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(3)ちょっとした指摘

「時々城下に出て周囲に話を聞くと、俺達が来る以前とは段違いに豊かになったと言ってますからね。領民の伯爵様への忠誠心と敬愛は、なかなかのものだと思いますよ?」
「それは嬉しいな」
 話を聞いたカイルが、嬉しそうな表情になって頷く。そこでダレンが、思い出したように言い出した。

「城下と言えば、ロベルト。君はまだ当面、城内に間借りする気か? 仮にも騎士団の大隊長が、家の一つも持たないのはどうかと思うが。城下で適当な住居を見繕う気はないのか?」
 そんな事を不思議そうに問われ、ロベルトは憮然としながら言い返した。

「大隊長が間借り状態だと、部下に示しがつかないっていうのか?」
「遠慮の方だ。『大隊長が城内に部屋を借りて住んでいるのに、自分が城下で家を構えて良いのだろうか』とな」
「誰だよ、そんな融通の利かない馬鹿真面目な奴……。あ、なんとなく分かった。多分あいつか、あいつ辺りだな」
 一瞬考え込んだロベルトだったが、すぐに脳内に心当たりの人間の顔を何人か思い浮かべる。

「どうやら結婚を考えているようでな。この機に自宅を持とうかどうか悩んで、こっそり私にお伺いを立ててきた」
「あんたに? 相談する相手が違うだろうが」
「アスラン殿には相談できんし、サーディン殿にはもっと相談できないと言っていた」
 真顔で告げられた内容に、ロベルトは深く納得してしまった。

「それはそうだよな……。サーディン殿は大盛り上がりで他人の結婚話に口をつっ込んでくるし、アスランの奴はいまだに城内……。そうだ! 俺もその事を、機会があったら伯爵に言おうと思ってたいたんです!」
「え? 何を?」
「アスランですよ! あいつ、メリアと結婚して半年経ってるし、つい先週子供ができたって言ってたのに、未だに城下に自宅を持たないで城内に間借りしているじゃないですか! 俺みたいな独身の使用人や騎士とかならともかく、色々問題はないんですか!?」
 急に思い出した内容を、ロベルトは勢い込んで主君に向かって訴えた。それを受けてカイルが困惑した顔つきになり、ダレンは若干突き放した物言いで答える。

「ああ、それは……、私も折に触れ、意見してみたのだが……」
「資金は問題ない筈だが、あの夫婦は揃って伯爵様が大事だからな。『自分達が城外にいる時に伯爵様が襲われたらどうする』と、口を揃えて主張して手に負えん」
 目の前の二人も既に説得を試みた事があると分かり、しかも自分同様失敗に終わったのを理解したロベルトは、がっくりと肩を落として話を続けた。

「確かに、あの夫婦は伯爵の護衛としては最強だよ。最強だが……。いまだにメリアが、伯爵の口に入れる物の毒見をしているからな。彼女の加護で危険性が無いのは重々承知の上だし、今現在城内で伯爵に毒を盛ろうなんて奴がいないのも分かっているが、彼女が妊娠したとなれば話は別だ。彼女は大丈夫でも、胎児はどうなんだ? 今後万が一毒が盛られた場合、メリアは助かっても胎児が犠牲になる可能性はないのか、心配していたんだが」
「………………」
 独り言のようにロベルトが語り続けるのを、カイルとダレンは無言で眺めていた。そして一区切りついた所で、ロベルトが我に返る。

「あ、いえ、すみません。それくらい、伯爵やダレンさんが考えていないわけないですよね。俺なんかがつまらない口を挟んでしまって、失礼しました」
 自分一人だけが気を揉んだ挙句、延々と埒もない事を愚痴ってしまったと思ったロベルトは、恥ずかしさを誤魔化しながら弁解した。しかしカイルとダレンは、半ば呆然としながら言葉を返してくる。

「いや……、たった今ロベルトに言われるまで、その危険性については全く考えていなかった。本当に迂闊だった……」
「私もです。そちらの可能性に関しては、すっかり失念していました……」
「え? そうだったんですか?」
 自分よりはるかに思慮深い筈の二人の呟きに、ロベルトは驚くのを通り越して呆気に取られてしまった。しかしそんな彼の前で、二人は即座に判断を下す。

「分かった。今、アスランは城外に出ているから、城下に屋敷を構えるとかの話は彼が戻ってからにする。とにかく毒見に関しては、メリアに言い聞かせて即刻止めさせよう」
「それが宜しいかと。説得に少々時間がかかると思いますから、決裁書類を全てこちらに回してください。伯爵が戻るまで、できるだけ私が処理しておきます」
「助かる、ダレン。よろしく頼む。今から説得してくる」
「お任せください」
 即座に話を纏めて迷わず駆け出した主君を、ロベルトは呆然としながら見送った。そしてダレンに向き直り、軽く頭をかきながら申し訳なさそうに告げる。

「……なんだか、大事《おおごと》になってしまいましたね」
「こちらにやって来てから色々と慌ただしくて、延び延びになっていたことも多かったからな。これはそのうちの一つで、いい機会だった」
 回された書類の束を手元に引き寄せながら、ダレンが平然と応じた。するとここでノックに続いて、今では財務専従になっているシーラが姿を見せる。

「失礼します。報告書をお持ちしました」
「それでは、俺はここで」
「ちょうど良かった、シーラ。ロベルトもいるし、一緒に聞いておいて欲しい話がある」
「はぁ……」
「俺もですか?」
 自分の話は終わっており、引き留められる理由が分からなかったロベルトは、軽く首を傾げた。シーラも同様らしく怪訝な顔になったが、おとなしくダレンの執務机の前にロベルトと並ぶ。
 二人とも軽い気持ちでダレンの言葉を待ったが、唐突に告げられた台詞で瞬時に顔つきを険しいものに変えた。







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