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暗中模索と伏魔殿

 エリアスは先ほどからずっと、落ち着きなくリビングルームの壁沿いを行ったり来たりと同じ動作を繰り返している。

「あーーーー心配だぁ。これも全部私が不甲斐ないせいで……」

 等と、ブツブツ呟きながら。時折、両手で頭を抱え込むようにしている。その度にサラリと黒髪が指と指の隙間から零れ落ち、窓から差し込む陽の光に照らされて艶やかに輝く。フォルティーネはというと……

 (漆黒の髪が綺麗……きっと、緑の黒髪ってあんな感じなんだろうな……)

等と詮無い事をぼんやり感じていた。更に、

(私の事で一生懸命に悩んで、やきもきしている彼の姿も可愛いのよねぇ。何だか大型犬みたい)

 と、妄想してしまう自分に密かに苦笑しながら、エリアスには本物の笑顔を向けた。


 結局のところ魔塔訪問の件は、魔塔主リュシアンの力をもってしてもエリアスの記憶喪失、魂の番の行方、空白の期間に何があったのか原因の特定は困難だった。
 魔塔主リュシアンが右手をエリアスの額に翳し、その手の平から小さな花火のように出現した光の魔法陣は幻想的で美しかった。何より、瞳を閉じてそれに応じるエリアスの端正な顔立ちと長い睫毛が、光と闇の演出で妖しい迄に色気を放っていたのが印象的で。まるでファンタジー映画の中のワンシーンを観ているようだった。肝心の『事の真相』には至らなかったけれど、フォルティーネには大いに目の保養となった。
 
 その中でただ一つ判明したのは、エリアスの件も番の事も、非常に高度な魔術が絡んでおり意図的に#原因不明に見えるように__・__#計算され尽くしているようだ、との事だった。引き続き、全力で捜査。原因究明に努める、と力強い言葉を頂いた。何か分かり次第、連絡を入れる事をリュシアンは請け負ってくれた。

 「そう悲観する事ではありませんよ。魔塔主である#この私__・__#でも直ぐに看破出来ないほどの魔力を施せる者は、そう多く存在しません。国内のみでなく国外にも視野を広げてしらみつぶしに追究する事をお約束します」

 どうやら、非常に高度な魔力が使用されている事が、彼の帝国の魔塔主であるプライドを刺激したようだ。エリアスとフォルティーネにとっては非常に有難い事ではあるし、早く原因が解明して解決する事が目的なのだ。しかし二人にとっては、真相を知らねばならないと知りつつもこのまま有耶無耶に物事が霧散し、二人で末永く幸せに暮らせたらどんなに良いか。互いに口には出さずとも、そういった共通の想いが暗黙の了解で存在していた。故に、何とも表現し難い複雑な想いを二人は抱えている。まさに、暗中模索の状態だった。


 「もう、エリアスったら落ち着いて。取り合えずの『お試し期間』な訳だし。ほらほら、タロットカードで占ってみたところ『運命の輪と戦車、共に正位置。訳して流れに逆らわずチャレンジあるのみ!』と出ているって、この前言ったばかりじゃない? 私の占いは単なる的中率に留まらず#根本にヒットする__・__#んだから! 何とかなるわよ」

 フォルティーネは努めて明るく言いつつ(恐らく、きっと、多分……)と最後に付け加えた事は心の中に留めた。エリアスは足を止め、ソファで寛いでいるフォルティーネを少し決まり悪そうに見つめた。

 「あ、いや……フォリィが凄腕の占い師なのは勿論分かってはいるんだけどさ。だけどあの暴君の秘書官の仕事を始めるんだよ? これから#伏魔殿__・__#が勤務地になる訳じゃないか! これは心配になるのは当たり前だろう?!」
「あぁ……けど陛下は、護衛の件は何も心配いらないって言うし……」
「あっちからスカウトしたんだからそれは当然の事だろう?!」
「あー、でも陛下の側近たちは全員男性ばかりだって言うから、女同士の虐めとかえーと、ほら、キャットファイトとかいうトラブルは無いんじゃないかなー……」

 皇帝曰く……以前、優秀な女性を採用し補佐官や侍女を置いていた際、食事や飲み物に媚薬を盛られ、閨事の既成事実を謀って皇后にするように嵌められそうになったりしたそうだ。幸いな事に、どれも未遂に終わったが。それはもうそれはもう(本人がそう強調していた)色々と散々な目にあってうんざりしたらしい。それ以来、女性を傍に置かない事に決めたのだと言う。そのせいか、陛下はそちらの趣味の持ち主では……という噂が密かに囁かれているのも全てご存知だそうだ。
 そのハニートラップを仕掛けた女性たちとその周囲の人たちがどう処罰されたか? 皇帝はニヤリと残忍な笑みを浮かべ「#綺麗に粛清__・__#した」と一言だけだった。ゾッとしたフォルティーネは、敢えてそれ以上聞かない事にした。世の中には、知らない方が幸せで良い事が多々あるものだ。


「男しか居ない場所になんて尚更危ないじゃないか! もし男共に、何よりあの暴君に迫られでもしたら……あーーー心配だぁ!」
「あー! うん、それは絶対無いから大丈夫! 側近たちは既婚者か婚約者がいる場合が殆どだし。そもそも、陛下には女として見られてないと思うから心配しないで!」

 フォルティーネは自信たっぷりにこたえた。

(心配いらないよー、陛下には長年の片想いの君がいらっしゃるんだよ。妖精みたいに儚げで神秘的な美女で人妻らしいよ。誰にも言えないけど。で、私をとても魅力的に感じてくれるのはエリアスだけなんだよー、これ言うと怒られるから言わないけど)

 と心の中でペロッと舌を出しながら。

(そう言えば前回お会いした際、陛下は結局……私に占いを希望しなかったのよね)

 その片想いのお相手に非常に興味が湧いた為、是非占って差し上げたかったのだが。そうかと言って、個人的に秘密で占う事はどうしても気が引けた。何だか、彼のピュアな想いを汚してしまうような気がしたのだ。

 「フォリィ!」

エリアスは悲痛な面持ちで名を呼ぶ。それから両手をフォルティーネの両肩の置くと、言い聞かせるようにしていった。

 「頼むから少しは危機感を持ってくれ! 今まで男しか居なかったところに、天使のように可愛らしい私のフォリィが入り込むんだよ?」
「あー、心配してくれるのはとても有難いけど、浮ついた人たちは居ないと思う。仮に居たとしても陛下が許さないでしょう、仕事に厳しい人だから」
「だけどその冷血皇帝がフォリィに言い寄る可能性が高いじゃないか! 女人禁制の場所にどうしてフォリィが……」
「だから、大丈夫だって。陛下からしたら私は珍獣扱いだよ」

 「お話中申し訳ありません、お二人とも!」

突如、柔らかな中にも有無を言わさない圧力を込めた声が二人の会話を遮った。部屋の入口より響いてきた声の主は、アルフィー・ロブ・クローバー、銀縁眼鏡の淵がキラリと輝いた。エリアスの補佐官兼護衛の男だ。

 「フォルティーネ様、そろそろ出ませんと、陛下がお迎えに来て頂くお時間が迫っております」

とフォルティーネに穏やかな笑みを向けた。続いて、キッとエリアスに厳しい眼差しを向ける。

 「閣下も、フォルティーネ様のお見送りのお時間ですよ。その後は、すぐに仕事に取り掛かって頂かないと」

暗に『いい加減にしろ! 堂々巡りの会話を続けている暇はねぇんだよ!』とエリアスに現実を促す役割をしてくれたのだ。

 「あら! もうそんな時間?! あら大変、陛下をお待たせしたら不敬罪に問われちゃうかも?!」

フォルティーネは茶目っ気たっぷりに言って、右手でエリアスの肩を軽く叩き部屋を出るように促した。それから感謝の気持ちを込めてアルフィーに微笑んだ。彼は「どう致しまして」というように軽く会釈で応じた。

 エリアス特性の『魔法の絨毯』の出番だ。皇帝と共に、|勤務地である帝国の城《伏魔殿》に足を踏み入れるのだ。冷血皇帝の秘書官として。

 フォルティーネは改めて気を引き締めた。

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