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生放送は失敗が許されない。


 ひとり拳を作って、苛立ちを露わにしていると、女子アナが俺に話しかけてきた。
 カメラマンと照明つきで。

「あのぉ~ 彼氏さん……ですよねぇ?」
「え、えっと……俺は、その……」
 ヤバい!
 この女子アナのせいで、俺とアンナは、付き合っているという関係になってしまう。
 早く弁解せねば……。

「ち、ちがい……」
 
 素人の俺からすると、カメラを向けられただけで緊張し、まともに喋ることができなくなってしまう。
 それにローカルとはいえ、生放送だ。
 少しでも言葉を間違えれば、俺の今後……人生に関わる問題にもなりかねない。

「え、お二人はカップルさんじゃないんですか? だって、タワーから仲良く出てこられましたし……」
「それは……アンナが誕生日で」
 たくさんの大人に囲まれ、インタビューされるのがここまで、恥ずかしいとは……。
 頬がすごく熱くなっている……。きっと顔が真っ赤なんだと思うと、尚のことダサい。

 俺が言葉に詰まっていると、タマタマくんと遊んでいたアンナが間に入る。
「タッくんとアンナは、真剣に付き合っているカップルさんですよ☆」
「ブーーーッ!」
 目の前のカメラに向かって、大量の唾を吐き出してしまった。
 しかし、撮影しているカメラマンが、驚くことはなく。ジーパンからタオルを取り出して、すぐにレンズを拭き上げる。

「これ、今。生放送なんですよね?」
 勝手に司会を始めるアンナ。
「あ、そうですよ。お天気予報ですけど」
「うわぁ、すごい~☆ タッくんとテレビデビューだぁ☆」
 そんな呑気な……あなたの正体がバレちゃうよ。
「ところで、アンナさんは今日、お誕生日だったんですか?」
「そうなんですぅ☆ タッくんがこのキレイなピアスをくれて、最高の1日になりました☆」
「いいなぁ~ それって、タンザナイトですよね? 私もそんな優しい彼氏が欲しい~」
 なんか女子トークが始まっている。
 天気予報、どこ行ったの?

「あと、アンナの……私の彼って、作家なんです」
「え、小説家さん。なんですか? お若いのに……」
 急に俺を見る目が変わった。
 だが、次の瞬間。女子アナの目つきが変わる。

 アンナが良かれと思って、言ってくれたのだと思うが。
「はい☆ ペンネームは、|DO《どぅ》・|助兵衛《スケベ》」
「す、スケベ!?」
 汚物を見るかのような目つきで、俺を睨む。
 アンナは女子アナを、無視して話を続ける。
「小説のタイトルは『気になっていたあの子はヤンキーだが、デートするときはめっちゃタイプでグイグイくる!!!』で。1巻から3巻まで、好評発売中です☆」
 めっちゃ宣伝してる……。
 ていうか、福岡中に俺のペンネームがバレちまったよ!
 顔出しで。

  ※

 結局、アンナが1人で喋り倒し。
 俺と彼女は、付き合っている関係になってしまった。
 アホなペンネームを聞いた女子アナは、引きつった顔で、一度スタジオに返す。
 どうやら、コマーシャルを挟むようだ。

 その間、女子アナから軽く説明を受ける。
 明日の天気予報を読み上げるから、隣りに立って笑っていて欲しいそうだ。
 最後に俺たちへ何か話を振ると、忠告を受けた。

 コマーシャルがあけて、また女子アナがペラペラと喋り始める。
 パネルを持って、明日の気温や天候を説明していた。

 俺とアンナは、タマタマくんと一緒に立っているだけ。
 正直、引きつった笑顔だと思う。

 忠告通り、コーナーの終わりに女子アナから話を振られる。
「ところで今日、とても素晴らしいお誕生日を、過ごせたカップルのアンナさんとスケベくん」
 それ、名前じゃねー!
「はい? なんでしょう☆」
 アンナも、そのまま通すなよ。
「明日はクリスマス・イブですよね? やっぱりイルミネーションを見ながら、デートされますよね?」
 その言葉が胸にグサリと刺さる。
 せっかく、傷ついていたミハイルを楽しませようと、今日を精一杯祝っていたのに。
 急に現実へと戻されてしまう。

 そうだ。明日、俺はイブをマリアと過ごすことになっているんだ……。
 アンナも、きっと落ち込んでいるだろう。
 隣りに立っているアンナの顔を覗き込むと……なぜかニコニコと笑っていた。

「それがぁ~ 彼ったらイブだって言うのに、お仕事が入っていて。明日はデートできないんですよぉ」
「へ?」
 思わず、アホな声が出てしまった。
 アンナのやつ、なにを考えているんだ?
 なぜこんな他人事みたいな、話し方ができるのだろう……。

 女子アナも、その話を鵜呑みにする。
「そうなんですか? スケベくんは作家さんだから、打ち合わせとか、なんですかね?」
 ヤベッ。俺に話を振ってきやがった。
「ま、まあ……そうですね。ちょっと、取材が1件ありまして……」
「え? 先ほどのタイトルからして、取材が必要な作品には、感じませんが?」
 この女子アナ。ムカつくな。
「編集部から言われているんですよ。ははは」
 笑ってごまかそうとしたら、女子アナの目つきが鋭くなった。

「あの、まさかと思いますが……アンナさんの誕生日を祝っておいて。仕事とはいえ、別の女性とイブを過ごされるんじゃないですよね?」
「……」
 女子アナとカメラマン、照明さん。それからメイク係。
 たくさんの大人の視線が、一気に俺へと向けられる。
 ついでに、テレビの向こう側。
 大勢の福岡県民が見ているんだ。

 そんな中……俺は嘘をつくのか?

「お、俺は……」
 そう言いかけた時。隣りに立っていたアンナが、代わりに話し始める。
「アンナ……私は、信じています。大好きな彼のことですから。私を傷つけるようなことはしません。それに彼って嘘が大嫌いなんです。イブを一緒に過ごせなくても、2人の気持ちはずっと一緒です☆」

 そう言い切ると、カメラに向かって天使の笑顔を見せた。
 これには、他のスタッフも思わず声を上げる。

「かわいい」
「アイドルみたいだ」
「明日から、この子を天気予報に使いたい」

 最後のやつ、ふざけんな。

 アンナの言葉を聞いた女子アナは、最初こそ驚いていたが。
 すぐに落ち着きを取り戻す。

「素晴らしい! 離れていても、このアンナさんとスケベくんの愛は、永遠だということですね! では、テレビをご覧になっている方も、明日は良いイブをお過ごしください~♪」

 そう言って、勝手に話を纏めやがった女子アナは、番組が終わると、さっさとテレビ局へと帰っていく。
 ついでにスタッフ達も、機材を集めて立ち去る。
 着ぐるみのタマタマくんだけ、照明さんと一緒に置いていかれた。周りにいた子供たちと記念撮影をするため。

 
 残された俺とアンナも、帰ることにした。
 バス停へと向かう際、彼女の顔を見たが、やはり満面の笑みだ。
 この余裕ぷりが、心配で仕方ない。

「なぁ。アンナ……本当に明日のこと。大丈夫か? イブなのに」
「大丈夫だよ☆ だって来年があるし☆」
「そうか……」

 立ち直りが早いのか、それとも今日が楽しすぎたのか。
 分からんな、女って生き物は。あっ、男だった。

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