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9.そして、出撃は続く

「お姉ちゃんやめて!」
 私の右こぶしはハンマーだ。
 瓦15枚だって割れるんだ! 
 涙の臭いをさせる、こいつには贅沢な一撃だ。
 膝を抱え、うずくまるだけの男には!
「やめてってば!」
 からだの下半分を、ゴツン!とした感触に閉じ込められた。
 そのまま、勢いよく後ろに押し流されていく。 
 怒りがおさまらない。
 何のせいなの。
「しのぶ。みつき」
 妹と弟にジャマされた。
「こんなことして何になるの?!
 彼らがいないと地球は孤立したままだよ!」
 左腰にしがみついてる弟が、にらみあげる。
 うるさい! みつき、あんたの正論なんか聞きたくない!
「ねえ、おじさん責任感じてるんでしょ。あやまってよ!」
 左腰をとらえながら、妹が振り向いて呼びかけてる。
 呼ばれたリッチー副団長は、やっぱり泣いていた。
 あの情けなくおびえた目で、ようやくこっちを見た。
 親が違うけど、弟と妹は小学5年生。
 抱きつかれればプニュンとした体つきになりそうだけど、2人はゴツン!
 私と同じロボットのパイロットだから。
 その筋肉の固まり2人に逆らう。
 逆らってリッチー副団長に向かう!
 なにも変化のない役立たずのおじさまに、改めてハンマーを振り下ろす!
 そうしようとしたら、今度はこぶしを止められた。
「よせよ」
 朱墨ちゃんのパパ、九尾 大さんの、瓦30枚くらい割れそうな腕で。
「娘に当たる」
 えっ? 娘?
 前には、家の双子。
 振り向くと、朱墨ちゃんがいた。
「やめてください」
 そう、あまり強制してこない顔でボソッとつぶやいた。
「あの副団長も、何かしたそうですよ」
 そういわれて、少し頭が冷えた。
 副団長さんはゆっくり、上着の懐に手を入れた。
 肩に、リュックサックのベルトのようなものが見えた。
 左胸のところが膨らんでいて、何かを入れているのがわかる。
 ホルスターだね。
 ピストルとかナイフを入れるやつ。
「これを、差し上げたい。
 我が家宝です」
 そう言って差しだしたのは、一本の短剣だった。
 とがった先端、その刀身は両方刃になっていて、20センチぐらいある。
 ダガーという種類の刀剣だね。
 全体が白っぽい紫色。
 片手で握れる分のグリップには青い宝石が埋め込まれ、大きく輝いている。
 刃とグリップの間で手を守るツバは、白い鳥の羽の意匠だよ。
 大きく羽ばたいた姿で細かく作られている。
 作った人の芸術性を感じさせるけど、単なる成金趣味なのか。
 きっと、すごい力が込められてるんだろう。
「よせ! リッチーさん!」
 突然、オズバーン団長が止めに入った。
「そのダガーだって、MCOパートナーには使えない!
 持ち上げることもできず、地面に落ちる!
 それで指を折るかもしれない!」
 リッチー副団長の表情金がおかしくなった顔。
 引きつり、不気味なシワが、まるで刃物で彫り込まれたようなシワクチャの顔。
 それから、一瞬でシワが消えた。
 「ああっ」と短いうめきだけをあげて。
 すべての感情が消えうせたように。
 その時、気づいたの。
 ダガーを渡そうとしたときに浮かべていた表彰は、笑顔なんだ。
 精一杯、友好をしめしていたんだ。
 それがようやくわかるほど、引きつっていたんだ。
「だったら、私がいただきます」
 そう言って進みでたのは、朱墨ちゃんのママ。
「九尾 疾風子。朱墨の母です」
 両手で差しだしたまま、固まっていたリッチー副団長。
 その手から優雅にダガーを受け取った。
 ああ、あの人(狐だけど、いちいち意思の疎通ができる異生命体というのも、めんどくさい。総称として人と呼んでる)は私とは違う存在なんだ。
「私は忘れません。
 貴方の謝罪と、ここへ来た勇気のあかしを」
 私には疾風子さんの後ろ姿しか見えない。
 その姿が良いものなのかもわからない。
 ただ、リッチー副団長は穏やかな表情で涙を流していた。
 回りの暗号世界人も、大団円ムード。
 困った顔、わからない顔をしてるのは、地球人だけか。
 私は捕まったまま。
 さっきだって、ボルケーナ先輩だって侮辱されていたのに。
「ねえ、もう離してよ」
 私を捕まえていた4人が離れていく。
 痛くて重いのは、いやだ。
 MCOパートナーなんて、マイノリティだ。
 なんで怒りだすのかもわからない、ガラクタさえ手に入れられない少数の人間なんだ。
 これって、差別?
 それとも私が勝手に感じる不信感?
「待ってください!」
 その時、オズバーン団長が声をあげた。

――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――

 翌日。
「それで、どうなったの?!」
 休み時間、私は安菜に問い詰められていた。
 その表情は真剣そのもの。
 こういう友達は、ありがたいよ。
 
 ちなみに、コンサートは大盛況!
 安菜の熱唱は、部隊を盛り上げた。
 ボルケーナ先輩とはノリノリで、シッポをつかんで分銅のように振り回したと聞く。
 ……誇らしいと思っていいよね?

 ハテノ市立ハテノ中学校の教室は、美しくない。
 古くて傷ついたフローリング床と、椅子と机。
 掃除はしたけど未だにホコリがあるような気がする、見るからにミスボラシイ。
 窓から見える海の景色が、美しいといえるかな。
 その向こうには、朱墨ちゃんが誇りとするキリリとした山脈が。
「シロドロンド騎士団、ロボルケーナを作ってるところは、装備の生産スケジュールを見直すって、言ってたよ。
 異能力を使えるパイロットもいるから、まずはそれ向けの装備を優先するって。
 通常人向けの装備は、設計から見直すから、後回し」
「それで、あんた自身はどうなの。
 まさか、く、クビに」
 恐る恐る、という感じで安菜が聞いてくる。
 珍しい! 安菜のこういう表情!
「お咎めとか、降格とかは誰もない。
 そもそも、あっちのせいで地球側の計画が狂いまくったんだから」
 ああ、どうやっても抑えきれない怒りが、全身をかけめぐる。
 机においた手を、思わず握りこむ。
 ツメが板をひっかく音が、やけに耳についた。
 ススーっと、それだけの音が、なんだか八つ当たりしてるのを責めているような気がした。
 弟妹や朱墨ちゃんにしたことも、今は後悔とともに思いだされるだけだよ。
「そう、よかった」
 安菜はそう言ったけど、納得しきってるとは思えなかった。

 また罪悪感がわいてくる。
 友達が私を納得してない姿を見たくなかったから、窓の外を見た。
 晴れの海は、本当にきれいだから。
 その時、スマホが短くなった。
(ああ、なんでこのタイミングで)
 ここからは見えない海で、光が生まれた。
 ポルタの光。
 ここから違う場所へつなげる次元の門。
 ショックダイルも、それと同じものをくぐってやってきた。
 スマホを見る。
(やっぱり)
 ポルタ社が治安維持のための出撃した合図だ。
 ぺネトが。
 宇宙戦艦ファイドリティ・ペネトレーターが純白の姿をポルタに滑り込ませたんだ。
(ああ、また)
 怖い。体が震える。
(結局、私の発表に意味はあったの?)
 私が述べたことを、暗号世界人は信じていなかった。
 そもそも、私が産まれる前からそうだった。
 これからも、そうなの?

 数少ない、怪獣と互角に戦える人たちへの負担が、減ることはない。

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