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本当の世界

 玄助は反論する。

「妖しでなくなって、それでいいじゃない。人の姿の雪さんだっていいじゃない!!!」

玄助は片腕を剣に変化させて、奈落を脅す。
奈落はフッと微笑んだ。

「交渉は無駄ということですね。玄助君はここで消滅です。塔季君はどうされますか?」

そう言って奈落が手を振る。玄助の姿が舞台から消える。塔季だって消えてしまうかもしれない。

「……身内の争いには、関わらない心算だったのだがね」

 急に神社に砂埃が舞い、猪笹王が現れる。
1つ目の猪は普段着ではなく、紋付袴の正装だ。
そして妖力のある刀を持っている。

「ふふ……前に塔季殿に教えられましてね……」

玄助は話しに行ったときのことを思い出す。
世間話のつもりが、猪笹王にとっては捨て置けない話だったらしい。

「……裏で動いているのは貴殿だけではないのですぞ」

 奈落は急な敵の出現に怯える。
そして今日がいつかということを考える。

「まさか……果ての二十日!」

 猪笹王……一本だたらが罪人を処刑する日だ。
景色は赤く染まり始め、風景は歪む。鳳神社は砂利道。
砂埃が奈落を中心にして舞い上がり、攻撃対象であることを示している。

「創造主を消したら、深雪さんも消えてしまうんですよ!」

最後のあがきとして猪笹王の説得に走る。
玄助は創造主でもなく利用しているだけだろうという目で奈落の主を見る。
このまま消えてしまえばいい。現実もそんな思いと同じだった。

「グァァァァァァァァァァ!」

奈落は妖力に耐えられずに散り散りになり、風に吹かれて消えた。
 塔季は倒してしまったことに疑問を持つ。深雪と玄助が帰ってこれないのではと思う。

「大石医院の患者と入れ替えれば良かろう」

猪笹王は、水笛を拾いあげる。
同時に玄助のいた辺りにあったモフモフの布を拾いあげ、塔季に投げ渡す。

「深雪と玄助を大石医院に運ばれてきた、同じくらいの年の死病患者に移してやろう。死なずに済むぞ」

どうせ死ぬ患者だ。身体は空く。そこに病にかかることのない妖しを入れる。
元の患者の記憶は消えるがそれでも家族は喜ぶ。
塔季はようやく安堵の表情を見せる。だが疑問がある。
妖怪が現世との繋がりを絶たれるというのならば、猪笹王とは会えなくなる。

「猪笹さんはどうするんだ?」
「老いた者は消え去るのみ。阿波に行ったら思い出してくれ。それでいい」

 翌日。大石病院に、慣れない足つきの深雪らしい娘と玄助らしい少年がいる。
塔季はフォーマルな洋装で退院祝いの花束を渡す。

「転生というのかな? 気分はどうだい?」

残念なことに、元の面影はない。でも塔季の記憶はあるはずだ。
塔季が笑顔で語りかけると、深雪と玄助は笑顔で応じ返していた。(完)

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