57 救出2
騎士たちが慎重にがれきの撤去をしている間も、私はずっとエヴァン様の名を呼び続けました。
もちろん瓦礫の下にいるのがエヴァン様だという確信があるわけではありません。
しかし、なぜかそう思えて仕方がないのです。
「ローゼロア!無事か」
壊れたドアの方からジョン殿下の声がしました。
「はい、私は無事です。ジョアンは一緒ですか?」
「ああ、ジョアンもエスメラルダもここに居る。しかしまた揺れると危険だから子供たちはそちらには行かせない方が良いだろう」
「助かります。こちらは大丈夫ですから二人をよろしくお願いします」
「了解した。ローゼリアも気を付けろ」
騎士たちの働きで倒れかかっていた大きな瓦礫は移動できました。
あとは崩落した天井だけです。
「エヴァン様!エヴァン様大丈夫ですか!」
私は夢中で隙間から手を伸ばしました。
すると空を切っていた私の手に何かが触れました。
繊細な刺繡糸の束のような感触に、心臓が一気に跳ね上がります。
「エヴァン様!」
私は何も考えずに隙間から体を滑り込ませました。
そして倒れている人をみつけた私は、その人の上から覆いかぶさり外に向かって声を上げました。
「人が倒れています。頭は保護したのでどんどん崩してください!」
「わかりました。大体どのあたりですか?」
その声に私は頭上の大板をどんどんと叩きます。
「ほぼ壁際ですね。では崩しにかかります」
言葉通り遠慮なく覆いかぶさっている板が割られていきます。
かなりの衝撃を感じますが、私はエヴァン様の頭を胸に抱えてじっと蹲りました。
「エヴァン様…エヴァン様…」
耳元で呼び続けていた私の耳に、涙が出そうなほど懐かしい声が微かに聞こえました。
「ローゼリア…やあ、元気だったかい?やっと会えたね」
「エヴァン様!」
「生きて君に会えた事を神に感謝しよう。愛しているよローゼリア」
「エヴァン様…私もです。私もお会いしたかった…ずっとずっとエヴァン様のことだけを考えていました」
瓦礫の下でするような会話ではありませんが、その時の私たちにはこれ以外の言葉は浮かばなかったのです。
「もうすぐです!頑張ってください」
撤去作業を進めている騎士から声がかかりました。
その声とほぼ同時に頭の中でジョアンの声が聞こえました。
『ローゼリア?エヴァンなの?』
『ええ、エヴァン様よ。大丈夫、生きている』
『良かった…ローゼリア、よく聞いて。ジョン殿下を信用してはダメだ。わかった?』
『え?どういうこと?』
『後でゆっくり話すよ。とにかくジョン殿下を信用し過ぎないように言動には気をつけて』
『…っう…わかったわ。あなたは無事なのね?』
『こちらは大丈夫。心配ないよ。医者も呼んで待機させているから』
この国で唯一信用して良いと思っていたジョン殿下のことをジョアンが否定しています。
何かあったのでしょうか…それより今はエヴァン様の救出に専念しましょう!
そう考えた私は、エヴァン様を胸に抱きしめたまま足を延ばして邪魔になっている瓦礫を蹴りました。
するとふと明るさを感じます。
「ローゼリア!無事か!」
焦ったようなジョン殿下の声に目を開けると、埃まみれの殿下の顔が見えました。
「はい…私は大丈夫です…エヴァン様を助けてください」
「分かっている。エヴァン卿をそこから出すには、まず君が動かないといけないが立てるか?そうだ、ゆっくりでいい。こちらに手を伸ばせ」
先ほどジョアンから信用し過ぎるなと言われたばかりですが、ここは仕方がありません。
私は言われるがままに手を伸ばしました。
すると私の袖口をギュッと掴んだエヴァン様が呟くように言いました。
「気をつけろ、私は意を失った振りをするから合わせてくれ」
私は声に出さず、その手を強く握りました。
「ジョン殿下、エヴァン様をお願いします。気を失っています」
「わかった。おい!重傷者だ!慎重に頼む」
私の手を引いて抱き上げたジョン殿下が騎士達に声を掛けました。
私はジョン殿下に抱き上げられたままジョアンとエスメラルダのいる場所に運ばれました。
「「ローゼリア!」」
二人が駆け寄って抱きついてきました。
床に座って二人を抱きしめ、お互いの無事を確認し合います。
『ローゼリア、ジョン殿下が黒幕だ。赤いのも黄色いのも傀儡に過ぎない。このまま気づかない振りを続けるけど油断は禁物だ』
『わかったわ。さっきエヴァン様にも同じようなことを言われたの。今はエヴァン様の安全の確保が最優先よ。絶対に一人にしてはダメだと思うの』
『わかった。僕が離れないようにするから大丈夫』
感激の再会に見える短い情報共有を終えた私たちは、運び出されたエヴァン様に駆け寄りました。
「エヴァン様!」
『ジョアンもエスメラルダも安心して。エヴァン様は気を失っている振りをするって言ってたから』
ジョアンが目だけで了解の意志を伝えてきます。
「兄上!兄上!ジョアンです!」
ジョアンが泣き叫んでエヴァン様に抱きつきました。
『このまま僕は兄上と一緒に行くからね』
まさかのウソ泣き!ジョアンもやるときはやる男です。
その様子を見ていたジョン殿下が口を開きました。
「ジョアンも心配だっただろう。ここで応急措置をしたらすぐに安全な場所に移動するから安心しなさい」
「ジョアン殿下!僕は兄上の側を離れたくないです!兄上!うぁぁぁぁん」
泣き叫ぶジョアンにエスメラルダが少し引いています。
「うっ…ジョアンがそこまでエヴァン卿を心配していたとは…兄弟仲が良いのだな。わかったよ。ジョアンはエヴァン卿に付き添っていなさい。ローゼリアも怪我をしているから一緒に病院に行きなさい」
「ありがとうございます。アンナお姉さまもエスメラルダも一緒に来てね」
「もちろんです。さあエスメラルダ、行きましょう」
詳しい事情を知らないアンナお姉さまは感動で少し涙ぐんでいます。
アンナお姉さま、後でちゃんとお話しします。
私たちは担架に乗せられたエヴァン様と一緒に、衛生兵に連れられて国立病院に向かいました。
幸い私は指先の裂傷と小さな切り傷だけで済みましたが、エヴァン様は左手首と右足首を骨折しており、腹部にも大きな打撲がありました。
しかも右足首の骨折と腹部の打撲は、この地震が発生するよりもかなり以前に罹傷していたのではないかというお医者様の言葉に、私はショックを受けました。
「ということは骨折したまま放置されていたという事でしょうか?」
「時間的にはそうなりますね。おそらく一週間以上前にはすでに折れていたと思われます。術後の経過にもよりますが少し障害が残るかもしれません」
その言葉にジョアンがぐっと拳を握りました。
「ジョアン…命があっただけでも良しとしましょう?」
私は怒りで震えているジョアンの肩に手を置きました。