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第21話 叶わなかった宴


 その後、日露戦争での功績を認められ、幾度目になるか分からない勲章を、山縣は得た。明治四十年には、公爵位を与えられた。

 山縣は、七十歳となっていた。
 十年間、共に過ごした貞子は、三十八歳になっていた。

 年を経るにつれ、山縣は貞子を見ると、友子の生前の姿を思い起こすようになっていく。貞子が友子の亡くなった年齢に近づくにつれ、喪失した日の事を思い出すのだ。

 しかし、老齢になった山縣にとって、嬉しい事もある。
 貞子の瞳が、日増しに穏やかになっていったのだ。
 いつしか、彼女の闇が晴れていったのを、山縣は感じ取っていた。

 向日葵とは違ったが、次第に貞子の顔も、花がほころぶように変わっていったのである。山縣は貞子を見る時、椿の花を思い出すようになった。その頃には、貞子は、山縣貞子として周囲に認識されていたし、後添えになるかという話も出た。

 だが、貞子本人が断った。
 山縣が今もなお、友子の事を想っていると、既によく知っていたからである。

 山縣閥の統制という責務の上では、日増しに山縣の眉間の皺は深くなっていく。だが、帰宅して貞子のそばに在る時、山縣の瞳は和らいだ。二人の間には、死臭が無い。互が、辛い過去を味わった事はあれど、二人の空間には、穏やかな心の交流のみが、横たわり、通じ合っている。

 職場での山縣、元老としての山縣、新聞が書き立てる山縣――そのいずれとも違う表情で、山縣は貞子の隣に立つ。それは、山縣が新たに掴んだ、満ち足りた幸福なひと時でもあった。

 大磯を訪れて、山縣がそれをお倉に語ったのは、晩秋のある日だった。
 老いてもなお艶やかなお倉を見て、山縣が笑った。

「お前は、妖《あやか》しみたいだな」
「どういう意味です?」

 煙管を吸っているお倉を見て、山縣は吹き出す。

「いつまで経っても若々しくて叶わん」
「嫌ですよ、こんな老女を捕まえて。睦言なら、もっと若い頃に仰って下さいよ」

 富貴楼は閉店したが、お倉の娘や養女達は、吉原に変わり新たに出来た花街の茶屋や、要人の妾として、今も中枢に近い場所で舞っている。遠く離れて隠居していると称しても、お倉のもとには、様々な噂話が変わらず集まるようだった。

「貞子様でしたか? 仲は睦まじいのですか?」
「男女の仲とは言えないが、温かい気持ちになるという意味で、貞子は俺の家族だな」
「山縣様の心に、そのようにするりと入り込めるオナゴがいるというのは、不思議でした。私でも出来なかったのに。それにしても、もう長いお付き合いなのに、男女の仲に無い? 山縣様も本格的に枯れてしまわれたのね」
「友子以外では昂ぶらないんだ。仕方が無い。あの泣かなかった日、お前に頬を張られた富貴楼の夜――俺の男としての時計は、ある側面で、そこで止まった」

 山縣はそう言うと、和装の懐から、銀色の懐中時計を取り出した。若かりし日に買った思い出の時計は、いまだ動き続けている。変化する世相を、山縣と共に眺めている。時を、刻んでいる。

「また、伊藤と三人で飲みたいな」
「呼んでくださいませ」

 この時、山縣は微笑して頷いた。しかし――それは叶わなかった。
 翌年、明治四十二年の夏に、それは起こった。
 電報を手にした時、山縣は目を見開いた。

「伊藤が、暗殺された……?」

 韓国統監府で統監の任に就いていた伊藤が、暗殺されたという一報に、山縣は顔を歪めた。伊藤自身は韓国の併合に反対だったはずだ、なのに何故、そんな想いがまずは過ぎった。しかし涙は零さない。山縣は、泣かなくなって久しい。混乱が生まれた政府を収めるため、山縣は老体に鞭を打つようにして、日々の職務をこなした。

 その際、幾度も伊藤の顔を思い出した。いつも余裕のある顔で笑っていた。

「もっと――話がしたかったな。話をするべきだったな。俺達は、遠く離れたままで、永劫の別れとなってしまったなぁ」

 椿山荘の庭で、小声で山縣は呟いた。すると後ろに立った貞子が、そっと山縣の肩に手で触れる。その温もりに、山縣は久方ぶりに涙腺が緩むのを感じた。

「親しいご友人だと、分かっておりますよ」
「ああ……ああ、そうだな。伊藤は、俺の同志であり、共にこの国を思い、若い頃から一緒で――親友だった。今もその気持ちに代わりはない」

 山縣が伊藤より権勢を増してから、久しかった。山縣の影響力はそれだけ大きくなっている。その中で、伊藤は最早好敵手ではなく、なくてはならない存在というほか無かった。静かに涙ぐんでいる山縣を、貞子がそっと後ろから抱きしめる。そのまま静かに、二人は庭に立っていた。

 訃報は、それだけでは無かった。
 翌年、お倉がこの世を去ったのである。

「最後に一言、話がしたかったなぁ」

 お倉の死を聞いた夜、山縣は手酌で酒盃を満たしながら、諦めたように微苦笑していた。次々と死が訪れるが、その死は子供達を失った時とは違う感覚だった。友子を喪失した時ともまた異なる。

「俺は随分と長生きをしているな」

 病死した先達の事も思い出す。病弱なのは自分の方であるはずだったのだが。
 長い間目を伏せて、山縣は過去を回想した。
 それは、新たな時代が幕を開ける、少し前の事だった。




 ――大正という時代が訪れる頃、明治末期から続く、山縣閥への……山縣への批判は、大きくなっていった。その勢いが増していく。一歩引いたような思考で、山縣はそんな世情を受け止めながら、桂太郎や原敬と対峙した。伊藤の死後、山縣の影響力は揺るがぬものとなり、元老といえば、誰もが山縣を思い出すように変わっていた。元老中の元老と言われる所以だ。

 明治の天皇陛下が崩御された時、山縣は一つの時代の終わりに立ち会った自分を振り返った。元号が明治に変わった頃の事を思い出したりもした。

 山縣は、政党政治を認めるように促してきた、伊藤の声を思い出す事がある。しかし、戦争の実際を知らず、対外強硬派が多い政治家が多く属する政党が、政治に関与する事には、山縣はどうしても賛同できない。血を見る結果になると感じる。

 この日、山縣の家では、すき焼きの鍋が夕食だった。普段は質素を好む山縣だが、貞子が珍しい牛肉を食べたいと語ったからだ。あまりを多くを望まない貞子の希望を、山縣は叶えてやりたくなった。

 次の休みには、二人でオムライスを食べに出かけた事もある。

 普段は和装の貞子だが、山縣が贈ったドレスを華麗に着こなして、馬車から降りた。その姿は、最初に感じた打算同様、非常に絵になっていたが、二人が向かったのは政治的な社交の場ではなく、オムライスの料理店だ。純粋に山縣は、より友子に年が近づき、そして越しつつある貞子を、美しいと感じただけだった。

 大正の世、明治維新直後とは、東京の表情は随分と変化した。
 活動写真を見終えてから、山縣は何とはなしに、貞子の華奢な手を握ってみる。
 貞子は嫌がるでもない。これが、初めて歩きながら手を繋いだ日だった。

「ずっとおそばにいて下さいね」

 山縣の側が感じ、望んでいる事を、同様に貞子はいつも返す。同じ事を考えていると知る度に、山縣の心は温かくなった。春に芽吹く蕾のように、胸の中にポカポカとした幸福感が広がっていくのである。

 ――第一次世界大戦が勃発したのは、それからほどなくしての頃だった。

 原敬とは次第に心が通じ合うようになっていったが、日増しに元老とされる同輩が亡くなっていき、山縣は若かりし頃とは異なる、老獪な視野から、この国を憂うようになっていた。寄る年波には、勝てない。世間は大戦景気に湧いているが、山縣はただ喜んではいられなかった。

 だからこそ、貞子と過ごす合間の僅かなひと時が、心の安定を保つ非常に大切な空間であったのは、間違いない。

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