29 サライにて/回廊内
「じゃあ、お先に〜」
「おう」
ケントはまた他のキャラバン達と話を始めた。
マナトは回廊内に入った。
等間隔でたいまつが置いてあり、炎が回廊内を照らしていた。マナ石ではなかった。
余計なものは何もない。ただただ、通路、炊事場、トイレ、宿泊スペースの扉、それが突き当たりの角まで続いている。
……気をつけないと、自分達の宿泊スペースを間違えてしまいそうだ。
「ここだな」
マナトは自分達の宿泊スペースにやって来た。
石の壁で仕切られた、3畳ほどの狭い個室に、木の板でつくられたベッドが設置されていて、それが5部屋あった。あともう1部屋があるが、そこは風呂場となっていて、浴槽が設置されていた。
湯船がいい感じに温められている。これはマナトの水壷と、持参した赤いマナ石を利用して沸かせたものだ。
ラクトが準備していてくれた。
一応、どの個室も木の板の開閉扉はあるが、鍵がついてないのであまり意味がない。
……まあ、こんなものだろう。
ちなみに布団や寝袋は持参だった。
マナトは携帯食糧の干し魚を口にモグモグさせながら、ラクダ達から降ろした荷物の中に入っていた寝袋を取り出した。
夜の砂漠は、非常に冷え込む。長旅に寝袋は必須だった。
……まさか、こんな日々を過ごすことになるとはなぁ。
しみじみ、マナトは思った。
でも、今のところ、とても楽しい。
なぜか。
もちろん、水の能力者となって、随所随所で貢献できるというのも、理由の一つとしてあるが……
それ以上に、一緒に過ごす、人だ。
結局のところ、どんな仕事、生活をしていても、人間関係次第なのだと思った。
今の日々だって、見る人が見たら辛いと思うだろう。でも、ミトも、ラクトも、ケントも、キャラバンの村での日々を通し、兄弟のような存在になっていて、それだけ信頼関係を深めた上で、ここに至っている。
そこが、日本にいたときと、大きな違いだった。
ちなみに年齢的には、ケントとマナトは同い年だ。だが、隊長だし、キャラバンの先輩ということもあって、マナトは敬語をつかっていた。
……お風呂、先に入ろうかなぁ。
マナトがベッドの上で横になりながら、若干ウトウトして、眠りがちに考えている時だった。
「キャアァ!!」
外から、若い女の人の叫び声が聞こえた。
「な、なんだ!?」
マナトは飛び起き、宿泊スペースを出た。
すると、隣の宿泊スペースから、ラクトが飛び出してきた。
「ご、ごめんなさい!悪気はなかったんです!……あっ、マナト!」
ラクトはもの凄いスピードで、マナトの後ろに隠れた。
「えっ!?ちょっとラクト!?」
「問答無用!!」
長い黒髪をした女がラクトのすぐ後に続いて出てくるや否や、マナトとラクトを見るといきなり殴り掛かってきた。
――ブヨン。
マナトの顔面スレスレ、水壷から出てきた水がゼリー状になって、女の拳を受け止めた。