を持てない。
 常に頭の中は、泣き顔のミハイルでいっぱい。
 早くアイツに会いたい……でも会えない。
 俺は、捨てられたから。

「……」

 アニメ化の話を聞いても、全く盛り上がらない俺に、白金はうろたえてしまう。
「ちょ、本当にどうしたんですか? DOセンセイの推しでしょ? 以前は『YUIKAちゃんの犬になりたい』とか、ほざいてたのに……」
「今は別に……」
「おかしいですよ。童貞のくせして、なに格好つけてんですか? 似合わないですよ」
 普段なら、口ゲンカを始めるところだが、そんな元気はない。
「いいよ。なんでも」
「センセイ……」

 落ち込んでいる俺を見て、白金は話題を変えようと必死だ。
 とりあえず原稿を見せて欲しいと言われ、リュックサックからノートパソコンを取り出す。
 デスクの上にパソコンを置いて起動すると、テキストファイルを開く。
 そして、白金にモニターを向けると。
 別に頼んでもないのに、俺が書いた原稿を、声に出して読み上げる。

「……その時、ミハイルは叫んだ。『オレの白うさぎを食べたな! 許さないぞ!』しかし俺も引けない。『ミハイルがおてんてんを見せたから悪いんだ。もうお前の白うさぎしか食べられないんだ!』……って、これ。誰の話ですか?」
 
 ヤベッ。白うさぎばかり食べていたから、作品にまで影響を及ぼしている。
 でも、これ以上偽るのにも、疲れてきた……。
 空腹で頭がしっかり回っていないこともあったが。

「そいつ、ミハイルは……俺のダチで。そして、アンナだ」

 気がついた時には、白金に真実を話していた。
 ちゃんと、相手の目をしっかりと見て……。

「なっ!? み、ミハイルくんって……確か一ツ橋高校の?」
「白金も一回、会ったことがあるだろう。ほら、お前が高校に来て、宗像先生と事務所で“気にヤン”の設定を4人で話し合ったとき」
「あの時の、ハーフの男の子……?」
「そうだ。ミハイルが、女装した姿がアンナだ」

 アンナの正体を聞いた白金は、驚きのあまり口を大きく開き、固まってしまう。

「……」

 数分間の沈黙のあと、ようやく白金の身体が動いた。
 小さな手で拳を作り、デスクを思い切りブッ叩く。

「なんてことをしてくれたんですか! 今や“気にヤン”は、少年たちの間で大人気のラノベであり、マンガなのです!」
 俺の顔面めがけて、大量の唾を吐き出す白金。
 どんどんヒートアップしていく。
 
「前にも言いましたよね!? ラノベの読者は、大半が童貞のティーンエイジャーで。汚れを知らないピュアな少年です! そのヒロインが女装男子でしたとか……かなり偏ったラブコメですよっ! なんでそんな子をメインヒロインにしたんですか?」
 その問いに、俺はまっすぐ答えた。
「一番、可愛かったからだ……」
「可愛かったって……DOセンセイはゲイだったんですか? だとすると、読者の性癖を大きく歪めることになってしまいますよ。それこそ、アンナちゃんというキャラは、既に二次創作まで作られています。使っちゃった編集部の社員はどうなるんですか? ファンがそっち界隈に旅立っちゃいますよ!?」

 人の女で、使うなよ……。
 でも謝っておくか。
 
「悪い……」
「センセイ。私はノンケ向けのラブコメを書いて欲しくて、一ツ橋高校を勧めたんですよ?」
「俺も最初は、そのつもりだったさ……」
 
 ていうか。俺ってゲイとして扱われてる?
 
  ※

 ついにアンナの正体がミハイルであることを、編集の白金にバラしてしまった。
 アニメ化も決まっている人気作品だったので……。
 それを聞いた白金は、顔を真っ赤にして怒っていた。

「もう~! なんで、そんな大事なことを黙っていたんですか!? せめて小説の発売前に、教えてくださいよっ!」
「……言いたくても、言えなかったんだ。俺が可愛いと思った子が、男だなんて」

 ミハイルに絶交された今となっては。こうやって彼のことを、話すことに恥などない。
 むしろ後悔している。
 もっと、俺が素直になれていたら……と。

 白金は首を横に振りながら、ため息をつく。
「はぁ……ま、DOセンセイは恋愛経験が皆無だし。若いから一過性の気持ちもあるでしょう。しかしですね、読者に対して嘘をつくのは、良くないですよ!」
「すまん。今からアンナは、男だと発表すべきか?」
「ダメですっ! 嘘に嘘を重ねるようなものです。こうしましょう……とりあえず、連載が終了するまでは、アンナちゃんはメスってことで♪」
「……本当に、それで良いのか?」
「大丈夫ですよ♪ 読者は童貞ですから、気がつきませんよ♪」
 こいつが一番、読者をバカにしているような……。

「ところで、アンナちゃんが男だと分かった以上。私からDOセンセイに聞きたいことがあります!」
「え?」
「他のヒロイン達ですが……野郎ばかりってことは、ないでしょうね!?」
 これには、俺も唾を吹き出す。

「な、ないに決まっているだろ……アンナだけだ」
「本当ですか? お股をちゃんと確認してます?」
「出来るわけないだろ……」
「怪しいですねぇ。DOセンセイは童貞ですから、ちょっと可愛いければ騙せそうですよ?」
「……」

 なんとも失礼な疑惑を持たれたものだ。

 結局、白金がアンナのことは、今まで通り女という設定で貫けと言うので。
 黙って従うことに。
 またこの事は、二人の間で秘密にしましょうと言われたから……。

 俺は既に何人か、事情を知っている人間がいると答えた。
 妹のかなでと宗像先生。それにミハイルの親友、花鶴 ここあだ。

 そう説明すると、白金は一瞬険しい顔をしたが……。
「じゃあ、その人達まで! しっかり話を留めてください!」
 と久しぶりに業務命令を出してきた。

「了解した」
「お願いしますよ! 私の昇格とボーナスが、かかっているんですから!」
 こいつは金のためなら、何でもするな。
 

 最後に、今の状態を伝える。
 小説を書けなくなった理由を。
 俺がミハイルを抱きしめたことから、始まったケンカ。
 絶交宣言。
 女装したアンナとは、もう取材が困難であること。

「だから俺は、もう小説を。ラブコメを書けなくなってしまったんだ。アンナと取材なんて出来ないし。最近じゃ、食事も取れない有り様だ」
「……DOセンセイ。あの、それって痴話げんかですよね?」
「へ?」
「男同士だから、私にはよくわからないのですが……。とりあえず、今起きている出来事を忘れないうちに、文字にしてください。倦怠期みたいなもんでしょ? あ~、聞いていてイライラするわぁ。早く付き合えよ、クソがっ!」
「……」

 なんか宗像先生と、同じ反応なんだが?
 じゃあ俺は、どうしたら……。

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