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目覚めると俺は逆さづりにされていた。

目覚めると俺は逆さづりにされていた。床に魔法円が描かれ松明が燃えている。「ここはどこだ?」
「ようこそ魔女スピノザの拷問部屋へ」
と俺の背後から声がしたので振り返ろうとすると、俺の目の前に火のついた薪が投げ込まれた。「熱い!なにをするんだ!」
「お前は魔女の生贄として捧げられたんだよ」
「え?どういうことだ?」
「今頃、あのお方は復活されているだろう」
「ちょっと待ってくれ!俺は何もしていないぞ」
「うるさい!黙れ!貴様は我々の信仰を試す為にここで焼かれる運命なのだ」
「ちょっと待ってくれよ!あんた達の目的はなんだ!?」
「我々、悪魔崇拝者は神を復活させようとしているのだ!」
「いやいやいやいや!それは無理だから!」
「黙れ!お前は神の使いでありながら我々の邪魔をしたのだ!」
「ちょっと待ってくれ!俺は本当に何も知らないぞ!」
「うるさい!黙れ!」
「いや、だから、俺は……」
「もういい、死ねぇぇ!」
「ちょっと待てって言ってんだろうがぁー!!!」
俺は咄嵯に叫んでしまった。
すると、俺の身体が光に包まれた。
「な、なんだこれは?」
光が収まると、俺は自分が変わっていることに気づいた。
「なんだ?この格好は?」
俺は鏡を見た。
そこには、アニメに出てくるような魔法使いのような姿になった俺がいた。
「え?なにこれ?」
呆然としていると、
「馬鹿め!自ら命を捨てたか!だが、それも無駄なあがきだったな」
「いやいやいやいや!勝手に殺すなよ!それに、俺は死んでいないぞ」
「ふっ、戯言を!ならばその証拠を見せてみよ」
「ああ、見せてやるよ!これが俺の力だ!」
俺は叫んだ。
「闇よ穿け、貫き通せ、黒き槍よ!」
すると、闇の槍が飛んでいき、悪魔の腹を突き抜けた。
悪魔が絶叫した。
「ぐわぁぁぁ!!」
俺は唖然として言った。くそう!こうなったら奥の手だ。究極奥義【時間逆転・歴史改変】。くらえ。「時よ戻れ!」
すると、悪魔の傷が一瞬にして消えた。
「なにぃ!」
悪魔が驚愕している。
「くそぉ!こうなれば、全員でかかれ!!」
そう言って、全員が襲いかかってきた。

「うおおぉぉ!!」

英国魔導学院で、地縛霊が住む寮をハルシオンが移転することになった。旧寮を幽霊屋敷でなくしたのは、先輩達の成果だという。ハルシオンが妥協案を出し、地縛霊ごと移築できる工法を作った。
一段落したあといよいよ引っ越し作業にはいる。

「さてここからが重要だな。ハルシオン、今後について意見を聞きたい」
ざっと視察したあと作業工程のすり合わせをした。
「藪蛇を突くか虎の尾を踏むか。何が飛び出しても驚かないことですね」
逆行中の水星は蠍座の象意を強調する。すなわち秘密や隠し事や策謀だ。そして水星の守護者は伝令の神メルクリウス。指揮系統に関わる機能がことごとく損なわれる。連絡ミスや遅滞、誤解、凡ミス、交渉の失敗、想定外などなど。
以上のリスクを踏まえて口出し無用、とハルシオンはくぎを刺した。

「私たちは君の仕事場が稼働するまで関与できない。私も同行したい。例の事件で彼女の研究について判った事を本人に伝えてくれまいか」

ノース研究員が要望を述べた。ハルシオンは英国魔導院の次期主任研究員だ。
師匠のオプス客員教授のもとで通信魔導工学を専攻している。ノースは魔導応用工学の専門家としてオプスに助言している。で、俺は両者を取り持つ連絡将校《メッセンジャー》という立場だ。オプスは妙齢の黒エルフで俺好みの細面だ。性格がキツめでイケずでつらく当たる面もあるが俺にとってはご褒美だ。
「いいけど必要なものは自分で揃えてね。こちも予算がカツカツなの」
「もちろん構わないぜ。私の資料も論文も全部。君の助手として一切責任を持つ。もちろん君の研究がすべて悪であることも判明している。でも私にとって君はそんなキャラじゃない。君を人間観察した結果だ」
「そう? お互い未知の部分はある。ただ、君は私より秀でていてとても魅力的だ」
「君をもっとよく知りたい。また逢えるよね?」
「ええ」
ノースの奴め。ちゃっかりデートの約束をとりつけやがった。

俺たちは手を上げて互いを見た。
「ハルシオンの希望をあいつにも伝えておいてくれ。君の研究を悪く言うつもりはない。これは君の為の実証実験だ。成果をみな必要としているし愛してる。研究が実を結ぶために君にリソースが優先される。君が私の研究に参加してる限り、私も私の研究に集中する。ただし、これは一研究者としての私に対する戒めだ、今後ともよろしく頼む」
ハルシオンは頷き、俺は握手をした。ノースも拳をぶつけてくる。
「ああ、これからもハルシオンの研究に協力してくれ」
「分かった」
ハルシオンが研究者としての顔をした。
俺はハルシオンが俺の研究を認めてくれたことに安堵した。いつかハルシオンに「良い相棒ね」と言ってもらいたかった。
「あ、あの……それと……」
「ええ、分かっているわ」
「何かありますか」
俺はハルシオンに話しかけた。ハルシオンは穏やかな声音で喋り出した。
「話が早くて助かるわ」
「本当ですか」
ハルシオンは俺の研究に関して自分なりに研究を進めようとしている。
「ええ、だから、今日中に片付けたいの。貴方に必要なのはわたしの研究よ」
「でも、俺はハルシオンの正式な研究チームメンバーに認めてもらえますか」
と言うのもメッセンジャーはあくまで助っ人の立場だ。深入りするには主任者の許可がいる。しかもオプスは妙齢の女性だし。
「ふ~ん。小動物みたいな目をしている」
ハルシオンに不安を見抜かれた。
「えっ?!…えっ…いや」
「オプス先生はサボりやズルにはこわぁいけど、失敗には優しい人よ」
先に言われて俺は内心ほっとした。黒エルフは和睦するまで人間を敵視していた。威圧的で差別的で特に魔導に関しては上から目線だ。しかしパワハラの心配はオプスに限って無用らしい。でなけりゃハルシオンと組まない。
「いや、いや、そういう事では。俺はハルシオンと…」
「あなたが認められなければ実験が終わらないわ。わたしはまだ彼を見放してはいないの。まだ彼から何か見つけたいの。それに……」
ハルシオンは少し顔を赤らめている。
「あなたのことは、誰かに打ち明けておきたい。それはそれだったの」
その後、ハルシオンは自分の研究に取り組んでくれた。
ただ、ハルシオンが俺に対し研究のことで嘘を教えるのは嫌じゃ無いと俺は思っていた。
俺はハルシオンの研究に協力してもいいと思っていた。群れをつくらない性格らしく、学内でもシュレディンガーの猫みたいな扱いだった、それはハルシオンにとっても同様で権益を尊重する限り、我関せずだった。

俺はどうだっただろうか……。だが、珍しく承認欲求のサインを出したのはハルシオンの方だ。
いんだろうか……。ところで、一つ引っかかる点があった。それは地縛霊を固定した呪具の事だ。
水星の逆行は伝達に関するもろもろを阻害するという。なぜ交渉が纏まった。
本来なら幽霊と決裂しひと悶着起きている頃だ。何か神の恩寵でもあるのか。
仮説が成立すると水星の守護者メルクリウスの神格が否定される。それはすなわち水星逆行効果の消滅につながる。これを矛盾なく説明する解釈は二つ。
水星逆行効果の不在あるいは微害、もしくはハルシオンが嘘をついている。
俺としては前者を採用したい。逆行の害はハルシオンの技術力で克服可能。

そう自分を納得させたいが逆に不信が募った。制御できる害悪を騒ぎすぎだ。
メッセンジャーとしてはこの疑問点を捨て置けない。オプスに報告した。
黒エルフはひざを必要以上に組み替えながらハスキーボイスを漏らした。
「あらン…そぉなの…」
「かくかくしかじかでありまして…先生」
俺は包み隠さず話し終えるとオプスはキッと睨みつけた。寿命が5年縮んだ。
すると彼女は視線を水晶玉に移し深々と吐息すると再び俺の方をむいた。
「君のせいじゃないのよ。包み隠さず報告、あ・り・が・と」
今度は優しい目だ。しかし猫なで声で感謝されるとますます怖いぞ。

「貴女ねぇ!」
「ひゃあっ!」

すりガラス一枚隔てた向こうで、どっすん、ばりばり、がしゃがっしゃーん。
派手な物音が聞こえる。水晶玉越しに破壊魔法でも撃ち合っているのか。
最後に「めっ!!!!!!!!」というひときわ大きな警句が聞こえた。

えーん。ハルの泣き声が聞こえる、

そして「終わったわよぉー」と扉が開いた。
「な、何事ですか」
おそるおそる後ろ手でドアノブを閉じると部屋がしんと静まり返った。
「うんと釘を刺しておいたわ。残留思念の安易な再利用とそれに伴う危険性」
「どういうことですか?」
俺が身を乗り出すと「こういう事よ」と立体格子模型が机上に浮かんだ。
メルクリウス寮の骨格がぐるんぐるんと回転している。
簡略に説明すると曳家に伴って積年の未練や怨念が刺激されたということだ。
幽霊の間でも残留派と賛成派の論争があったらしい。葛藤する力を水星の防御に応用できないか千載一遇のチャンスをハルシオンは狙っていたらしい。
たまりまくったうっぷんが一挙解放されるので適切な避難誘導が求められる。
そんな感情の渦中に俺は置かれたのだ。大きな声で言えないが煽情的だった。
ハルシオンのやつめ…。

「ありがとう、ハルシオンくんの件で君まで巻き込んでしまって。済まない事をした。しかし、この話を聞いて安心した」
ノース研究員が謝る必要なんてないのに。
「そんなことはありません。
ハルシオンは俺に研究のことで嘘を吐くのを止めてくれました。
こちらこそありがとうございます」
「そう……まあ、あなたがそういう人だと分かっただけで、私は嬉しいわ」
黒エルフがノースの隣でほほ笑んでいる。
肝心の張本人といえばニワトコの梢でスカートを抱えて尻もちをついている。
「ハルシオンのこと、大好きです」
俺はハルシオンを守ってやらないといけない。
ハルシオンが俺のことを認めてくれ、一緒にやろうと約束してくれたから。
「今回の騒動より得た知見の方が大きいため不問に付してくれるそうだ」
ノースは処分内容を伝えた。オプスがハルシオンを派手に擁護した成果だ。
「ふふ、ありがとう。
あなたがそのお礼に研究結果を教えてくれるとお母様が言ってたわ」
「ああ、そういえばその約束でしたね」
「そうよ、だからハルシオンも一緒にお礼を言わないとね」
「はい、そうします」
そう言いながらハルシオンは微笑んだ。
俺はハルシオンの笑顔にドキドキしていた。
ハルシオンから「ありがとう」という「お礼」をもらった嬉しさもあったし、
「あなた、本当に嬉しそうだったわね」と言われることもした。
俺はハルシオンを好きなのだ。
俺はこの恋を成就させなければならない。
『学者カフェ』は不寝番《ナイトシフト》に備えて遅い昼食や夜食を用意している。酒類の代わりに匂いのきついノンアル飲料がやる気を盛り上げる。
俺はサーモンとアスパラガスのグリルにレモン汁をたっぷりかけていた。定番食材だ。それにしてもロンドンは魚が高い。彼女のために奮発した。
シャンディガフを注文できないのでナニーステイトでグラスをうるおす。
「あ、あたしはベックスで」
「ドイツ産をオーダーするって、オプスの犬ですアピールか?」
「ひどいわね。まだ根に持ってるの?」
ぷうっと膨らむ頬がまたかわいい。すまんな、怒らせてみた。
俺はノンアルの勢いを借りて彼女に想いを伝えた。
二人の仲を壊しまいと、ノースがセッティングした。そして実験器具のトラブルを口実に欠席した。粋に計らったつもりらしい。笑っちゃうよ。
「何が可笑しいの?」
「あ、いや、君に話したいことがあって……」
「そう、話したいこと? 何かしら?」
「あの……俺は……」
「そうね……」
ハルシオンはまだ不安を隠せていない。
「ハルシオン、参加を認めてくれてありがとう、感謝してる」
これからもっと気持ちが昂まって、彼女に告白をしたい。
そう思った。

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